第16話 結成
三年前、綺羅星の如くに現れ世を
席捲――過剰な表現ではない。
ある種は暴力的な程に彼女等の存在は大きく、影響力といえば並じゃなかった。
四人編成のそのバンドはリーダーに宮本ミヅキを頂き、類稀な技量と圧倒する程の存在感や、またはカリスマ性と呼べるものを纏って大衆の心を奪った。
所謂はオルタナと呼ばれる、現代ロックバンドの典型とも呼べるジャンルだが、楽曲のレベルも、それを演奏するメンバーの実力も、往年の演者を頷かせる程に極まっていた。
あれよあれよという間に曲は売れライブの席は埋まり、昨年にはキャパ千未満のライブハウスで演奏していた筈が、翌年にはキャパ万の規模の会場を埋めるに至る。
怒涛とは正しくで、プロ進出に伴いカルト的な人気は爆発し、今や誰もがそのバンド名を知っているし、知らない方が少数派だった。
そんな超絶の勢いを誇るバンドのリーダー、宮本ミヅキが僕の姉であり、三年前、プロデビューと共にペンギンをメイン機に迎え、それまで愛用していたジェット改を僕に託した。
僕の憧れであり、僕に全てを教えてくれた人物であり、僕の目標ともしている人物。
影響力からして彼女に憧れる人も少なくはないだろうに、そんな人物といえば、今、とあるファストフード店で僕を前にサイコと真正面から睨みあっていた。
「なんだぁこのスケは、とんだ間抜けもいたもんだなぁ? いきなり割って入るどころか糞程に邪魔立てをするたぁ糞喰らえだ、そう思うだろアキラぁ?」
「あ? 間抜けだと? どころかアキラを気安く呼ぶとは何だ貴様、余程頭の出来が悪いのか? それとも糞でも詰まってるのか? 割って中身綺麗にしてやろうか?」
「いやいやいやいや止めて落ち着いて二人とも! 喧嘩しないで!」
はっきりいえば修羅場だった。
それも世に知れる有名人が寄せられる注目を無視して喧嘩をしようといった空気だ、当然に周囲は騒ぐ。
止めに入ろうとした僕だが、姉に襟首を掴まれると宙吊りになってしまった。
「おいアキラ、この腐れた小娘はなんだ? どこのカスか知らんが弟を心配する私を邪魔だのスケだのと馬鹿にしてきたぞ!」
「ぼ、僕の友達だよ! ほら、凄腕のベーシストがいるっていったろう、その子だよ!」
「……あぁん!? こいつがその女か!?」
そういえば先日、サイコの話しをしたら相当に怒った様子だったが、ついぞ本人を前にして、そして正体を知って姉は鬼の形相になった。
「貴様がその糞か、ガキこら! アキラが頷く程の腕前と聞きゃぁ多少の興味も湧いたが、この私に上等切るとはいよいよ気に入らんぞこのボケ!」
般若の顔になる姉だが、しかし対するサイコはまったく怯む様子がない。
「別に手前が誰で何でどういった奴かも興味ねーけどな、アキラの姉貴にしちゃあ不出来にも程があるぜ、なぁ? 糞程に耳障りな大声あげてきゃんきゃんと喚くんじゃあねえよ。しかもブラコンとまできた、糞が極まってやがる」
「誰が糞が極まるだ、無礼千万な物言いも大概にしろボケこらぁ! 兎角、何とも気に食わんメスだな貴様……如何に腕前があるとはいえ、こんな性格だと知れば呆れの気持ちしかないぞ、アキラ!」
未だ宙吊りの僕は姉に睨まれる。
「友達くらいは選べ! 音楽関係の友人が欲しいとはいえこれはダメだぞ、あまりにもダメだ! 先ずを以って無礼だ、口調も糞程に荒い! 性別を違えたのかと疑う程だぞ!」
「そ、そんなにいわなくても……それに、お姉ちゃんが空気を壊したのは、実際そうだし、今は大切な話の真っ最中だった――」
