猫夜亭の小さな常連さん

睡蓮麗雛

小さな常連さん編

夕暮れのはじめまして

 カァーカァーと外で鴉が鳴いている。

 その声が聞こえるくらい私は暇だった。

 私の名前は古屋時雨ふるや しぐれ、静かな場所と本が好きな高校3年生だ。

 こう見えて今私は、バイト中だ。

 ここは古本屋『猫夜亭ねこよてい』、お客さんはたまにしか来ない暇なことが多いお店だ。

 バイトの求人説明にお客さんが居ない時は店の本を自由に読んでいいと書いてあり即決だった。

 でも……まさかここまでお客さんが来ないとは……。

 バイトを始めておよそ1ヶ月。

 今のところ私が接客したお客さんは9人。

 少なすぎる……。

 私はあの有名な魔法物の初版をこの店のレジで読んでいるが、今、謎のプリンスを読み終えた所だ。

 これじゃあお金をもらって好きな本を読ませてもらってるだけだ。

 こんな楽なバイトあっていいのか? と思う。

 ふと時計を見ると17時55分。

 閉店時間が近づいていた。

 閉店準備をしないと。

 外に出してる安売り本と店ののぼりを片付けようと外に出た。

 外に出て安売り本の棚の方を見ると本棚の前にリュックサックを背負った青い髪の女の子が蹲っていた。

 女の子は肩を震わせ「グスッ……ひっく……」と言っている。

 もしかして……泣いてる!?

 私は焦り気味に女の子に声をかけた。

 「ど……どうしたの? こんな遅い時間に……ひとりじゃ危ないよ」

 「グスッ……パパとママと……喧嘩しちゃって……家出しちゃったの……」

 女の子は顔を伏せたまま話す。

 「……とりあえず中で話そっか……」

 私は女の子に手を差しのべる。

 こんな遅い時間に女の子を外に置いたままは心配だ。

 「うん……」と女の子は私の手をとる。

 「えっと……名前は?」

 女の子は私に顔をむけ答える。

 「神楽坂かぐらざか……沙蘭しゃら……」

 女の子……いや、沙蘭ちゃんは眼鏡越しの目に涙を浮かべながら私を見つめていた。



 *


 

 レジの後ろ、梟の描かれたのれん。

 そのむこうに休憩室兼、茶の間がある。

 沙蘭ちゃんは涙ぐみながらちゃぶ台の前に正座する。

 もし、迷子の子供がやって来たらここに通すように言われていた。

 さすがに迷子の子がここに来るわけがないだろうと思っていたが本当に来るとは……。

 「大丈夫? これ飲んで、少しは元気になるかもだから」

 私は沙蘭ちゃんにオレンジジュースを差し出す。

 「グスッ……ありがと……」

 沙蘭ちゃんはオレンジジュースを一気飲みした。

 「ぷふぅ……おいしい……」

 よかった……少し涙がひいたみたいだ。

 「沙蘭ちゃん、おうちの電話番号ってわかるかな?」

 私は沙蘭ちゃんに問いかけた。

 「……電話番号はわからないけど電話ならあるよ……」

 沙蘭ちゃんはポケットから子供用携帯(ガラケータイプ)を出した。

 「おお! ならすぐに連絡できるね」

 「うん……でもどこを押せばいいかわからないの」

 「え?」

 沙蘭ちゃんの子供用携帯には受話器マークのいかにもなボタンがついている。

 なんでわからないんだろう……。

 「沙蘭ちゃん……ここのボタンを押せばいいと思うよ」

 私はそのボタンを指差す。

 「ボタン? ここかな? でここを引っ張って……」

 「ちょっ!?」

 沙蘭ちゃんはボタンを押した後、なぜか防犯ブザーを鳴らした。

 「なんで鳴らすのぉ!? ていうか電話繋がってるし!」

 「繋がってる!? …………やっぱり話したくない……」

 そういえば喧嘩したって言ってたな。

 事情を聞きたい……けど

 「沙蘭ちゃん……一回ブザー止めるね」

 「……うん」

 私はブザーを止め、沙蘭ちゃんから離れた所で親御さんに事情を話した。

 沙蘭ちゃんの両親から事情を聞き、この店の住所を伝えた。

 (喧嘩の原因は……幼い女の子にはよくあるかんじだね)

