転生悪役令息の鉄則〜実力主義学園の序盤に破滅エンドを迎える悪役に転生した男は、ただ実力を極めることにした〜
楓原 こうた【書籍10シリーズ発売中】
プロローグ
───主義の強者たれ。
前世の頃から、彼はそう両親から言い聞かされていた。
資本主義の環境では誰よりも金を得よ、民主主義の環境では誰よりも民衆の支持を得よ。
そうすることで、環境内では大抵のものは手に入る。
権力だろうが、名声だろうが、自由だろうが。
常に人の上に立ち続ける人間こそが、望む人生を歩める。
実際に、両親の言いつけ通りに行き続けた結果───色んなものが手に入った。
女も寄ってきた、誰からも敬われるようになった、守りたい人間も守れた。
そして、改めて思った───この『鉄則』は間違っていなかったのだと。
もしも、だ。
その『鉄則』を信じ続けてきた男が、ゲームの世界に転生したらどうなるのか?
実力主義の学園に入学してすぐに死ぬ、誰もが嫌う悪役に転生したとしら───
「よし、力をつけよう」
騎士家系、ハイデンブルク侯爵家の屋敷の一室。
簡素からは程遠い煌びやかな装飾品ばかり並ぶ部屋の机の前にて、黒髪の少年は口にする。
───キャロル・ハイデンブルク。
ハイデンブルク侯爵家の四男であり、『プラメント・アカデミー』というファンタジーゲームに登場する、悪役の一人だ。
粗暴で癇癪持ち、大した実力もないのに家を盾に横暴を繰り返す。
社交界や街の民からも嫌われる、十歳児の少年である。
「……いきなりどうされたんですか、ご主人様?」
そんな少年の言葉を聞いて、怪訝そうに眉を顰める一人の少女。
艶やかな金の長髪に、子供ながらにして美しい顔立ちと、年相応のあどけなさ。
きっと、誰もが「将来は絶世の美女になる」と口にしてしまいそうなほどの容姿の持ち主であった。
「いや、実力をつけたくてさ。もっと強くなりたいというかなんというか」
「なるほど」
そんなメイドの少女───エミリアは、可愛らしく考え込むように顎に手を添えて口にする。
「困りました……現代の医療魔法では、頭の治療は難しいと言いますのに」
「おっと、変化球を投げる気もない失礼な発言にお兄さんびっくらぽんだ」
本当にメイドなのか? なんて疑ってしまいそうなほどの発言である。
(……まぁ、でもこの子はちょっと特殊なキャラクターだったからこんなもん、なのか?)
キャロルの横暴な態度のほとんどは、屋敷の人間に向けられていた。
気に食わないからとカップを投げつけたり、少しでも不満があれば罵倒を浴びせたり、暴力を振るったり。
直接的にクビにできる権限こそ持ち合わせてはいないものの、あまりの態度に多くの傍付きが辞めてしまった。
しかしながら、そんな中でも。
エミリアというキャラクターは最後まで傍付きを続けていた。
無関心で、どんな扱いを受けても気にしない性格の持ち主。
あとは、どれだけ暴力を振るわれても対処できるほどの武才の持ち主だから、というのもあるだろう。
「びっくらぽんは、こちらのセリフですよ。最近、ご主人様の雰囲気が変わったのはなんとなく察してはおりましたが……まさか登場人物設定が急に改変されたのではと疑うほどの発言をされましたし」
「そうか?」
「はい、今までのご主人様は「俺が強くならずとも誰かが俺を守ればいい!」やら「殴りたい時に殴らせろ!」やら「俺に指図するな!」やらといった発言をお茶の間の視線関係なく口にされるようなお方でした」
「うーむ……随分とやんちゃな子もいたもんだな」
「ご主人様のことですよ?」
自分のことなのだが、自分がやったわけではないので少し返事が難しい。
「まぁ、ようやく訪れた思春期さんというやつだな、気にするな」
「随分と前向きな思春期さんですね」
転生したから、と口にするわけにはいかない。
何せ、口にしたところで信じてもらえるとは思えないし、仮に言ったとしても白い目を向けられるだけだとなんとなく察している。