「よもやこれとバンドを組むとでもいうつもりじゃないだろうな?」
鋭い口調で姉はいい、その剣幕に僕は言葉を失う。
「先日の夜、確かにサイコとかいう奴とバンドを組みたいとかいっていたな。それ程にイかした奴が現れたかと私もウキウキになったが……これはダメだ、全くダメだぞ、アキラ」
「な、何をそこまで……」
「何せこれは獣のようじゃあないか。即座に手を出してきた上に年長者に対する敬意というのも持ち合わせちゃいない。別に反骨精神を持つなとはいわんし、それは大切な信念だろう。だがな、これは荒れ狂うだけの、野犬が如き
まるで怨敵を見るように姉はサイコを睨み、罵詈雑言を叩きつけられるサイコは特に言い返すでもなく姉を睨み返す。
そんな折、それまで静かにしていた虎徹先輩が静かに立ち上がり、姉へと言葉を紡いだ。
「流石に口が過ぎませんかね、宮本さん。そりゃサイコは手が早い上に敬意なんてのは持ち合わせちゃいない。とはいえ状況を碌に知りもせず、突然に介入してきたあんたってのも少しばっか無礼じゃあないですか?」
「無礼だと? 心配が故だ! 見やるに貴様等、見たままでいえば不良のような外観じゃあないか! 君も強面だがこのサイコとかいうのも凡そ真面目とは程遠い! そんな人種と関わりのなかったアキラが何故か夜の歓楽街で席を共にしているんだぞ、肉親からして当然に心配だろうが!」
虎徹先輩は姉の台詞に若干の怒りを抱いたのか眼光が鋭くなる。
姉の台詞というのは理由としては頷けるだろう。
つまりは僕に対する心配が故の介入であり、確かに僕の友人関係の内でサイコや虎徹先輩のような外観をした人との関わりなんてものはなかった。
今までの僕は夜に出歩くことはなかったし、そんな僕が夜に見慣れない人物達とファストフード店で言葉を交わしていれば嫌な予感が過るものなのかもしれない。
ただ僕は、そんな姉の優しさを感じても、どうにも頷き難く、また、胸の内には不快感があった。それをシンプルな言葉にすれば、怒りだった。
「お姉ちゃん。手段等はまた別にしても、僕を心配してくれたのは嬉しいよ、ありがとう」
「むお!? やはりアキラは分かってくれるじゃあないか! そうともそうとも、私はお前を第一に――」
「けれどね、二人に対する侮蔑というのは……受け入れ難いよ」
僕は未だに姉の手の内にある。彼女に襟首を掴まれて宙吊りのままだ。
そんな体勢であっても僕は姉を見据え、はっきりとした口調でそう紡いだ。
「……今、なんていったかね、アキラ?」
「受け入れ難いっていったんだよ、お姉ちゃん。そりゃあ心配だろうさ。僕ってのはきっと、傍から見ても不安な、それこそ〈女児男子〉と蔑まれる程には頼りない風に映ると思うよ」
僕は姉の手の内から脱出し、地に足がつくと姉の前に立つ。
見上げる形のまま、背にはサイコと虎徹先輩の存在を感じながらに、見下ろしてくる姉と見つめ合う。
「それでもね、僕は僕の意思でここにいるんだ。いつも通っていたセッションバーとは違う環境でギターを弾いて、サイコや虎徹先輩と仲良くなれたんだ」
自然と手の内には汗がある。背にも汗が浮いている。
僕は今まで姉の意見に本当の意味で反抗をしたことがない。
無理難題には文句を零しつつも、それでも姉の与えた試練だからと受け入れてそれをこなしてきた。
それ程に僕は姉を尊敬しているし、やはり憧れの人物というのは如何に肉親であっても、その存在感はもしかしたら特別に等しいのかもしれない。
