第30話 写真

「…………ねぇ」


 不服気に紡いでくる美結の頬は、器用にチェロスを持った俺の手に潰されている。


 そしてカメラに映るのは睨みを浮かべる美結の顔。


「いい写真だ。俺が見てきた写真の中で1番可愛いかもな?」

「……絶対うそ」

「いやほんと。キス求めようとしていた女子の頬を捕まえたら、唇が飛び出すんだぞ?そんな姿をカメラに収めた俺を敬ってくれ」

「…………やだ」

「なんでだよ――ってそろそろだな」


 そうして俺はその手を離した。


「……そろそろ?」

「2人が回ってくるだろ」

「あー……」


 離したら鼻下で何故か不服気に頬を膨らませる美結。


「まだしてほしかったか?」

「……別に」

「嘘つけ。顔に出過ぎだ」

「別にでてないもんー」

「言葉にも出てるじゃねーか」


 思わず苦笑を浮かべてしまう俺は未だに手に持ったスマホをメリーゴーランドへと向ける。


「祐希くーん!撮ってる〜!?」

「撮ってる撮ってる。もっとピースとかしてくれてもいいんだぞー?」

「こんな感じ〜?」

「いいねいいね」


 多分俺はこの数秒でカメラのシャッターを数十回押したと思う。


 満面の笑みでピースを浮かべる少女が美結の可愛い顔をあるバルの奥底へと押し流していくが、隠蔽するにはちょうどいい。


「……なにがなんでも撮り過ぎじゃない?」

「彼女だからな」

「…………なら私、祐希の好きな人のはずなんですけど?」

「ここで嫉妬心燃やすなよ……。ほら、目の前に匠海来るぞ?」

「……バカ。――匠海〜!頑張ってー!」

「……切り替えバケモンだろこいつ……」


 目の前に来る前に大声を出した美結。


 俺が人のことを言えたことではないのだが、本当にこいつには羞恥心はないのだと思う。


 現に、羞恥心を持ち合わせてる匠海は顔を真っ赤にして顔を逸らしていた。


「匠海ー?こっち見てよー」

「恥ず過ぎるだろこれ……」

「羞恥心に打ち勝ってこそ真の男だよー!」

「別に真の男にならなくてもいいよ……」


 まるで捨て台詞のように吐き捨てられた言葉は遠のいていき、そこには小さくなった匠海の背中だけが残った。


「もしかして匠海ってメリーゴーランドも無理なのかな?」

「ちげーだろ……」


 果たしてこれは天然で言ってるのか。はたまた嘲笑うために言ってるのか。


 適当にあしらった俺はポケットにスマホをしまい――突然その手が掴まれた。


「私、まだ一枚しか撮られてないけど?」

「だからここで嫉妬心を燃やすなって……」

「別にいいじゃん。私だって祐希のフォルダにいっぱい残りたいんだから」

「俺の記憶に残るだけじゃダメなのか?」

「それは……それでいいけど……」


 釈然としなさそうにふいっと顔を逸らした美結はチェロスを齧り付く。


 そして咀嚼しながら言葉を続けてくる。


「……祐希のカメラにも私をいっぱい残してほしい」

「独占欲ってやつか?」

「……わざわざ言わなくていい……!」

「実際そうじゃねーか」

「そうなんだけど……!違うというか違うくないと言うかなんというか……!!」


 目を合わせては逸らしては。

 どこかに留まることを知らないその目は、不意に俺の瞳で止まった。


「…………そうですよ。独占欲ですよ。私は祐希の全てに私を残してほしいんですよ……」


 どことなく諦めたような言葉が耳に届く。

 けれど、その言葉に確かに宿るのは『本音』と『欲求』。


「わーったよ。残せばいいんだろ?」


 思わず苦笑を浮かべてしまいながらもしまおうとしていたスマホに電源を宿し、カメラを起動した。


「……違う。ただ残すんじゃないの……」

「……注文が多いな……」

「だから言い淀んだの……!めんどくさい女って思われたくないから……!!」

「え、美結もそんな心配するんだ」

「するよ!」


 頬を膨らませる美結は再度スマホを持った俺の手を掴んでくる。


「もうここまで来たらめんどくさい女で貫いてやるからね!」

「うんいいよ。というかどんな美結でも俺は好きだし」

「…………祐希に羞恥心とかはないわけ?」

「お互い様だろ」


 ブツブツと愚痴をこぼしながらも、慣れた手つきで俺の腕を動かす美結は不意に俺の顔の横へと己の顔を持ってきた。


「あー……っと、これはツーショットってやつか?」

「そう。祐希とはしたことがなかったなぁって」

「言われてみれば確かに。あん時は美結が陰キャの部類だったからな」

「それこそお互い様でしょ」


 そんな責め立てるような言葉とは裏腹に、手の持ったチェロスを俺の口元へと近づけてくる。


「ほら、祐希も同じようにチェロス向けて?」

「……どこでこんな陽キャムーブを学んだ……?」

「瑞月から」

「あー……。なるほどな」


 言われてみれば確かに瑞月とも似たようなことをしたような。


 なんてことを考えながらもチェロスの先を瑞月の口元へと持っていき、シャッター音を鳴らした。


「いいねこれ。カップルっぽい」

「まぁカップルがしそうなことだしな……」

「私たちは別にのにね?」


 疑問形で問いかけてくるのは俺に答えを委ねるためだろう。


「カップルじゃなくても好きならしてもいいんじゃね?」

