第16話 どのくらい嫌いなんだ?

 すっかり暗くなった窓の外。

 リビングでかかるニュース番組が届くダイニング。

 食器の洗う音が聞こえるキッチン。


 お風呂に入っているお義父さんを除き、それぞれ3箇所に1人が配置されていた。


「珍しいね。祐希がソファー座らないなんて」

「そうか?結構ダイニングにいるイメージあると思うけど」

「ないない。一生ソファーでぐ~たらしてるじゃない」

「……そんなしてないけどな……?」


 キッチンから聞こえる母さんの声に、スマホの電源を落とした俺は言葉を返す。


 そうしてチラッとソファーを見やる俺は、続けて口を開く。


「あともう先人がいるし」

「え?いつも2人で座ってるじゃない。今だって3人は座れる幅はあるよ?」

「……そうだっけな?」

「なんで覚えてないのよ。仲睦まじくて見てて楽しかったのに」

「…………なに楽しんでんだよ」


 今ソファーにいるのは言わずもがなの美結。


 確かに昨日……というか、今日の朝も俺たちは同じソファーに座って仲睦まじくテレビを見ていた。

 ……けど、


(あんなものを見て話す気になれねぇ……)


 勝手に自分の思いが砕け、勝手に落ち込んでるだけだということは分かっている。

 いつもみたいに話せるなら話したいとは思っている。


 ……でも、のだ。


 昨日、俺たちは『なんで気まずくないのか』という話をした。

 そこで出た結論は、『相手が気まずさを出していない』から。


(こいつが出してたら話しかけられねぇよ……)


「祐希が座らないなら私が座っちゃうよ?」

「どぞ」

「『どぞ』じゃないわよ。固い椅子よりも柔らかいソファーの方がいいでしょ?」

「今日は固いものに座り――」

「美結ちゃんもそう思うでしょー?」


 手を拭きながら紡ぐのは張り上げた母さんの声。


 俺の言い訳なんて聞くまいと吐き出されたその声はこの一室のすべてを轟かせ、美結を振り向かせた。

 ……もちろん目は合わない。


「私、お義母さんとお話したいです」


 多分、俺を避けようとしての言葉だったのだろう。


 だが残念。

 鈍感の母さんを前にその思惑は通用するわけもなく、


「あらそうなの?なら3人で話そっか」

「…………はい」


 美結の小声がソファーに落ちた。

 俺の心を抉ってるとも知らずに。


「そうと決まれば祐希も行くよ」

「俺はここでもいいんだけど――」

「ソファーに座ったほうが楽しいよ。ほら」


 またもや俺の言葉を遮った母さんの腕は俺の脇を掴み、強引に立ち上がらせる。


 こう見えて65キロ以上あるんだが……母は強しと言うやつなのだろうか。


 あれよあれよとソファーに連れて行かれた俺は、されるがままに端に座らされ、俺と美結の間にドカッと母さんが腰を下ろした。


「なにお話しよっか?」

「……決めてないのかよ」

「お話の内容なんて行き当たりばったりなのよ〜」


 母さんが真ん中に座ってくれたのは唯一の救いとも言えるだろう。

 気まずいことに何ら変わりはないんだが……。


「美結ちゃんはなにか話したいことある?質問でもいいよ?」

「そう……ですね。じゃあ、どうしてお父さんと結婚したんですか?」

「いきなり踏み込んだ話するのね〜」

「あ、す、すみません……」

「全然大丈夫!でも少し長くなるよ?」

「大丈夫です。長くなってくれて」


 お義父さんが出てくるまで母さんに一人語りをさせる気なのだろう。


 ソファーに体重を預けた美結に続くように俺も体重を倒し、聞く気もない話に耳を傾けた。


「あれは確か、1年前だったかな?2人が中学3年生に上がった春のことなんだけど――」


 不意に母さんの体が前かがみになる。


「「――っ!」」


 そして、2人して息を詰まらせた。


 理由は中学のことを話されているからじゃない。


 バチッと俺たちの目が交差したからだ。


 どちらからともなく顔を背けた俺と美結は、慌てて左右の肘置きで頬杖をつく。


「え?2人ともどしたの?」

「いや、なんでもない」

「……ほんと?美結ちゃん」

「ほんとです。なんでもありません」

「…………怪しい」


 グイーっと俺たちの顔を覗き込んでくる母さんだが、さすがは鈍感。

 なにも察することはなく、「今日は変ね〜」と言葉を漏らして背もたれに体重を預けた。


「それで私たちの出会いなんだけど――」

「風呂上がったぞ……って3人でなにしてるんだい?」

「家族の絆を深めようとしてるの〜」


 メガネをかけたお義父さんが現れるや否や、ふにゃっと頬を緩ませた母さんは腰を上げ、スタタッと入口へと向かって歩いていく。


「あなたも混ざる?今から私とあなたの出会いについて話そうと思ってたんだけど」

「んー……とんでもないことを話そうとしているな?」

「仲睦まじくなるならいいかな〜って思ってね」

「流石に恥ずかしいから……混ざるのはやめとこうかな?」

「恥ずかしがらなくていいのに〜」

「……逆に恥ずかしくないのかい?娘息子に浮ついた話をするのは」

「ちょっと恥ずかしいけど……運命的な出来事は話したくなるじゃない?そういうこと」


 今現在進行系で浮ついたことを見ているんだが、それは恥ずかしくないのか?