 

 

 *


 改めて沙蘭ちゃんに事情を聞こう。

 両方の意見を聞くのも大切だよね。

 「沙蘭ちゃん、お父さんとお母さんもう少しで来るって」

 「うん……」

 沙蘭ちゃんの表情が曇る。

 やっぱり今は会いたくないよね。

 「沙蘭ちゃん、なんで家出したのかな?」

 私は沙蘭ちゃんの横に座り沙蘭ちゃんの方に顔をむけ聞く。

 沙蘭ちゃんはうつむいたまま、だんまりしている。

 もしかして話したくないのかな?

 「あ、えっと……嫌なら無理に……

 「ミッシェルが……」

 私の言葉を遮り沙蘭ちゃんが話し出した。

 「くまのミッシェルのお耳が破れちゃって……」

 「くまのミッシェル?」

 「うん、この子……」

 沙蘭ちゃんはリュックサックから耳の破れたくまのぬいぐるみを出した。

 「それでね。パパとママに見せたの……そしたらグスッ……パパが……新しいの買うって……グスッ……私は! 新しいのなんて欲しくないのに……ずっとミッシェルといたいのに……なんで……」

 沙蘭ちゃんは話しながら泣き出してしまった。

 どうやら親御さんの言っていることと、沙蘭ちゃんの言っていることは一致していた。

 電話には母親が出たが、父親に説教をしている真っ最中だったらしい。

 これは父親が悪いわ……。

 「なるほどね……。沙蘭ちゃん、ちょっとミッシェルくん……

 「ミッシェルは女の子」

 「ああ……ミッシェルちゃんかしてくれるかな?」

 「え?」

 「私、直せるかも」

 「本当!?」

 沙蘭ちゃんは目を輝かせ私を見つめる。

 表情が眩しい……これが子供の純粋な瞳なのね。

 「うん、私裁縫できるからさ、ちょっと裁縫セット取ってくるね」

 私は得意気に答えた。

 私は基本教科は平々凡々だが、家庭・美術・技術はものすごく得意なのだ。

 その中でも家庭、裁縫・手芸はものすごーく得意なのだ!

 私は裁縫セットを机の上におく。

 「それじゃあミッシェルちゃんの手術オペを始めるね」

 「手術!? お姉さんもできるの!?」

 「お姉さんも?」

 「うん! パパも手術得意だから!」

 「そうなんだ……私はぬいぐるみ限定だけどね……あはは……」

 私は少し苦笑いをしながらミッシェルちゃんの手術オペを始めた。

 父親が手術得意……もしかして沙蘭ちゃんの家って医療系? 神楽坂……。

 もしかして沙蘭ちゃんの家ってけっこうお金持ちなんじゃ!?