「……なんか求めてた答えと違う」

「俺たちにはまだがいるからな」


 多分、美結が求めていたのは『告白』なのだろう。


『なら付き合うか?』とか『もうカップルだろ』とか。

 そういうのだと思う。


「……そっか。今付き合ったら浮気になっちゃうもんね……」

「そだ。俺たちはあくまでもんだから」

「でもカップルっぽいことはしちゃうんでしょ?」

「あくまでも『ぽい』だからな」


 そんな言葉を聞いたからだろう。

 不敵な笑みを浮かべた美結は顔を伏せ、クイッと俺の裾を掴んだ。


「……祐希って私に背徳感を与えるの得意だよね……」

「別に得意とはしてないんだけどな……?」

「でもまぁ、私もそれを求めてるからいいんだけど」

「悪い女だな」

「お互い様でしょ?」


 棘のあるバラがこちらを見上げた。

 美結のはにかみに全てが吸い込まれそうになる。


 場所が場所じゃなかったらきっと俺は、この笑みを浮かべる美結に顔を近づけていただろう。


「あっ、メリーゴーランド止まったよ」


 不意に顔を背けた美結は瑞月たちがいるであろう馬たちに目を向ける。


「だな」


 そんな言葉に合わせてどちらからともなく体を離した俺たちは各々にチェロスを食べた。


「本当はもうちょっとイチャつきたかったんだけどね?」

「家帰ったらな」

「……我慢できるかな」

「ほんの数時間ぐらい我慢しろ……」

「祐希くんただいま〜!」


 目も合わせずに話し込む俺たちの元に現れたのは満面の笑みの瑞月。


 子ども顔負けなぐらい大きく手を振る瑞月はアナウンスの指示通りにメリーゴーランドから出てくる。


「いっぱい写真撮れた!?」

「撮れた撮れた。グルチャに送るから待ってろー」

「あ、匠海もおかえり」

「…………ただいま」


 匠海より羞恥心に耐性があるとはいえ、同じ立場だと俺も匠海と同じように頬を赤らめていただろう。


 スマホの画面から横目に匠海を見てみれば、辺りの目を気にするように身を縮こませている姿が目に入った。


「……なに見てんだよ。笑いたきゃ笑えよ……!」

「別にそんなつもりはないって……」

「じゃあなんだ……!?俺が滑稽だといいたいのか!?」

「意味合い変わってねぇよそれ……」

「笑いものにしやがってよぉ……!」


 どんな言葉を返しても匠海には皮肉にしか聞こえないらしい。


 これまた分かりやすく頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


「匠海くんが頬を膨らますのは似合わないね〜」

「……おい祐希。おめーの彼女とんでもないこと言ってるぞ……」

「まぁ実際そうだからな」

「…………慰めて。美結」

「私に来るんだ……。別に慰めるんだけどさ」


 蒟醤を浮かべながらも匠海の頭に手を置いた美結。


「私思うんだよね?メリーゴーランド乗ってるよりもイチャついてるほうが恥ずかしいんじゃないかって」

「それは一理あるけど……言わないほうが匠海のためだろ」

「聞こえてるぞ全部!」

「あっ、ごっめ〜ん!」


 顔の横で手を合わせた瑞月はそそくさと俺の背後に隠れて匠海の睨みを避ける。


 そんな2人の行動に思わず蒟醤を浮かべてしまう俺なんて他所に、頭を撫で続ける美結は瑞月を見て紡ぐ。


「あんまり私の彼氏をいじめないであげて〜?こう見えてメンタル弱いんだから」

「それもそっか。ごめんね匠海くん?」

「釈然としねぇ……」


 匠海の悲痛な言葉が再度回りだしたメリーゴーランドに落ちる。


 そんな光景になんの罪悪感も湧かなくなった俺は、とうとう美結との行為を『ダメな事』とは思っていないんだろう。


「んじゃ俺と美結でジェットコースター乗ってくるわ」

「「え?」」

「……なんだよ」


 何気なく紡いだ言葉に大袈裟に反応を返す2人。

 そして俺の疑問に真っ先に口を開いたのは瑞月。


「2人で行くの?」

「ジェットコースター乗れるの俺と美結だけだしな……」

「彼女である私を差し置いて?」

「別にはしないぞ……?」

「それは知ってるんだけど……祐希くんって私一人をおいてどこか行く人だったかなぁって……」

「あー……そゆことね?」


 多分匠海も似たようなことを否定しない美結に言いたいのだろう。


 ポンッと手を鳴らした俺は横目に美結を見て、そして瑞月に視線を戻してから紡ぐ。


「分かった。じゃあみんなで飯食いに行くか」

「……!ほんと!?」

「ほんとほんと。今日は瑞月とは離れないよ」

「やったっ!」


 本当は美結の『我慢できるかな』を制御させるためにジェットコースターに乗りたかった。

 というか本音を言えば、俺ももっとイチャつきたかったから2人でジェットコースターに乗りたかった。


 けど、俺の彼女は『美結』じゃなくて『瑞月』。

 優先順位的には美結じゃなくて瑞月を取らなくちゃいけない。


「んじゃその辺のレストラン入るか」

「うん!」


 元気よく頷く瑞月と、これまた分かりやすく安堵の息をつく匠海。


 その間一瞬目を合わせた美結とは蒟醤を浮かべ合い、俺たちは足を動かした。

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