第20話 対峙
「次の組、どうぞー」
軽音部室の空気は緊張感に溢れていた。
普段の部員数よりも人の数は多く、皆は楽器を手に持ち、今し方呼ばれた四人編成のバンドは顔を強張らせて演奏の場へと踏み出す。
誰もが険しいような、落ち着きのない様子だったけれども、そんな中でも僕達は非常に浮いていて、隅に固まって様子を眺めていた。
「しっかし、本当に出ようとはねぇ……」
不服そうな表情で文句を口にするのはサイコで、彼女は僕の隣で胡坐をかいている。
そんな彼女の言葉に僕は口を幾度かまごつかせる。
「そうも不機嫌になんなよ。第一、お前も納得しただろうがよ?」
「そりゃ納得したけどよ、この空気だよ、空気。なんだってこうも張りつめてんだって」
宥めるように僕の隣に立つ虎徹先輩がいうけれども、サイコはどうにもこうにも部室内の空気や、皆の緊張した面持ちが気に食わないらしい。
彼女の言葉に複数の生徒が顔を顰めたが、そんな最中に音が発生し、皆の注目はそっちへと向かった。
そこには複数の教師の姿と、その眼前で楽曲を演奏する生徒達の姿がある。
まるで面接を想起させるように、それは奇妙にも見えたけれども、演奏する当人達は緊張を浮かべつつも彼等の音楽を始めた。
「なぁにが審査だよ、仰々しいったらねえ……これだから学校ってのは嫌なんだ」
サイコの文句を聞き「そういった感想を抱くのも仕方がないのかもな」と内心で頷く。
(それでも、やってみたかったし、二人が頷いてくれて本当によかった)
果たしてこうも格式ばった風になるとは思いもしなかったが、僕は今、この場に――校内音楽祭におけるバンド発表の事前審査の場に立ててよかったと思うと同時、今に至るまでの経緯を思い返していた。
「はっきりいえば反対だね」
「そういわないでよ、サイコ……!」
先に繰り広げた僕の暴走からややもして、僕とサイコと虎徹先輩は階段の踊り場で顔を突き合わせていた。
僕の口にした「校内音楽祭にバンドとして出たい」という意見にサイコも虎徹先輩も微妙な反応で、特にサイコは反対だという。
「そもそもだぜ、アタシ等には全く肌が合わねえだろうよ。それこそ軽音部の連中みたいなのが集まるんだろうし」
「でもでも、折角の機会だし、僕、出てみたいなって……」
「そりゃあ形としてはライブさ。しかもキャパは三百からの、事実だけ見りゃ規模は大きいイベントだろうさ。けど忘れちゃいねえだろ、アキラ? 奴等ぁお前をコケにしたんだぜ。そんな連中が幅ぁ利かせるようなイベントなんざ、ぜってーにいいもんじゃねえよ」
不服どころか怒りすら滲ませるサイコ。
僕はどうしたものかと困惑するが、そんな彼女の言葉に虎徹先輩も頷く。
「まあ、他の連中がどうのこうのは別にしてもだ。どうせ俺達みたいなのがやる音楽性とか、必死さなんてのはよ、理解されねえと思うぞ、アキラ」
「虎徹先輩も、やっぱり反対なんですか……?」
「そうだな……イベントの内容自体に惹かれるものはあるけどよ。そんでも是が非でもとか、どうしてもとはならんな。サイコのいうことも理解出来るし、そこまで熱望する程か?」
つまり、彼等はそのイベント自体が自分達には不向きだといいたいようだった。
その理由には僕も頷けるし、サイコの抱く怒りというのも頷ける。
だが、僕はどうしてもこのイベントに出たくて、二人の否定的な意見を耳にしても尚、僕は二人を説得すべく言葉を紡ぐ。
「そうはいっても、謂わばお祭りだよ、サイコ……喧嘩しようって訳じゃないんだし、同じステージに立つとしたら互いの
「本当にそう思うかい、アキラぁ? あいつら絶対にどうのこうのというぜ。手前等のコンプ丸だしで、それを棚上げした挙句に必死だとか本気になって馬鹿馬鹿しいだとかというぜ」
「……でも、僕、出たいな」
サイコが鋭い目で睨んでくる。
それに僕は顔を伏せるけれども、それでも僕は拳を握り、彼女と対峙するように目を見据える。
「……何をそうも固執してんだ、アキラ? らしくねーぞ?」
「らしくない……ですか、虎徹先輩」