 「あ痛っ!」

 「お姉さん! 大丈夫?」

 「大丈夫! これくらいかすり傷だから」

 考えすぎてつい指に針を刺しちゃった……。

 集中集中……。

 横から沙蘭ちゃんにガン見されて少し緊張するけど……。

 私は慎重に針を進めた。

 ミッシェルちゃんの傷がふさがっていくごとに、沙蘭ちゃんの表情が不安から期待に変わっていく。

 少し気分がいい。

 そして私は無事に手術オペを終わらせた。

 「術式完了」

 かっこをつけて言ってみた。

 一度言ってみたかったんだよな……。

 「お姉さんすごーい!」

 「あ、待って」

 沙蘭ちゃんがすぐにミッシェルちゃんを取ろうとしたのを私は制止した。

 「最後に針が残ってないか確認するからね」

 私はミッシェルちゃんを隅々まで確認し、改めて沙蘭ちゃんにミッシェルちゃんを渡した。

 「大丈夫! はい、どうぞ」

 「ミッシェル、直ってよかった! ありがとうお姉さん!」

 沙蘭ちゃんはミッシェルちゃんをギュッと強く抱き締めながらペコリとおじぎをした。

 沙蘭ちゃんは嬉しそうにミッシェルちゃんを見つめる。

 ……親御さんはまだ来ないな……そうだ。

 「沙蘭ちゃん、ちょっと待ってて」

 私は立ち上がり、休憩室を出て店の本棚を漁る。

 確かあの絵本は……あった!

 私は1冊の絵本を手に取り沙蘭ちゃんの元に戻った。

 「まだお父さんお母さん来ないみたいだから、絵本読んで待ってようか」

 私は沙蘭ちゃんの横に座り、絵本の表紙を見せながら言う。

 私が持ってきた絵本は『ぬいぐるみのお医者さん』という絵本。

 まさにこの状況にぴったりの絵本だと思う。

 それに沙蘭ちゃんは見たところ幼い、絵本が好きな年頃の筈……。

 沙蘭ちゃんの反応はというと。

 「ぬいぐるみのお医者さん! お姉さんと同じ! 読んで! 読んで!」

 目をキラキラさせ、興味津々だ。

 どうやら読み聞かせをご所望らしい。

 「わかった。それじゃ……「えへへ、しつれーします!!」

 沙蘭ちゃんは私の膝の前にちょこんと座った。

 突然の行動だったため、少しだけドキッとした。

 でもこれも無邪気というやつなんだろう。

 「それじゃあ読むよ」

 「うん!」

 沙蘭ちゃんの前に絵本を出して、私は読み聞かせを始めた。

 私は優しい声色で語りかけるよう、キャラのセリフは演じつつ、かわいく読み聞かせた。

 「お姉さんの声……なんかほわほわする……」

 と沙蘭ちゃんも安心して聞いていた。

 そして本を読み終えるときには、沙蘭ちゃんは寝息をたてていた。

 安心したのか、もしくは疲れたのか気持ち良さそうな表情で眠っている。

 「zzz……ミッシェルぅ……お薬飲もうねぇ……むにゃむにゃ……」

 絵本の内容と同じ夢を見てるのかな?

 なんか見てるだけで微笑ましくなってしまう。

 それから少しして、沙蘭ちゃんの両親がやってきた。

 お父さんもお母さんもとても綺麗な人だった。

 2人はお礼と謝罪をした後、沙蘭ちゃんを起こさないように車に乗せ、帰って行った。

 ……車、外車だったな……………。



 *


 そんな事があり次の日、私はいつものようにバイトに向かっていた。

 昨日は家出した沙蘭ちゃん事件があったが、事件も過ぎれば、またいつも通り本を読んでたまに接客するだけのバイトが始まるのだ。

 でも昨日みたいなのもたまには悪くないな。

 ちょっとしたトラブルも日常のスパイス、また昨日みたいな事がたまにあればいいなー、と思いながら歩く。

 道の角を曲がり、猫夜亭へまっすぐ続く道へ行くと見たことのある姿があった。

 眼鏡をし、青い髪に紺色のランドセル、胸に名札をつけている。

 いかにも学校帰りの寄り道という格好。

 名札に書かれているのは、虹の雨小学校、2ねん、2くみ、かぐらざか しゃらと書かれていた。

 まさか……昨日の!?

 ふと沙蘭ちゃんと目があった。

 私を見つけて沙蘭ちゃんの表情がパァァと明るくなる。

 「お姉さん!」

 沙蘭ちゃんが私の所へ駆けてきた。

 そして私の前に止まると両手を後ろに組み、もじもじと横に揺れる仕草がかわいい。

 「えへへ、遊びに来ちゃいました!」

 この日から私のバイト先、猫夜亭に小さな常連さんがやってくるようになったのである。

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