第28話 操り人形

 三人を嘲笑う様に見つめる魔物はガーゴイルだった。昼間は石像として過ごし、夜になると、その凶暴な本性を現す。


 三人は、村人たちを前にして、どうするべきか決めかねていた。

「くそ、いつまでもこうしてられないぞガーシュ」

「分かってる」


 シュナイドは消費させられていくスタミナに、焦りを覚えていた。

「でも皆生きてるんです、体温を感じます、あの魔物をどうにか出来たら、きっと助けられるんです」

(どうしたら、人を相手に戦ったことないし)

 ライラは状況と打開策が浮かばない状況に焦りを募らせていた。


「本当にこいつら」

 そうしているうちに、ライラの方から何人かの村人が、シュナイドとガーシュの方に向かい、事態がさらに悪化した。

「こうなったら本当に殺すか」

 いなしているだけでは打開しない状況に、シュナイドの焦りは次第に苛立ちへと変わっていく。

 四方八方から、息を整える暇もなく、向かって来る凶器をいなし続けるのは、限界があった。その限界が近づいているのは、火を見るより明らかだった。


「があっ」

 集中力が切れかけたガーシュの背後から、鈍器を振り下ろされて、躱せずにぶたれてしまう。急所には当たらなかったものの、ガーシュは姿勢を崩して、膝をついてしまう。

 そこへ操られているデクトが、追撃の為に向かっていく。

(くそ、動けない)

 ダメージで動けないガーシュは死を覚悟した。


 だけど死ななかった。

 彼女の死の運命を変えたのは、シュナイドだった。

 そして、その代償は彼の命だった。

 ガーシュに向けて振り下ろされた凶器を、彼が身体を盾にして防いだのだった。

「シュナイド…シュナイドっ!」

「シュナイドさんっ!」


 二人がその状況を理解した時には、デクトは凶器を引き抜き、もう一度ガーシュに向けて振り下ろしていた。

「くそがっ」

 ガーシュは立ち上がると、デクトの喉元を切り裂き、確実に彼を死に追いやった。


 その惨劇を目撃して、ライラは吹っ切らないとと思い。

「ごめんなさい」

 手加減をして、村人たちを殴る。

 人と戦ったこののない彼女は、どれほど加減をすればいいか分からず、気絶まで追いやれなかった為、再度立ち上がってくる。

 動きは単調なため、カウンターを決めるのは簡単だった。だけど殺したくはないライラは、力の加減を掴めずにもがき苦しんでいた。


(このままじゃ駄目だ)

 背後から聞こえてくるのは、生温い切り裂き音と、何かが滴り落ちる音。

 ガーシュは操られている村人たちを、殺戮していた。

 早くこの状況を変えないと、いけないと焦っていた。その焦りは確実にライラの拳を鈍らせていた。


 一人、また一人と切り裂いていく。肌を筋肉を切り裂く感触が手を伝って、ガーシュの脳に響く。だけどそれを気にしていない。もう目の前の敵を切ること以外に、何も考えられなかった。


(駄目だ、加減が分からない。ミスったら殺しちゃう)

 数が減ると、ガーゴイルは、自分の前に村人たちを集めて、肉壁を作り始めた。その変化を不思議に思っていると、ライラは、切り裂く音がやんだのに気付いた。彼女の背後から、ガーシュが現れた。その身体と刃には、大量の返り血を浴び、一緒にいた優しく皆を引っ張ってくれたガーシュとは、別人の様に、その眼は鋭く獣の様だった。


「ガーシュさん」

 ライラの声がまるで聞こえていない様に、ガーシュは突っ走ると、ガーゴイルは村人をガーシュに差し向けるものの、簡単に切り伏せると、ガーシュはガーゴイルに引っ付くような距離になり、短剣を振り上げる。

 紙一重でガーゴイルは躱すと、その怪しく歪んだ赤い眼でガーシュを見つめる。するとガーシュの動きが止まった。


「ガーシュさん、大丈夫ですか」

 ライラは失念していた。村人を操っていたとしたら、その魔法を今使われたらやばいと、身構えた。しかし、ピッタリとくっついた状態のガーシュと、ガーゴイルをどう引きはがせばいいか分からなかった。


「これで操ってたのか」

 ガーシュはぼそっとそう言うと、自らの太腿を、短剣で浅く切りガーゴイルの洗脳から逃れた。

 ガーゴイルは、状況が理解出来無いのか、困惑していると、ガーシュがその喉元を短剣で突き刺した。

 剣を引き抜かれ、喉元から血を流し、口からも逆流した血を噴き出しながら倒れるガーゴイルを、ガーシュは冷たく見下ろしていた。

 やがてその身体から、力が抜け落ちていき、息が止まりガーゴイルは絶命した。

 この戦いは、多くの犠牲の上に、ライラとガーシュの勝利に終わった。


 戦いが終わると、ガーシュはそっとシュナイドの元に向かった。

 すっかり身体は冷たくなったその身体をガーシュは許しを請う様に抱き寄せた。



 そのまま二人はその場にいて、気が付くと外はすっかり明るくなっていった。

 状況と似つかわしくない爽やかな鳥の鳴き声が、虚しく響いた。日の光の暖かさすらどこか不愉快に感じるほど、場は静寂しきっていた。

(何も出来なかった…何も)

 初めての状況に対応しきれなかったライラは、自分を責めるしか出来なかった。


 この村は半壊状態だった。

 そこに、とどめを刺したのは、確実にガーシュだった。

 そうしなければ乗り切れなかった困難だった。

 この戦いは、二人に大きな傷を残した。

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