第3話 少女との出逢い
「寒い……」
俺が意識を取り戻したとき、俺は冷たい土の上にうつ伏せになっていた。長時間そのままだったのだろう。俺の体はすっかり冷え切っていて指一本動かすのも一苦労な状態だった。
「とにかくここから出ないと。このままじゃ風邪をひくだけじゃすまなくなるぞ」
もし俺がこのまま馬鹿みたいに突っ伏したままなら確実に低体温症というのに陥るだろう。今は少しでも早く温まって体温を上げる必要がある。
俺はもぞもぞと辛うじて動く肩と二の腕を動かしこの場から離れようとしていた時、突然何かが遠くで動いた気配を感じた。
「取り敢えず確かめてみよう。もし魔獣の死骸だとしたら放っておけないし」
そんな台詞が遠くでうっすらと聞こえた。
魔獣? 一体何の話だ?。
俺は様子を窺うべく更に耳を澄ました。
しかし、どういう訳か今度は相手の物音が全く聞き取れなくなってしまった。
「……!! こ、こいつはっ!?」
俺が聞こえなくなった音の在処を探っていた時、いきなり近くで大声を出され驚いた俺は身を固くし次なる攻撃に備えた。
「……、?」
しかし暫く待っていたが何も起こらず静かに目を開けるとそいつは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
不思議に思ったが俺はこのチャンスを逃すまいといそいそと体を動かし何とか立ち上がることに成功した。
「ふう、死ぬかと思った……」
俺はそう言うと体中に付いた泥をはたき落とした。これで少しはマシになるだろう。いつまでも泥だらけでは格好が付かないからな。
俺がひとしきり体の泥を取った後、視線を目の前の人物に戻すとそいつは未だ俺に刃物を向けたまま震えていた。
よく見るとそいつはどうやら女の子のようで小柄な体型をしていた。年齢は10代半ばといったところだろう。ナイフを手に持っているがその手は男にしてはほっそりし過ぎているし体毛も薄い。確かに女の子なのだが……。
どういうわけかその子には猫の様な耳と尻尾が生えていた。
「なあ、その耳と尻尾……。いや、ここがどこか知らないか? 俺はどうやら川に流されてしまったみたいで遠くまで来てしまったみたいなんだ。よかったらこの場所を教えてくれ」
俺は目の前の女の子を刺激しないように努めて冷静に聞いてみた。何せ相手は凶器を持った奴だ。下手なことを言ったら即あの世逝きになっても不思議じゃない。
「あの~。聞こえてます? Excuse me?」
俺がそう訪ねても依然彼女は固まったままだった。口を半開きにしたままこちらを凝視し続けている。
「えっと……取り敢えず落ち着きましょう。ナイフなんて危ないですよ。そんなもの捨ててお話しませんか? この通り僕は武器なんて持っていない普通の人間です。だから安心して……」
「ど、どうして……。どうして人間がこんな所に?」
俺がなんとか相手を冷静にさせようと拙い努力をしていた時それを遮るように彼女は俺に言った。
彼女はナイフをこちらに向けたまま恐怖に染まった目で俺を見続けている。
「何故ってさっきも言った通り川に流されてしまったんですよ。結構流れの早い川だったからそのまま溺れかけてしまって。無我夢中で泳いで気がついたらここに居て」
「嘘! 人間が暮らす一番近い街からどれだけ離れてると思ってるの? それにあの
街からここまで続いている川なんて無い。あなたが言っていることは全部出鱈目」
俺が全部正直に言っても彼女は断固として否定した。寧ろさっきよりも警戒心が強くなった気がする。その証拠に彼女の尻尾が丸太の様に膨らみ毛が逆だっていた。
やはりあれは本物なのだろうか?
「とにかく! あなたが危険だというのは変わりない。そもそも人間だという時点で信用なんて出来ない。何より……」
彼女が一旦言葉を止め、こちらをより一層睨みながらこう続けた。
「何故、人間であるあなたが私達の言葉を話せるの?」
「何故って俺は普通に話してるだけだが? それより人間人間ってさっきから何言ってるんだ? 君も人間だろう?」
俺がそう言うと彼女は顔一面を怒りに染めいきなり俺の胸ぐらを掴んできた。そのまま彼女は俺を軽く持ち上げ宙ぶらりんにさせてしまう。その細腕からは想像もできないほどの馬鹿力だった。
「私が、この獣人の私が人間だって? 巫山戯るのもいい加減にして! お前たち人間と一緒にするな!」
彼女の怒りは相当なものでその気迫だけで殺されそうなほどだ。俺はただ大人しく彼女の腕でぶら下がることしか出来なかった。
確かに彼女は人間ではないのかもしれない。普通こんなひょろりとした腕では大の男を片手で持ち上げる芸当なんて不可能だ。
「わ、分かった、俺が悪かったよ。だから降ろしてくれ。このままじゃ吐いてしまいそうだ」
「フーッ! フーッ!」
俺の誠意が伝わったのか彼女は息を荒げながらも俺を離してくれた。
しかしこんなにも人間という言葉に怒るとは……、まさか本当に彼女は人間ではないのか?。
俺は地面に打ち付けた腰を擦りつつ彼女を見つめながらそう思案した。
「あなたが何故私達の言葉を話せるのか。何故こんなところに居たのか。私にはあなたが嘘を言っているのかどうか判断がつかない。だからこれから一緒に私の村に来てもらうわ」
村があるのか、取り敢えず助かったと思って良さそうだ。思いっきり警戒されているけど。
恐らくその村には彼女と同じ様な容姿の人間、じゃなかった獣人とやらが大勢いるのだろう。きっと俺は村に入るなりさっきと同じ様な目に遭うに違いない。大勢の武器を持った獣耳持ちに囲まれて……もうナイフも宙吊りも沢山だ。
「ところであなたの名前は? 私の名前はククル。姓はない」
と、俺が来るであろう恐ろしい未来に身震いしている時唐突にその少女は名乗った。
名乗られたからにはこちらも名乗らないといけない。俺は自分の名前を言おうとしてそのまま固まった。
「どうしたの? こっちが名前を教えたんだからあなたも自分の名前を言いなさいよ。何? やっぱり獣人なんかに名前を教えたくないって?」
「いや違うんだ。そうじゃない。ただ……」
俺は必死に自分の名前を思い出そうとするが一向に出てこない。その事実に呆然としながら彼女にこう言った。
「俺は……誰だ?」
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