「まぁ、前向きになったのは喜ばしいことではありますが……今まで鍛錬を断っておいて、今から鍛錬に参加などご当主様は首を縦に振らないと思いますよ?」
「だったら、自分で鍛錬するまでだ。何せ、鍛錬するには最高の環境が整っているんだ……使わない手はないだろう?」
「とても凄く、一週間前ぐらいまでのご主人様に聞かせて差し上げたい発言ですね」
エミリアのジト目を受けてもなお、気にした様子もなくキャロルは立ち上がり、窓の外を眺め始めた。
───見慣れない景色。
いや、ここ一週間でようやく見慣れたというべきか。
日本という国とは比べ物にならないぐらい緑が多く、遠くに見える街の風景はコンクリートばかりのビルとは大違いである。
(まさか、俺がゲームの世界に転生するとは……)
昔、本当に暇潰しのためにやったゲーム。
剣と魔法が主軸の学園ファンタジーで、シナリオに沿ってレベルを上げ、エンディングまで目指すという仕組みのもの。
メインのストーリーは学園で行われ、主人公は多くのイベントをこなして強くなっていく。
一風変わっているのは、アクションゲームだけではなくヒロイン達との恋愛要素と、舞台である学園が根っからの『実力主義』ということだろう。
実力に見合わない者は退学させられ、残ったとしてもすぐに学園内で淘汰される。
ゲームでも、主人公がイベントをクリアできなければ容赦なく退学───バッドエンドとなっていた。
(しかも、転生した先が主人公じゃなくて、ゲーム序盤に死ぬ悪役だなんてなぁ)
キャロルは、根っからの悪役である。
家の威を借りて好き放題やり、自分が特別だと疑わない男。
そのおかげで、実力主義の学園に入学してすぐに退学───ついに見切りをつけられた父親に家まで追い出され、そのまま野垂れ死んでしまう。
───言わば、死亡が確定しているキャラクターなのだ。
(とはいえ、調べる必要もなく主義がハッキリしているのはありがたい)
学園では実力を持つ者ほど優遇される。
さらには、代々王家の騎士団の団長を務める人間を排出している騎士家系ということもあって、強い子供ほどハイデンブルク侯爵家では特別な立ち位置となる。
現に、設定では一代の中で最も優れた人間が当主となるという決まりがあるらしい。
逆に、努力もせずただただ弱く威張っていたキャロルは、家では爪弾き一歩手前のような扱いを受けていた。
(ならば、鉄則通り……俺は実力を磨くッ!)
誰よりも強くなれば、死ぬこともない。
それどころか、富と名声も……ほしいものが大抵手に入ってしまう。
ならば、磨かない理由はない。
しかも、ここは騎士家系───強くなるための環境はほとんど整っており、自分にはゲームの知識すらある。
(まぁ、問題はたった一週間ぐらいで口調や思考が年相応に寄ってきてしまっているところだが……まぁ、これも幼い体になったからってことにしておこう)
前世よりもイージーモード。
キャロルくん、口元に浮かぶ笑みが収まらない。
「ふふふ……実力を磨いて、ゆくゆくは俺の望むものを望むだけ手に入れてやるんだふふふ」
「ようやくご主人様らしい発言を聞きましたね」
もしかしたら、これも転生した影響なのかもしれない。
「というわけで、鍛錬しよう!」
「何が「というわけ」なのか教えてほしいものです」
「だって強くなりたいし、そういう環境があるなら普通は鍛錬するだろう!?」
「ご主人様、先程からブーメランが全身あちこちに刺さってますが、大丈夫ですか?」
さらには、美少女メイドからのジト目もたくさん突き刺さっているが───これもまた、キャロルは気にしない。
「差し当たってはエミリア、鍛錬を手伝ってくれ」
「え、嫌ですけど?」
「…………」
「…………」
「…………土下座したら手伝ってくれる?」
「流石に私の首が飛んでしまいますよ」
