義妹に「彼女を作れ」と言われたので、実妹と付き合うことにした
飾理けい
第1話
「彼女を作れ」と義妹は言った。
俺が交際相手を紹介したのはそれから3日後のことだ。
明るい色の長髪をふわりと揺らし、少女が一礼した。
「紹介するよ。こちらが俺の彼女の
「妹じゃん!!」
義妹は吠えた。
艶々の黒髪ツインテールが本体の意思を代弁するかの如く、俺をぶった。
「彼女じゃないよね!? 深愛はあたし達の妹だよね?」
「これからよろしくお願いします、お義姉さん」
「今までだってお姉さんだよ!」
「いやー、二人が仲良くしてくれて嬉しいよ」
「姉妹だからね!」
言われた通りに恋人を紹介したのに、義妹は不服そうだが、仕方ない。
だって、深愛も俺の妹なのだから。
◆◆◆
俺──
幼い頃、俺と深愛の母と澄恋の父が再婚した。
名前の相性も良さそうな妹たちはやがて仲良くなり、今では実の姉妹同然だ。
俺も妹たちを兄として見守ってきた。
最近は共働きの両親が忙しくなり、兄妹だけで過ごす時間も増えてきたけれど、何一つ問題なく平穏な生活を送ってきた、のだが。
「お兄ちゃんは彼女作る気ないの?」
共に1歳下の妹たちが俺と同じ高校に進学し、段々と新たな環境にも慣れてきた5月のとある週末、不意に澄恋に尋ねられた。
「最近だってあたし達に付き合ってばっかりじゃない」
「好きでそうしてるからな。心配も同情もいらないぞ」
この日、俺たちは二人で映画館に行き、その後にカフェで感想戦に興じていた。
それがいつの間にか、恋バナになっていた。
「真顔でシスコン発言しないでよ。……期待しちゃうよ」
『何を? 』とは聞かずに軽口を返す。
「そっちこそブラコンだろ」
誘ってくるのはいつも澄恋の方であり、俺からということはほぼない。
ちなみに深愛はインドア派なので休日は殆ど家から出ない。
「同級生とかと遊びに行ったほうがいいんじゃないか?」
「それは……」
痛いところを突かれた澄恋はぐっと押し黙り、気まずげに自分のミルクティーに逃げる。
「さっきの子だって寂しそうだったぞ」
つい先刻、映画館の出口で澄恋に声を掛けてきた少女がいた。
その子は妹の同級生だったらしく、今度は一緒に映画に行こうねなどと言ってくれたのだが、澄恋の返答は曖昧だった。
「休みぐらいお兄ちゃんといたいし」
そんな恨めしげに見られても困る。
澄恋には昔から妙に壁を作るところがある。
愛想は悪くないが、あと一歩深く踏み込ませない。
家族以外には妙に余所余所しい。
それに、俺に少し懐きすぎている気もする。
だが、俺の心配をよそに、妹は真逆のことを言ってきた。
「あたしは、お兄ちゃんのことが心配なだけだし」
「つまり俺のために付き合ってくれてると」
「そっ、そうだよ」
澄恋が身を乗り出して肯定する。
「ほら、お兄ちゃんって昔からあたし以上に一人だし、中学の頃もあたしたちが困ってたら急にスッと現れたりして暇を持て余してたみたいだし?」
早口で捲し立てる澄恋を見ながら、俺は妹たちの卒業式のことを思い出していた。
中学校の同級生たちの輪を抜けて、俺の方に走ってくる制服姿の澄恋は眩しくて、目を逸らしたくなったことをよく覚えている。
「だから急にあたし達が付き合ってあげなくなったら寂しくて大変かなぁって思って──」
「いや、大丈夫だよ。放っておいてくれ」
「へっ」
俺の言葉に、澄恋が間抜けな声を出して固まった。
「え、えーと、いやぁ、でも、無理しなくても」
「無理なんてしてないよ。むしろ、俺のことを気にかけすぎてる優しい妹の方が俺は心配だよ」
つい突き放すような言い方になってしまったが、本心だった。
俺はこのまま妹が依存し続けることを望んでいない。
「そろそろ兄離れしよう、澄恋」
だから、いい機会だと爽やかな笑顔で語ってしまった。
だが、妹は──
「……ぐっ、うぅっ」
もう半泣きになっていた。
「いや、まぁ急にってわけじゃなくて」
「……せてよ」
危機感を覚えた俺はフォローに回るが既に遅かったらしい。