「ああ。お前の性格からして馬の合わない奴とは距離を置こうとするだろうし、ああいった学校行事みたいな、全校生徒の前でわざわざ披露するような状況なんて、お前が一番苦手だと思うんだけどよ」
そうだろうといわれて、僕は正しくその通りだと小さく頷く。
「だったら何でだ? 暗いステージの方が俺らにゃ合うし、無理をしてでも目立ちたいような願望なんてねーだろう? どうしてそこまで固執すんだ、アキラ?」
虎徹先輩の言葉にサイコも似た疑問を抱くのか、彼女は僕を見つめてくる。
二人の視線に再度拳に力をこめると、僕は一寸の戸惑いを挟みつつ、本心を口にした。
「自慢、したくて……」
「……は?」
「……今、なんつった、アキラぁ?」
最初、二人は全く理解が及ばないといった風に呆けた顔になり、言葉を
だが僕は、僕の思う気持ちと、イベントに出たい本当の理由というのを口にした。
「だ、だからっ……サイコと虎徹先輩を、皆に自慢したくって……!」
だって……どうしてこの二人を誇らずにいられようか。
世の全てを探したって、絶対に、この二人よりも格好良くてイかした人間はいないんだ。
僕を認めてくれたこの二人は僕のことを誰よりも知っているし、僕がイベントに固執すること自体に違和感を抱く程に、僕等の関係値や互いの理解度というのは、最早他人が介在する余地もない程に濃密で密接にある。
そんな最高に格好良くてイかした二人を、どうやったら自慢出来ずにいられるんだ。
「だって皆、知らないんだよ、二人のこと。サイコのことを〈退学候補生〉とか馬鹿にしてる人、未だにいるんだよ。虎徹先輩のことだって、きっと多くの生徒は知らないから〈沈黙巨人〉だなんて呼ぶんだ。そんなの嫌だよ……二人のこと、皆に教えたいよ……!」
そりゃ当然、わざわざ皆に見せびらかす必要なんてない。
圧倒的とも呼べる二人のセンスや実力というものは知る人だけが知っていればいいのかもしれない。
二人の人間性だってそういったものだ。
仮に馬鹿にされたとて、或いは語らずに日々を凡に過ごしていたとて、別に己等はそれで構わんというだろう。
けど僕は、もしもそういった場があるなら、皆に二人を見せつけてやりたいと思った。
サイコは誰が見ても不良少女だし、虎徹先輩の強面や大柄な体格は怖い風に見えたり近寄り難いと思えるかもしれない。
でも、それは二人のことを何も知らないだけだ。
サイコの狂気すら醸す圧倒的な存在感や説得力を思わせるベースプレイを見て欲しい。
その姿を見れば、もう、誰も彼女をどうこういうことはないし、二度といわせやしない。
虎徹先輩の滲む程に伝わる優しさを感じて欲しい。
その恵まれた体躯から編み出されるテクニカルな腕前を見れば、誰だって虎徹先輩という人間を理解出来る筈だ。
二人は、特に虎徹先輩は目立つことを好まない性格だ。
それに対する尊重の気持ちは当然持ち合わせている。
だがそれでも、勘違いされたままというのは僕が嫌だった。
「そして何より、そんな二人とバンドを組んでるんだよって……どうだ、凄いだろって! 自慢、したくって……!」
ただそれだけだった。
こんな最高で素敵な人達とバンドを組めているんだぞ、どうだこの野郎って、そういいたかった。
別に見返すだとか、そういう気持ちはない。
二人の本来の姿だとか、その身に宿すセンスだとか、研鑽の果てに生み出される実力というのを知って欲しかった。
軽音部の人達のような在り方は間違いじゃない。
各々の思う音楽性はあるし、やはり音楽は競争だとか競技ではないから優劣なんてものはない。
それでも、こういう人達がいるんだっていうことを皆に知って欲しかった。
ひたむきに音楽と向き合い、驀進し、それを音として表現する二人の真の姿を見てほしかった。
だから僕は校内音楽祭にバンド発表があると知ると、いてもたってもいられなくなり、二人が嫌がることを分かっていつつも、僕は僕の意見としてそれを口にした。
「……なんだぁそりゃ。それが理由なのかよ? アタシ等を自慢したいってのが?」
「俺達をよく知らねえ奴等に、知って欲しいからって?」
「……うん」
