第28話 最初はチェロス
「遊園地だぁ〜!」
電車に乗って数駅。
降りてから歩いて数十分にある遊園地の前で、大きく両手を上げた瑞月が喜びを唱えていた。
「朝から元気だな」
「ずっと楽しみだったからね!」
「そりゃよかった」
ほほ笑みを浮かべる俺は瑞月の隣につき、入場ゲートへと歩く。
そんな俺たちの後ろではコショコショと2人っきりで話してる美結と匠海だが……まぁ、気にするほどでもないだろう。
「んじゃチケット買ってくるから美結たちと居ていいぞ」
「え?祐希がみんなの分買うの?」
「いや?後で徴収するけど」
「期待して損した……けど、私もついてく」
分かりやすく顔を落とした瑞月だが、流し目に後ろの2人を見たのだろう。
俺の腕へと飛び付いてくる瑞月。
「あそこに残ってても居場所はないか……」
「うん。多分いじめられるよ?私」
「そこまではしねーだろ」
「いや?あっっまい雰囲気に押し潰されちゃう」
「……いじめか?それ」
「いじめです!立派な!」
「そうか……」
思わず苦笑を浮かべてしまう俺からぷいっと顔を逸らした瑞月は大きく頬を膨らませる。
そうして俺たちは入場ゲートの隣りにあるチケット売場の前に立った。
「ワンチャン瑞月は小学生割で行けるんじゃね?」
「……え?バカにしてる?」
「小さくて可愛らしいよ〜って意味」
「絶対うそ……なんだけど、その言葉はありがたく受け取っとくね!あと小学生割はこの前試したけど無理だった!」
「ん?前試したの――」
そんな俺の言葉を区切るように腕を引っ張った瑞月は『大人』というボタンの前で人差し指をセットする。
「ささっ、早くお金入れたまえ!」
「…………はいよ」
若干疑問は残るものの、無闇矢鱈に聞くこともできずにお札を取り出して機械に吸わせた。
「……改めて見るとたっっかいね……」
「そうなんだよな……。バイトでも始めよっかな」
「え!じゃあいい所あるよ!」
「まじ?どこ?」
「ホストっていう場所なんだけど――」
「却下」
「なんで!?」
やるやらないの以前に、高校生が働ける場所ではないだろうに。
ふくれっ面を披露する瑞月からチケットが落ちてくる機械へと目を下ろす。
「祐希くんなら絶対儲かると思うのに……。というか私が行くし……。そもそも私以外に指名させないし……」
「だったらホストで働く意味ねーじゃねーか」
「私に需要があるんですー!」
「他のお客さんが来ねぇと稼げねーよ」
「私が養うから良いし」
「よくねーよ……」
軽くツッコミを入れる俺はチケット片手に踵を返す。
「――なに?祐希が私たちの分も買ってくれたの?」
……そうしてそこに居たのは目を輝かす美結と、ありがとうと言いたげに手を合わせる匠海の姿。
「んなわけねーだろ。ほれ、さっさと金よこせ。おつりは出してやるから」
「…………ケチ」
「瑞月はともかく、美結たちには絶対に出しません」
「え!じゃあ私も――」
「さっきも言ったけど瑞月のも貰うぞ」
「…………祐希くんのケチ」
目の前の少女2人が分かりやすく不貞腐れながら財布を取り出す。
そんな隣ではジト目をこちらに向ける匠海の姿が。
「……なんだよ」
「親友である俺はもちろん奢って?」
「あげません。お金ください」
「…………ケチだな」
「ここまで言われたらもうケチでいいよ」
匠海までもが分かりやすく不貞腐れて財布を取り出す。
そしてお金を徴収した俺たち4人はそれぞれ遊園地に足を踏み入れた。
「まず最初はこれ!」
意気揚々と言うのは瑞月ではなく、いつになく元気な美結。
思わずジト目を向けてしまうのは俺だけではない。
瑞月までもが目を細め、美結が指さした建物を見やる。
「……なんでチェロスが最初なんだよ……」
「腹ごしらえってやつ?」
「家で朝飯食ってきただろ」
「ご飯とお菓子は別腹ですぅ。ねぇ?匠海」
「そだそだ。最初はチェロスだぞ」
「……棒読みだな……」
彼女だから庇っているのだろうか。それともまた別の理由があるのだろうか。
どちらにせよ、最初がチェロスなのはなにが何でも違い過ぎる。
「瑞月もなんか言ってやれよ。『ジェットコースター乗りたい』だとか『コーヒーカップ乗りたい』だとかさ」
「……」
ふいっと顔を逸らした。
まるで逃げるように。
「……瑞月……?」
思わず目を顰めてしまうが、すぐに瑞月の口からは答えが飛び出した。
「……ジェットコースター乗れないです……」
「……はい?」
俺の懐疑的な言葉が刺さったのだろう。
バッと勢いよく顔を向けてくる瑞月は身振り手振りで言い訳を披露する。
「いやね!?乗ろうと思えば乗れるの!けど酔っては吐いてはってしてたら迷惑じゃん!!」
「…………昨日の夜、楽しみすぎて寝れなかったんだろ?」
「うん。楽しみすぎて寝れなかった」
「……ジェットコースター乗れないのに……?」
「……うん。乗れないのに……」
「それどんな感情だったん?悲しくならなかったか?」
「……とても悲しかったです。祐希くんとジェットコースターに乗りたいです……」
「でも酔うんだろ?」
「い、一応酔い止めはすっごい飲んできたよ!?」
頭を下げてしおらしくなったかと思えば、またもや勢いよく顔を上げていってくる。
「それで酔わない保証は?」
「……ありません。なんならこの前家族と行った時も酔い止めの効果はありませんでした……」
「ダメじゃねーか……」
苦笑いを浮かべる俺は、再度頭を下げる瑞月から匠海に向け――
「もしかして匠海もか……?」
「……俺もです……」
「提案したの匠海じゃん……!」
苦笑が進化して頬を引き攣らせてしまう。
だってそうだろう?1番楽しみにしていた2人がジェットコースターに乗れないんだぜ?