「サイコはね、見た目は確かにギャルっぽいし、虎徹先輩も大柄で少し近寄り難い雰囲気があるかもしれない。けどね、サイコって凄く優しいんだよ。いつだって僕を真正面から見てくれる。虎徹先輩だって、今夜初めて会ったっていうのに、僕をどこまでも理解しようとしてくれるくらい、その心根は、安心して言葉を交わせる程に穏やかなんだよ」
そんな姉に、きっと、僕は生まれて初めて意見をしている。
姉の心配の気持ちは分かる。
本当に親しい間柄にある人種なのかと疑う気持ちも分かる。
だが僕にとって、最早二人は遠い存在でもなければ近寄り難いような関係値でもない。
出会って僅かだとしても、既に僕も、そしてサイコも虎徹先輩も、間違いなく僕達は分かり合えた関係だと思っている。
「見たままに判断をして、話を聞こうとせず、初っ端から拒絶の意思で踏み入ってきたお姉ちゃんが、どうして僕よりも二人のことを語れるっていうのさ!」
必死の形相で姉を睨んだ。
彼女は驚きの表情になるが、僕は構わずに一歩を踏み出す。
「端から何もかも決めつけて文句をいわないでよ! 僕の友達を……僕のバンドメンバーを! 悪くいわないで!」
はっきりと僕はそう言い切る。
その言葉に背後で二人が動く気配がして、僕はつい、不安になって振り向いてしまう。
だが、そんな僕の背と頭にそれぞれの熱がやってきて、虎徹先輩は僕の背を撫で、サイコは僕の頭を撫でた。
「ははは、おいおい……こうも熱烈に宣言されちゃあ、否定の言葉もねえよなぁ、サイコ?」
「いっひっひ……やぁっぱおもれえな、アキラぁ。否定なんざ誰がするかよ、こちとらぁテツコを紹介する程にアキラに惚れてんのによぉ?」
「あ、いや、その! そうだ! 改めて、その! サイコも、虎徹先輩も! 僕とバンド! 組んでくれませんか!」
そんな風に僕がいうと、二人は一寸ばかり呆けた顔になり、抱腹する勢いで笑うと、二人して僕の頭を豪快に撫でてきた。
「あーっはっはっは! な、やっぱ最高だろう、アキラは? こいつの先走る程の熱量、おもれーだろう、テツコ?」
「はははっ……順序が滅茶苦茶だぜ、アキラ! お前最高だわ、おもしれえ、あははは!」
「そ、そんなに笑わなくてもいいでしょ、二人とも! 僕だって必死なんだから!」
俯き加減で僕はいうけれども、碌に抵抗もせずに文句をいうくらいしかできなかった。
だって、もし今、顔を上げたらバレてしまう。
瞳に浮いている涙だとか、真っ赤に染まった顔が二人に見られてしまう。
それは大袈裟なものかもしれない。
けれども、僕にとって二人を友達と呼び、バンドメンバーと呼んだことは、勇気を振り絞る程の決心だった。
だから二人が当然のように頷いたことがとても嬉しくて、受け入れてくれた事実と、ようやっと僕にもバンドメンバーが出来た事実に感無量だった。
「アキラが……怒った……」
「へ?」
「アキラが怒ったぁああああああ!」
「へぇええ!?」
そんな最中のことだった。
散々なまでに騒いでいた姉はというと、先までの様子とは打って変わり、まるで人でも違えたかのように静かだった。
そんなままで暫く虚無の顔をしていたかと思うと、静かに一言を呟くと同時――それはもう大袈裟な大泣きを始めた。
「アキラが、私の可愛い弟が! 私に怒った! 怒鳴ったぁ! 反抗までしたぁあああ!」
「いや、ちょ、お姉ちゃん!? 別に僕、そんなに怒って――」
「でもでも反抗したぁ! しかも睨んだし怒鳴ったぁ! お姉ちゃんに対して! あの可愛い可愛いアキラが! うわあああああん!」