 なんていう言葉はお義父さんの髪を拭いている母さんと、母さんのことしか見ていないお義父さんに届くことはないのだろう。


 ふいっとテレビへと視線を移した俺は、ポッカリと空いたの中心部に横目を向ける。


(……どうしよっかな)


 ここで立ち上がってもいいのだが、なにが何でも怪しいが過ぎるだろう。

 かといってこのままというのも気まずい……。


「それじゃあ2人ともそこで待っててね。私お風呂入ってくるから」

「……おう」

「はい……」


 先に風呂を済ませている俺たちは小さく返事を返し、母さんがリビングからでていくのを見届ける。


「ハハッ……。2人とも嫌なら全然部屋に帰ってもいいんだよ……?」


 乾いた笑いが背後から聞こえてくる。


「別に嫌ではないんだけど……」

「父親としてはあんまり聞いてほしくないんだけどね……?」


 苦笑交じりに言うお義父さんに、作った笑みを返すのは俺たち2人。


 美結が言った『別に嫌じゃない』という言葉。

 捉え方によっては『隣の男が嫌』という意味にも受け取れるのだが、理由は多分別にある。


 だって俺が嫌なのならお義父さんの言葉に甘えて今すぐに立てばいい。

 俺の顔を見たくないのなら今すぐに部屋に帰ったほうがいい。


「祐希くんも聞きたいのかい?」

「俺は別にどっちでもいいっすね……」

「どっちでもいいんだね……」


 もちろんそれは俺も然りだ。


 でも、ここから離れない。

 ……いや、離れられない。


 美結がどうなのかは分からん。

 けど、俺は試したい。


『どこまで俺のことを嫌っているのか』ということを。


 顔を合わせてくれない時点で、俺のことが嫌いということは確定してる。

 ……だったら、せめて友達には戻りたい。


 俺のことが嫌いならそれでいい。

 でも、友達に――兄弟に――戻れるほどの嫌いならば、それに戻りたい。


 ……きっと、これからの人生でも、戻ったほうが楽になるから。


「「…………」」


 だから、俺は先に立ち上がることはしない。

 隣の美結が立ち上がるまで、あのテレビを見続ける。


「んーっと、父さんこれから髪乾かして部屋に戻るけど、言いふらさないで貰えるかな?聞くのはまだ良いんだけど……」

「言いふらさないよ。逆にどうやったら親の自惚れ話を言いふらすことになるの」

「友達と話さないのか?『親はどうやって結婚したのか』とか」

「……しないよ。ほら、髪乾かすならさっさと行った行った」

「反抗期……?」

「違いますー」


 膨れた頬とともに声を返す美結に、お義父さんは苦笑を浮かべながらリビングを後にした。


 そうしてダイニングに訪れたのは、バラエティー番組のテレビの音。

 いつもなら笑いながら見れてるこのバラエティー番組も、今ではひとつも笑えない。


「「……」」


 未だに頬杖をついた俺たちが口を開くことはない。

 願わくば相手から話してほしいという希望を抱いているのだが、無理な願いだろう。


(……だったら)


