第16話 失恋の傷は何で癒す?

「いつ帰ってくるって?」


浩太こうたはハンバーガーに齧り付きながら、スマホをいじっている。


「来週」

「いつまでいるの?」

「決めてないってさ」

次男つぐおはため息をついた。

突然、崎矢さきやから連絡があった。

海外の取材から一時帰国するらしい。


「チャンスではあるよなぁ」

「でも難しいよなぁ…失恋したてですぐ次なんてなかなかいけないだろうし。しかも初恋なんだろ?」

「だよな〜…」


姉を結婚させたい。

前までは追い出したい気持ちだったが、今はとにかく幸せになってほしい。

叶夢かのんが崩れ落ちて泣いている姿を思い出すと、胸が痛む。

あれだけ傷付けば誰だって次の恋に臆病になるだろう。


「まぁでもいつかは前を向いて次の恋愛に進むべきだろうしな」


「次の恋愛か…」


次男つぐおはポテトを食べながら、どうするべきか考えあぐねた。


◇◆◇


「こんにちは」


次男つぐおは、なるべくいつも通りに編集部へ入った。

神原かんばらの一件があって、なんとなくアルバイトに行きづらい気もしたが、“これから友人としてよろしく”と神原も言っていたし、気にし過ぎるのも良くない。


「こんにちは」


神原がにこっと笑って挨拶を返してくれる。

まるで何事もなかったような態度に、ほっと胸を撫で下ろしつつ、桃子に言われてアルバイトの作業に取り掛かった。


なんとなく見ていると、神原と叶夢の関係も変わっていないようだ。

やっぱり神原はコーヒーをこぼしてみたり、記事の誤字が多くて怒られたり、インタビューの日付を勘違いしたりして、様々なことを巻き起こしては、叶夢を頼っている。

頼られた叶夢もテキパキと指示を出し、気まずそうな空気はない。


次男つぐおくん、こっちの作業手伝ってくれる?」

桃子ももこに言われて、会議室でたくさんの資料をまとめてはホッチキスで止めていく。


「白井さんは、失恋とかしたことあります?」


「は!突然なんで!?」

桃子が目を丸くして何事!?と言う顔をしている。


「あ、えーっと知り合いが最近失恋したんですけど、その場合ってなかなか次にいけないもんなのかなぁって」


「そりゃあすぐに行くのは難しいんじゃないですか?好きな気持ちを失恋したからってなかったことにはできないですから」


確かにその通りだ。

失恋してから時間をかけて好きだった気持ちを忘れていくものなのだ。

次男つぐおにも経験のある話だ。


「まぁでも失恋した時こそ相手からしたらチャンスかもですね」


「チャンス?」


「話を聞いてもらったり、励ましてもらってるうちに好きになっちゃいましたってことはありますから」


「確かに…」

次男つぐおが手を止めて、少し考えていると、「上手くいくといいですね」と桃子がどこから優しげな目で見ていた。


◇◆◇


「つーちゃん、今なんて?」


歩夢がうさ耳のついたフードを被りながら、驚いた顔をしている。


「崎矢さんと姉ちゃんをくっつける」


「いや、でもさすがに失恋したてだしさ」

「だからこそだよ。恋の傷は恋でこそ癒えるんです」

「どこのネット記事の見てきたの?そんな簡単なもんじゃない気がするけどなぁ」


「それでも、姉ちゃんと我々の幸せのためには前を向いて進むしかない」


「でもまた失恋したらどうするの?またってなったらお姉ちゃんのプライドズタズタになるよ」


「わかってる。今回は同じ轍を踏まないように徹底的に調査する」


「調査?」

次男つぐおは立ち上がると、「崎矢はじめを徹底的に調べる!」と高らかに宣言した。

「なんか既視感あるけど…大丈夫かなぁ」

心配そうな目を向ける歩夢をよそに今後の作戦について次男つぐおは考え始めた。


とはいえ、崎矢が帰ってくるまではできることもない。

しいて言うなら、叶夢の傷を癒すために何かするくらいだろうか。

叶夢は今日休みだが、出かける様子もない。


「姉ちゃん降りてこないね」

歩夢に声をかけると、歩夢はクマのあみぐるみを編んでいる。

あみぐるみ作りにハマっているようで、部屋のあちこちに動物のあみぐるみが転がっている。

長身のイケメンが小さなかぎ針で一生懸命編んでいる様子は、ほんの少しだけ可愛らしく感じる。


「きっと寝てるんだよ。お仕事で疲れてるんじゃない?」


「なんか傷が癒えるようなことしてあげたいけど、ミスるとボコボコにされそうだからなぁ」

次男つぐおがうーんと悩んでいると、歩夢がかぎ針をバンッと置いた。

「女の子の傷を癒すにはこれしかないよ!」


◇◆◇


「えぇ…買い物?別に欲しいものないし」

叶夢は高校の時のジャージでコンタクトもせず分厚いメガネをかけている。

「化粧めんどいしな」

こうなるのは想定済みだ。

次男つぐおは、最終兵器を使うことにした。


次男つぐお〜歩夢〜早く行くよ」


叶夢はバッチリ化粧をして、キレイめなニットワンピースにコートを羽織っている。

先ほどとはまるで別人の美人だ。


「なんであんなにはりきってるの?」

小声で歩夢が聞いてくる。


「何か買ってあげるって言ったからだよ」

「えぇ…太っ腹だね」

「いや…、あの、ごめん…」

「もしかして、僕も?」

「兄弟なんで…」

次男つぐおと歩夢の深いため息など叶夢に聞こえるはずもなく、「早くしなさーい」と叶夢の声が聞こえた。



※今回も次回更新が11時に間に合わず、更新は夕方までにします!

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