「あんたさぁ、アキラぁ……前にあの腐れ雑魚野郎にいわれてたよな。手前の実力を自慢しにきた勘違い野郎、だったっけ?」
「うぐっ。そ、そんなこといわれてたね、そういえば……」
「まぁたそんなこといわれるかもしれないぜぇ? それこそ〈手前等の腕前を過信して得意気になった勘違い野郎共〉だとかさ?」
サイコにいわれるけれども、僕はその台詞に不思議と笑ってしまい、そんなままで二人を見つめた。
「いわせないよ、いわせない。いや……誰もそんなことをいえないよ。だって二人の演奏を見たら、そんな厭味の一つ、叩く余裕すらないくらい、圧倒されるもん」
「……ははは。そりゃ過信が過ぎる、あまりにもつけあがってねえか? なぁ、テツコよぉ」
「んだなぁ。アキラはよく俺達を褒めてくれるけどよ、そうも立派なもんかね、俺とかサイコってのは。ある程度音楽を続けてきただけだぜ?」
二人の瞳にあの色合いが浮かぶ。それは狂気を孕むものだ。
見る者を不安にさせるけれども、同時に駆り立てる程に迸るものがある。
それこそはきっと、
二人にはそれがある。
他者を圧倒する程の狂奔があり、それを知り、感じるからこそに僕は断言出来る。
「誰もが感じて納得するよ。絶対にね。サイコを小馬鹿にした人達も、虎徹先輩をよく知らない人達も、たったの一音も聴けば納得するに決まってる」
僕は二人を見上げる。
既に二人に反対の意思はないようで、僕は二人が醸す空気に居心地のよさを感じつつ、言葉を紡いだ。
「〈こいつらかっけー〉って……〈まるで化け物みたいにイかれてる〉って!」
二人は了承するように頷き、僕もそれに頷きを返す。
きっと、二人にとっては己を知る人達がある環境というのは苦手だろうし、浮ついた空気には拒絶反応すらあることは分かっていた。
それでも僕は皆に教えたかった。自慢がしたかった。
僕という人間ではなく、二人という人間が如何に格好よくてイかしているのかを。
「ところでよ、何でも審査とかいうのがあんだろ? それっていつなんだよ?」
「あ、そうだね、先ずはそれを確かめなきゃ――」
「明日だぞ」
「……え?」
では詳しい情報は何かないかと僕とサイコは疑問を口にするが、それに対して虎徹先輩がさらっと重要な情報を零した。
「えっと、今なんていいましたか、虎徹先輩?」
「だから明日だ。明日の放課後にな、軽音部で審査があんだってよ」
「……いや明日かよ!? なんだって黙ってたんだよ、テツコぉ!」
「だってどうせお流れになると思ってたし、まさかサイコが頷くと思ってなかったしよ!」
「と、兎に角、そうとなれば今夜は練習入れますよ! サイコ、予約して、予約!」
「いるかぁ、練習? アキラもサイコも今の程度で十分じゃねえか?」
「いやいや楽観しちゃダメですって! それに審査なんだから、やっぱり不安要素は解消しておかないとですから!」
「んじゃいつものスタジオでいいかぁ。つっても練習って、今やってる三曲をやる感じか?」
「いや、演奏出来るのは二曲までらしい。だから選曲も兼ねて曲の度合いを比べるか」
「あ、そうなんですね? ならそうしよう! もう、ちゃんと情報共有しましょうよ、虎徹先輩!」
「ちゃんと今いったろ? それにしても、やると決まると不思議とやる気が漲るなぁ……まーしゃあねえ、アキラのお願いだしな。少しくらいはちゃんとやるかよ、サイコ?」
「ひっひっ……んまぁ仕方ねーべやな、アキラに懇願されたとあっちゃあ頷かない訳にもいかねえ。その理由もよ、アタシ等の為だとかと大義名分もありゃあ俄然なぁ?」
「んじゃ喧嘩だな、喧嘩。こりゃライブっつー名の喧嘩だ」
「んだんだ、嘗めた連中は散々な程に後悔させてやっかね」
「いやいやそんな不穏なものじゃないから! 兎に角、今夜はスタジオに集合! ああもう、まさか明日に審査だなんて、急すぎるよぅ!」
そんなこんな、慌ただしくも前日に練習をこなし、明くる日の今日になり、放課後、僕達は軽音部室に集まった。
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