第52話

「どうして……?」


「聞いたの。常広さんから。聞いたっていうより、向こうはわたしが知ってるものだと思って話してたみたいだったけど」


「いつ?」


「いつだったかな……忘れちゃった」




大学で、遼の元同僚だった常広さんに偶然会った日、わたしは真実を知った。

遼が、どんな状況に置かれていたのか。


常広さんから遼の借金のことを聞いた時わたしは22歳で、どうして遼があの時何も言わずにわたしの前からいなくなったかを理解できる、十分な歳になっていた。

もし、18歳の時、遼の借金のことを知っても、その重い意味もわからずに、彼にすがったに違いない。

遼と一緒になるということは、わたしにも、生まれてくる子供にも、その借金がのしかかるという現実を、わたしはきっとわからなかった。


社会に出て働くと言うことも、ひとつの命を育てると言うことも、どんなに大変なことなのか、頭でしかわかっていなかったみたいに。


だから、遼はひどい方法でわたしを捨てたんだよね。

わたしが、遼に微塵も未練を残さないように。


でもね、常広さんから話を聞いた日、いつか遼に会って、その口から真実を聞くまでは、遼がわたしに言った言葉は本心じゃないって、そう思うことに決めたんだよ。


必ずもう一度会えると信じて。




「借金は……まだ残ってるけど、来年の3月には返し終える……どうしてた? ……って、オレが聞ける立場じゃないんだけど……」


「高校を卒業した後、1年遅れて大学に進学したから、この4月に社会人になったばかり」


「1年遅れ?」


「女の子だからかな? その子、パパに似てる」



遼は子供の顔が自分に向くように抱きなおした。



「寝ちゃったみたいだ」


「子供って、眠ると急に重くなるんだよね。遼は……誰か、いいひとできた?」


「そんなのいない。寝てる時以外は仕事しかしてなかったし。そっちは……今、幸せ? 相手はいいやつ? オレみたいなんじゃなくて、大切にしてもらってる?」


「……あの日ね、一人で病院に行くのが怖かった」



遼の顔が曇る。



「許してもらえるなんて思ってない」


「ねぇ、もし、借金のことがなかったら、何て言ってた?」


「……それを言う資格はないから」


「教えて」


「言えない」


「言って。ほんの少しでもわたしのことを気にかけてくれてたなら教えて。わたしが前に進むために」


「……もし……あの時、借金のことがなかったら……」


「なかったら?」

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