「じゃあ、彼女でも作って安心させてよ!」
沸騰した妹の頭は暴発し、訳のわからないことを言い出した。
「いや、俺は一人でも大丈夫だって言ったんだけど」
「嘘つき! いっっっっつも、あたしと一緒にいる時にあんなに幸せそうな顔してる癖にぃ!」
「えっ、嘘!?」
ペタペタと自分の顔に触れてから、失策だったと気づく。
シスコンが筒抜けだ。
「自分だって妹離れできてないじゃんほらぁ!」
今度は俺が黙る番だった。
隙を見せた兄に、澄恋が捲し立てる。
「なら、せめてあたしより可愛い彼女でも作って、見せつけてよ。そしたら、あたしも兄離れして安心してたくさん友達作っちゃうもんね!」
半べその澄恋はカップの残りを一気に飲み干して席を立ち、一人で店を出て行った。
澄恋との兄妹喧嘩から2日後、俺は自室のベッドで膝を抱えていた。
「お兄ちゃん、生きてる?」
声を掛けてきたのはもう一人の愛しい妹である深愛だ。
ノックをしない方の妹でもある。
「ほぼ屍だな」
あれから澄恋がろくに口を聞いてくれないのだ。
「元気そうだね」
俺の頬をつつく深愛は無表情なのに随分愉快そうだ。
そして、こんな時の深愛は突拍子もないことを言い出す。
「澄恋から話は聞いたよ。私と付き合お」
案の定だった。
「いや、俺たちは兄妹だぞ」
「でも、ほら」
深愛が俺の眼前にスマホを突き出す。
画面には法律の条文が映し出されている。
なになに? 近親者とは結婚できない?
常識だ。
「これがどうした?」
「付き合っちゃダメとはどこにも書いてない」
そう来たか。
「確かにそうだけど、普通に考えてダメだし、澄恋も納得しないだろ」
妹と付き合っても妹離れにはなってないのだからと俺が説明するも、深愛は分かってないなと肩をすくめた。
「どうせ恋人つくっても、またパニックになって暴発するだけだよ。そもそも、お兄ちゃんに他に選択肢ないでしょ」
俺の恋人を見た澄恋の様子を想像する。散々騒いだ挙句に、嘘だなんだと現実逃避してゴールをずらされることは容易に想像できた。
「……確かにそれはある」
「それよりも、斜め下の状況で有耶無耶にして試合放棄させた方が確実」
「なるほど、合理的だ」
「さすがお兄ちゃん、話がわかる」
今思えば何も合理的じゃないし、非倫理的だが、昨夜の俺は判断力が鈍っていた。
深愛が微笑を浮かべていることにも気づかなかった。
「秘策も、やりたいこともあるしね」
こうして、俺は実妹と付き合うことになったのだった。
◆◆◆
で、作戦はどうなってるかと言えば、膠着状態だった。
「どうしてそうなるかなぁ!?」
「お姉さん、お兄さんをわたしにください」
「あげないよ! いや、これは嫉妬とかじゃなくて倫理的な話とかであって……」
深愛のペースに振り回され、しどろもどろになる澄恋。
先ほどから何度もこんな感じの会話が繰り返されて埒があかない。
その時、深愛の目が怪しく光る。
「じゃあ、証拠を見せるね」
言うが早いか、深愛の秘策が炸裂し──、艶やかな唇が俺の頬に触れた。
えっ、なんで?
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
澄恋が叫び声で少し冷静さを取り戻し、俺は深愛を優しく引き剥がした。
深愛はなんでそんな口惜しそうな目で俺を見る。
「まぁ、待て。うん一旦落ち着こうな」
俺はもうどちらを諌めてるのか分からぬまま、交互に二人の妹を見る。しかし、既に澄恋は手遅れだった。
「あたしだって……っ! 頬にこっそりキスしたことぐらいあるからぁっ!!」
衝撃的な暴露を残し、耳まで真っ赤にした澄恋はそのまま自室へと消えて行く。
後にはただ静けさがあった。
これは台風一過のものなのか、それとも嵐の前の静けさか。
「なぁ深愛、今のって親愛のキスだよな」
「さぁね」
……後者っぽいな。
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