「な、なんだぁこのスケ……大騒ぎしたかと思えば今度は号泣だぁ? ガキかよ!」
「いやしかし、大丈夫かこれ……みるみる人が集まってきてねえか……?」
窓辺の席から外の様子を伺うと、騒動を聞きつけた野次馬が垣根を作り、店内は店内で状況を見ている人々がいる。
これは中々に笑えない状況じゃないかと虎徹先輩は呟くけれども、僕といえば「いや、そうでもないだろうな」と内心では確信めいたものがある。
それというのも彼女の呼名は〈モンスター〉……世を騒がせる破天荒極まる我が姉の滅茶苦茶ぶりというのは、実のところ、世間では広く知られている。
何せ性格がこんな人物なので騒ぎは頻繁に起こすし、今回の騒動だって理由が〈弟の友人と掴み合いの喧嘩〉だったら問題だけども、肉親に怒られて号泣した程度ならば、きっと世間の反応も――
「あれ宮本ミヅキじゃね? なんで泣いてんの?」
「なんか弟? らしき人物に怒られて、んで泣いてるっぽい」
「ああ、いつも通りじゃん。先日の
「んだんだ。先月の食べ歩き珍道中事件なんて散財が云々で散々叩かれてたしな」
「そりゃね。おまけにたこ焼きの食べ歩きでライブに一時間遅刻だもん。呆れしかねーわな」
「ミヅキちゃんだー! ほら見て、泣いてる! なんかいつも泣いてない?」
「ああ、ライブじゃしょっちゅうね、感情のふれ幅ぶっ壊れてんよねぇ……」
「まあいい意味で人間っぽいというか、それが行き過ぎて〈モンスター〉っぽいというかな」
「おーい、大将が泣いてるぞ。よく分かんねーけど深酒でもしてんじゃねえの?」
大方予想通りで、店内から聞こえる話し声や、外で呆れた風に様子を見ている人々も、姉の奇行の様々を知るが故に大した心配もせず「なんだ、いつもの宮本ミヅキ劇場か」と慣れた反応だった。
どうにか血生臭い噂にはならずに済みそうだと胸を撫で下ろす僕だが、そんな周囲の様子や僕の安堵を無視して姉は突然に立ち上がる。
「貴様等、顔は覚えたからなぁ! アキラに悪影響を与えやがって! 例えアキラが認めても私は認めん、絶対に認めんぞ! ぐぬぁあああああ!」
「あ、ちょっとお姉ちゃん!」
号泣しながらに店内から飛び出した我が姉といえば、どこに向かうのかも分からないが夜の景色を駆け抜けていった。
ある程度満足したら家に帰ってくるか友人の家にでも足を運ぶだろう。
あれで帰巣本能はしっかりしているし、己の安息地帯は多く持っていたりもする。
「あんたの姉貴、やっぱぶっ飛んでるねぇ、アキラ……何だかそのしっかりした性格の理由が伺い知れたわ」
「サイコ、そういった同情が一番精神にくるんだよ」
「まるで嵐みてーな人だったなぁ……アキラがこうも謙虚だったり控え目なのも、そりゃ姉があれじゃな、ある意味は反面教師か」
「冷静に分析しないでください、虎徹先輩」
大きく溜息を漏らし、騒動の収束に――しているかは不明だが――安堵と共にどっと疲れが押し寄せてくる。
「何にせよ……バンド結成だねぃ、アキラぁ?」
「楽しくなるぜ、それも最高にな」
二人の優しい顔と、その瞳の奥に宿る熱を見て、僕は強く頷き、二人の手を握り締める。
それは僕が何よりも望んだ熱で、そして握り締めて実感する程に、二人の手から確かな熱を感じて、僕は潤む瞳で強く瞬くと涙を掻き消し、震える声で「うん」と返した。
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