主人に土下座させたとなるとメイドとしては大問題である。
「はぁ……まぁ、私はご主人様の物らしいので、元より拒否権はないのですが」
自分のことを『物』と口にしたエミリアに、キャロルは少し驚いてしまう。
しかし―――
(もしかしたら、
まったく困ったやつだ、と。
ブーメランのようなブーメランではないようなことを肩を竦めながら思ったキャロルであった。
(まぁ、誰からどれだけ嫌われていようとも、実力さえ身に着ければどうにもよくなる)
キャロルというキャラクターは、家の威厳に甘えて何もしてこなかった。
実力がないから、学園を追い出された。
実力がないから、家から追い出された。
であるなら、どんな手を使ってでも実力さえ身につけてしまえばいい。
そうすれば───実力主義のこの世界であれば、生き残るだけではなく望むものまで手に入れられる。さらには、守りたいものができた時もちゃんと守れるだろう。
主義の強者たれ。
この世界に転生したのなら───
(実力主義の強者たれ───これが悪役令息に転生した、新しい俺の鉄則ッ!)
二度目の人生でも、この鉄則だけは守ろう。
そう決意したキャロルは、徐に部屋の扉に向かって歩き出した。
「よし、そうと決まれば早速訓練場に行くぞ、エミリア! 今は一分一秒が惜しいはりあっぷッッッ!!!」
「現在、ちょうど妹様の剣術の鍛錬で使えませんよ」
「Oh……」
早速出鼻を挫かれたキャロルであった。
♦️♦️♦️
―――忙しない日々こそ、時間が経つのはあっという間というかなんというか。
結局、キャロルという悪役に転生してから、早いもので四年が経ってしまった。
「鍛錬し始めてから、ざっと四年。学園入学まではあと一年……今日という日まで、惜しむことなく鍛錬にすべてを注いできた」
家庭内で冷たい視線を浴びながらも、気にせず剣を振り続け、身体能力を上げ、魔法の研究に勤しみ。
それこそ、子供らしく外でボールを蹴って遊ぶような一日は送らず、今日までずっと実力一点だけを鍛え続けた。
「過激なスポコンよろしく汗と水と血を流しまくった結果、それなりに強くなったとは自分でも感じるが―――エミリア的にはどう思う?」
キャロルは四年も経ったからか小さかった身長もかなり伸び、細かった体もしっかりと筋肉がついている。
顔つきも男らしくなり、十四歳という若さではあるが『美青年』と称してもいいほど大人びていた。
そんなキャロルは、ふと視線を下げて考え込む少女を見た。
「そうですね……」
あどけなさこそ残ってはいるものの、より一層美しくなった容姿。
艶やかな金髪は変わらず艶やかで、肢体はしっかりとした凹凸を見せ、漂うお淑やかな雰囲気は一段と大人びた印象を与えてくる。
そんな誰もが目を惹くような容姿に育ったエミリアは、視線を受けてにこやかと笑い―――
「とてもかっこいいです」
「なんだって?」
「瞳にハートマークが浮かんでしまうほどかっこいいです」
「なんだって?」
この子も四年でだいぶ変わったな、と思った。
「まぁ、本気でかっこいいとは思っていますが……」
「照れちゃう」
「実際問題、そのように不安に思うことはないのでは?」
何せ、と。
エミリアはキャロルから視線を下げ―――築き上げられた魔物の死体を見て、小さくため息をついた。
「……どこの地域にお茶の間へお見せできないほどの死体を積み上げる十四歳がいるというのですか」
「ふむ……言われてみれば確かに」
着実に主義の高みに登ってるなぁうんうん、なんて。
満足げに頷くキャロルを見て、エミリアはため息をつくのであった。
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次話は12時過ぎに更新!
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