「一応さっき美結に言って、絶叫から逃げるためにチェロスを買いに来たんだよ……」
思い出すのは入場ゲート前でコショコショ話をしていた2人の姿。
変なことじゃなくて良かったという安堵はあるが、それ以上にこの状況をどうしろと?
「……ちなみに2人が乗れるやつは?」
「「メリーゴーランド」」
「…………それ行くか。美結はそれで大丈夫か?」
「私はなんでも乗れるから大丈夫!」
ほんの数秒前まで俺と同じように苦笑を浮かべていた美結だったが、雰囲気を取り止めようとしてくれたのだろう。
腰に手を当て、高らかに言う。
「……彼女の言葉が辛い……」
「知らねーよ」
そんな美結を隠すように目元に手を持っていく匠海。
「あっ、祐希くん。ついでにチェロスも買お?お腹すいちゃった」
不意に腕が引っ張られたかと思えば、お腹を抑えた瑞月が紡ぐ。
「並ぶしまぁ……うん。買うか」
「やったっ!」
先ほどまでのしおらしかった姿はどこに吹き飛んだのだろう。
拳を握る瑞月と――美結はそそくさと列の後ろに並んだ。
「美結も買いたかったのか……?」
「もちろん。じゃないとここに来ないよ」
「それはまぁ確かに……」
「でしょ?」
謎に胸を張る美結に苦笑を浮かべる俺は、その前にいる瑞月の隣に並ぶ。
そしてメニュー表に目を向け――
「あ、祐希?さっきお義母さんから連絡きてたよ?」
「まじ?」
視線を落とした俺はポケットからスマホを取り出す。
「……ん?来てな――」
刹那、手に持ったスマホからバイブ音が鳴る。
そんな音とともに画面上に現れるのは母さんからの連絡――ではなく、美結からのお願いだった。
「祐希くん?来てたの?」
「ちょっと遅れてな」
「なんて書いてあったの?」
「『今日の夜ご飯はいるのか〜?』だってさ」
「あーなるほどね?私は全然食べてもいいけど、祐希くんはどうしたい?」
「今日は家帰ろっかな。……遊園地たけーし……」
「た、確かに……。ちょっと節約しないとね……」
隣の少女がトホホと苦笑を浮かべる。
そんな中、未だにスマホの画面へと視線を落とす俺は指をスライドさせる。
『私チョコ頼むから、いちご味頼んで』
その言葉から始まった美結とのやり取りは今もなお続いていた。
『自分で2つ頼め』だの『私のもあげるから』だの。
色々言い合った結果、結局俺がいちご味を買う羽目に。
『ついでにシナモン味も買ってくれて良いんだよ?』
『それは自分で買え。それか匠海に頼め』
『えー祐希のシナモン味が食べたい』
『なんでだよ』
俺の短い言葉で相手からの連絡が途絶えた。
匠海に話しかけられてるのか?なんて疑問も生じるが、現に背後では沈黙が漂っている。
(じゃあなんだ?)
そう思った瞬間だった。
『なんでだよ』という言葉が上に逸らされ、新たな吹き出しが現れた。
『間接キス』
俺のよりも短い言葉だったが、破壊力はこの場のなによりも有していた。
「…………さて、いちごだけを買おうかな」
「な、なに?そのわざとらしい言い方……」
「ん?いちごだけが食べたいなぁって思って」
「『だけ』を付ける理由ってあるの……?」
「あるある」
「へ、変なの……」
見るからに俺を引いた目で見る瑞月。
だが、今の状況で俺はこの選択肢しか取れなかった。
そうしてポケットにスマホをしまおうとした俺は――ピシャリとその手を止めざるを得なかった。
というのも、通知が鳴り止まないから。
細めた目で画面を明るくしてみれば、そこにあるのは同じスタンプの数々。
「み、美結?俺がジェットコースター乗れないからってスマホに八つ当たりしないでくれ……?」
「ん?あーうん、ごめん。てか全然私は大丈夫だよ?誰にだって嫌いなもののひとつや2つはあるんだし」
「美結……!やっぱり天使だ……!」
「そうでしょそうでしょ」
声だけでも分かる。
今美結は誇らしげに胸を張っていることだろう。
もちろんいつもの俺ならそちらを見て苦笑を浮かべていただろうが、通知が止まったスマホを片付けることにいっぱいいっぱいな俺はメニュー表を見続ける。
「ちなみに匠海はなに食べるの?」
「シナモンかな。王道が1番」
「あっ、じゃあちょっと頂戴!」
「そう言って全部食うんじゃね……?」
「え待って?私のことなんだと思ってるの?」
「食いしん坊で可愛い彼女」
「…………攻めにくいこと言ってくれるわね……」
喜んだかと思えば、忽ち不機嫌になる美結。
そんな2人に耳を傾けながらも、順番が来たことによって思考をいちご味にずらした俺はタオルを巻いたおじさんに言う。
「いちご味のチェロスで、一番大きいサイズください」
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