第13話 初デートと姉の涙

「神原さん、この前はありがとうございました」


次男つぐおは、神原かんばらに先日の旅行のお礼を伝えると、早速行動を開始した。


「あの、これ、映画のチケットを友達にもらったんですけど、どうですか?」


今話題のコメディ映画だ。

恋愛ものがいいのではないかと次男つぐおは思ったが、歩夢に会社の上司と見に行く映画ではないと言われてしまった。


「あ、これ気になってた映画だ!一緒に行ってもいいよ」


「あー実は、大学でのレポート提出の期限が迫っていていけそうにないんです。それでお譲り出来ればと思いまして」

「そうなんだ」


神原は少し残念そうな顔をしたが、「ありがとう」とチケットを受け取った。

そのタイミングで昼休憩からの戻りで、叶夢かのんがやってきた。


「ちょうどいいところに。姉ちゃんとどうですか?姉ちゃんもこの映画見たいって言ってましたし」


次男つぐおがそういうと、叶夢ははぁ?という顔をしていたが、構わず続けた。


「せっかく2枚ありますし、姉ちゃんは休みの日家から出ないことが多いのでぜひ誘ってやってください」


「つ、次男つぐお!な、何をそんな」

慌てふためく叶夢の前に、神原が進んでいく。


「今度先輩一緒に行きませんか?」


神原がにこっと笑った。


「…行ってあげてもいいわよ」


叶夢は恥ずかしいのか顔を少し背けながら、手を伸ばしてチケットを受け取った。


(よし!)


◇◆◇


「つーちゃん、なんか覗き見なんて良くないんじゃない?」


歩夢あゆむはそう言いながら、双眼鏡で待ち合わせ場所に1人立っている叶夢を見ている。


「姉ちゃんにとって人生初デートだよ?俺ら兄弟がサポートしないと」


次男つぐおも双眼鏡を覗きながら答えた。

叶夢はいつもパンツスタイルが多いのだが、今日はワンピースだ。

叶夢の部屋を掃除した時に、最強デート服という雑誌の記事が開いていた。

ファッション誌の編集者だというのに、可愛らしいところもあるものだ。


「あ、来たよ、神原さん」


神原はラフな感じでパーカにチェストコートを合わせている。

2人は一言二言話すと、歩き出した。

時間は11時半だ。

2人はカジュアルなイタリアンに入っていく。


「つーちゃん、はい」


歩夢におにぎりとホットのお茶を渡される。

「ありがと」

「ねぇ、つーちゃん、僕たちはあの店入っちゃダメなの?」

「席数少ないのからバレちゃうよ。さ、兄ちゃんもおにぎり食べて」

歩夢は不服そうにしながらもおにぎりを食べた。


「何話してるんだろ?」

「わかんないけど、楽しそうだよ」


叶夢の笑顔が見える。

いつもとは違う優しい笑顔だ。


「俺らには見せない笑顔だな」


「そりゃそうだよー。恋してる笑顔だもの」


楽しそうに話す叶夢を初めてかわいいと思った。

「上手くいってほしいな」

「うん」

ランチは楽しく過ごせているようなので、先回りして映画のチケットを買いに行くことにした。


しばらくして叶夢と神原がやってきた。

遠目からみてもお似合いの2人のように見える。

2人が映画館に入るとバレないように歩夢と次男つぐおもそれに続いた。

後ろの列にしておいたので、真ん中あたりにいる叶夢と神原がよく見える。

2人で仲良くポップコーンを食べていて、いい雰囲気だ。

暗くなって映画が始まる。

映画は面白かった。

面白かったはずなのだが、「つーちゃん!つーちゃん!」歩夢に揺すられて目覚めた。

「姉ちゃんは?」

「僕たちが寝てる間に出て行っちゃったみたい」

映画館はすっかり明るくなって、歩夢と次男つぐお以外誰もいない。

「嘘っ!」

慌てて外に出るが、叶夢も神原もどこにもいない。

「やっちゃった…」

「大丈夫だよ、かなりいい雰囲気だったし。つーちゃん、帰ろ」

歩夢に促されて、次男つぐおは肩を落としながら家に向かった。


そして21時になった頃、家の鍵がガチャっと開く音がした。


「姉ちゃんかな」

次男つぐおが洗い物を終えて手を拭きながら、リビングへ向かう。


「思ったより早いね」


リビングに入ってきた叶夢を次男つぐおが出迎えると、叶夢はその場でしゃがんで泣き出した。

ワンワン泣いて、次男つぐおや歩夢がどんな声をかけても聞こえていないかのようだった。

お酒を飲んでいる様子もない。

歩夢と2人でどうしたものかと思っていたら、しばらくして泣き疲れたのか、ソファーで眠り始めた。


「お姉ちゃんがこんなに泣いてるの初めてみたよ」

「何があったんだろ」

「彼女いたとか?」

「いや、いないのは確認したから」

「じゃあ一体なんで…?」


まだうっすらと涙が残る叶夢にそっとブランケットをかけた。

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