 グッと頬杖をついていない手を握った俺は、内容が入ってこないテレビを見ながら――口を切った。


「……体、大丈夫……?」


 自分でもどうかしてると思ってしまうほどにぎこちない言葉。


「…………うん、大丈夫」


 まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。

 肩を跳ねさせながらも言葉を返してくれた美結なのだが、やはりどこかぎこちない。


「「……」」


 それどころか、無言が訪れてしまった。


 普段通りの話し方なんて、いつも意識してるわけじゃないから覚えていない。

 なにか口を開こうとしても、言葉が出ないでいる。


「……なんか、その……ごめん……」


 一体なんの謝罪なのだろうか。


 不意に紡いだ美結は、頬杖を解除して顔を伏せる。


「……何に対しての謝罪?」

「…………全部」


 俺の疑問に、答えになっていない答えを返してくる。


「……なら、こっちこそごめん……。色々……」


 そっちが謝るのならこっちだって謝る義務がある。


 頬杖を解除した俺は、ソファーに体重を預け、天を仰ぎながら言葉を続けた。


「彼氏は匠海なのに、俺なんかが美結に触ってごめん……」

「……私こそ、好きなのは瑞月なのに誘ってごめん……」


「「…………」」


 謝罪だけを施して、それ以上の言葉はない。


 だって、相手を許すほどの行いをしていないのだから。

 ……だって、許したくないのだから。


『好きなのは瑞月』。そうだ。俺が好きなのは瑞月。

 けれど、未練があるのは美結。そして、誘われて嬉しかった。


 ……そんな感情を胸に許したくない。

 ……もしここで許してしまったら、確実に何かが切れてしまう。


「……瑞月と過ごすの、楽しい……?」


 まるで話を逸らすように口を開いてくる美結は、相変わらず顔を伏せている。


「うん……。楽しい。……そっちは?」

「……楽しい。今日も家に遊びに行った」

「そりゃよかったな……」

「……うん。そっちも今日、家に行ったんでしょ……?」

「行った……」


 気まずさが勝った俺と美結は、どちらからともなく『匠海の家に行きたい』『瑞月の家に行きたい』と言った。


 そうすれば、帰り道で一緒になることはないから。


「……なんとなく分かるけど、やったんでしょ?」

「…………そっちもだろ」

「…………うん」


 この気まずい状況で、一体なにを話しているのか。


 でも、行為を行ったのは事実。

 理由としては、少しでも昨日までのことを忘れたかったから。


 もしかしたら美結もそうなのかもしれない。

 ……けど、保健室で抱きつき合うほど欲求不満なんだ。どうせ違う理由があるのだろう。


 思考を遮断するように手を伸ばした俺は、ポチッとテレビの電源を落とす。


「そりゃ元気そうでなにより」

「……嫌味?」

「……ちげーよ」


 チラッと横目で目が合う。

 けれど、今回は慌てて逸らさない。


「……なぁ、美結」

「……ん?」


 瞳を膝に落とした俺は、己の両手を握って紡ぐ。


「……俺のこと、どのくらい嫌いなんだ?」


 俺には過去、『自分たちの気持ちを言わなさすぎて別れた』という経験がある。


 だから、俺がここで取る行動は『試す』ではなく『直接聞く』ということ。


 片方が一方的に察するのではなく、直接相手の口から言葉を聞いて、向き合う。

 それが大切だと学んだ。


「……え?」


 意を決して発言した俺の言葉に帰されるのは戸惑いのそれ。


「え……?」


 思わず俺までもが戸惑いを返してしまう。


「き……え?嫌い……?私が……?祐希のことを……?」

「え?いや……嫌いなんだろ……?」

「……え?」

「え……?」


 見開いた目たちがお互いの瞳をしっかりと捉える。


 横目でもなんでもなく、ちゃんとお互いの顔を見ながら。


「そ、それを言うなら祐希だって私のことが嫌いなんでしょ……?」

「……え?な……え?嫌い……?俺が……?美結のことを……?」

「だ、だって……真っ先に保健室に来てくれなかったし、昨日だって……」

「え……?」

「……え?」


 意味のわからない言葉に、呆けた言葉が俺たちの間に漂う。


 まん丸にした瞳がお互いをジット見つめ合い、気になると言わんばかりに人一人分ん開いたソファーに手をつく。


「それってどういうことだ――」


 俺が口を開いたときだった。


「お話しちゃうよ!」


 勢いよくリビングの扉が開かれ、超ご機嫌なパジャマ姿の母さんが頭を拭きながら登場した。


「え?出てくるの早くね?」

「そんなことないよ?あれからもう40分ぐらい経ってるし」

「……そんな経ってるわけ……」


 俺と美結はどちらからともなく時計を見やり、40分どころか50分を越えようとする時間に目を見開き、これまたどちらからともなくお互いの目を見つめた。


「えーっと、お義母さん」

「ん?どしたの?」

「その……結婚した理由についてなんですけど……」

「うんうん。お風呂の中で話す内容決めてきたからいつでも話せるよ?」

「…………」


 瞳を輝かせる母さんに怯んだのだろう。

 口を結ぶ美結は顔を俯けてしまう。


「母さん。俺たちちょっと大事な話ししてくるから、その結婚話はまた今度にしてくんね?」

「え?また今度?」

「うん」


 俯いた顔を掬い上げるように美結の手を掴んだ俺はソファーから体を持ち上げる。


「え?私の結婚話よりも大切な話をするの?」

「うん。結婚話とは比にならないほどの大切な話」

「もしかして、祐希の彼女に子どもができたとか……?」

「……ちげーよ……!」

「……怪しい」

「怪しくねーよ!んじゃおやすみ!!」


 母さんの隣を通り過ぎていく俺に続くように、手を握る少女も「お、おやすみなさい!」と母さんに声をかけた。


「もしそうならちゃんと言ってよ!今すぐに彼女の所に行くから!」


 そんな捨て台詞のようなものを背中で受け止めながら階段を駆け上る俺たちは、当然のように美結の部屋の扉を開いた。

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