第33話 霊障の原因は生霊の仕業らしい
サングラスに真っ黒なスーツを着込んだ屈強な男性二人が、気絶している美織の元カレであり依頼人であり、この部屋の借主である人物をアパートから運び出していく。その光景を美織とヒコは黙ったまま廊下の端で小さくなって見守っていた。
別室に運んだ元カレを見せると——寝室で、ヒコはちゃんとベッドに寝かせ偽装していた——トワコ霊媒師は、「頭を打ったのなら知り合いの病院に連れて行きましょう。うまくやってくれます」と、どこかに連絡し、その後、数分の内に男たちがやって来ると手際よく事を進める。
「あとはよろしく」
「姐さん、お任せ下せえ」
威勢よく返事する男たち。笑顔で見送るトワコ霊媒師。
そうして元カレの回収が無事終わり。
「ではわたくしたちは、あちらでお話しましょうか」
美織とヒコは、笑顔の圧に黙らされるかたちでダイニングに大人しく移動する。
テーブルの上には服やゴミが雑多に積んであったのだが、トワコ霊媒師は躊躇なく傾けると上の物を盛大に落とした。そして何事もなかったかのように笑顔で椅子に腰かける。椅子は四脚あったので、美織とヒコは霊媒師の向かいに横並びで浅く座った。
独特の緊張感が流れる。
(この感じって……)
美織は小学生の時、授業で騒ぎすぎて先生に怒られた時を思い出していた。トワコ霊媒師は肘を付きニコニコと自分たちを微笑ましいものでも見るように眺めてくる。でも圧が怖い。横目でヒコを見やると、緊張とは無縁そうな性格ながら、彼も思うところがあるらしく背筋はピンと伸び横顔はこわばっていた。
「では、あなた方の名前をお聞きしましょうか」
尋問が始まった。美織はあのにっこりした弓型の目を見ていると緊張で吐きそうになるので、視線を下げ、息を潜める。二人とも黙っていると、「お名前は?」とトワコ霊媒師がまた言った。
「ひー……」と震える声で口を開いたのはヒコだ。
「ひろしです」
「みさえです」
美織もすかさず言ったのだが。
「嘘は言わないでね」
笑顔だ。
「……すみませでした」
二人で頭を下げる。
ややあってから、ヒコが「
「……友人ではないですね」
と認めている。霊媒師の鋭い視線を感じたので美織は「以前付き合ってて」と答えそうになったのだが、その前にヒコが「俺たちも同業者です!」と前のめりになって言う。
「同業者? あら、わたくしと?」
「そうです、神原相談所から来たんです、霊障解決専門のお仕事!」
トワコ霊媒師は、かんばら、と口の中で転がすように言うと、ふくよかな頬をふるんっと揺らして目を見開く。
「まあっ、もしかして雅也くんの甥御さん?」
「あ、おじちゃん知ってるの? そうです、俺、甥っ子のヒコくんです」
美織はまだ緊張していたのだが、ヒコはすっかりリラックスしたのか、えへへと笑顔になっているし、トワコ霊媒師も「あらあらまあまあ」とニッコニコだ。
「雅也くんの甥御さんなら話が早いわ。でもどうして依頼人が頭を打って気を失うような事態に? この部屋に出入りしている霊は直接的な攻撃には出ていないようだけど」
不思議そうに首を傾げている。するとヒコが、「ゴミで滑ってこけたんですよー。びっくりぃ」とやや上ずった声で言う。美織は、この人、どこまで把握してるんだろ、と霊媒師をじっとうかがった。
美織たちが依頼人に扮した偽物だと、すぐに見抜かれた。サイコメトリーってやつだろうか。物に残る思念を読み取れるらしい。周囲が認める霊媒師(ただし美織は懐疑的)の雅也叔父と知り合いの様子なのも、本物の証明になるかもしれない。
となると、本来の依頼、ポルターガイストの原因を、トワコ霊媒師はすでにわかったのだろうか。「ここに出入りしている霊」と言っていたけれど。
美織の視線に気づいたのか、トワコ霊媒師が、ひた、と美織と目を合わす。思わずそらしてしまったが、失礼だった、とおずおず視線を戻すと、相手はニッコリと笑顔を返してくる。
「わたくし、原因がわかりましてよ」
心中を見透かされた気がして、どきりとする美織。隣にいるヒコが「ポルタの原因ですか」とおっとりたずねている。彼女の視線がヒコに移り、美織はほっと息を吐いていた。
「ええ。気絶の原因はあなた方のほうが詳しいでしょうけどね」
笑顔。
ヒコの頬が引きつるのを横目で見た美織は、軽く励ますように小突いてやる。
「ポルターガイストの原因は生霊ですわ」
断言するトワコ霊媒師。美織は首をすくめて周囲に視線を走らせる。すると「今はおりませんわ」と言われてしまった。
「依頼人のあの男性。女性の恨みを多くかっているようですわね。女の念を強く感じますの」
「やっぱりー」とヒコ。「クズ野郎ですもん。ねぇ、オリリーン」
「……まあそうなのかも」
「かもじゃなくて、完全にそうだって。ひっどいくそ馬鹿野郎!」
ぷんっとするヒコ。それを微笑ましいものでも見るように眺めているトワコ霊媒師。しかしあの笑みは何か裏がありそうだ、と美織は警戒するのだが、ヒコは全然気にしていない。勢いづいて「ねーねー、自業自得なんだから、このままほっときましょうよぅ」とトワコ霊媒師に同意を求めている。
「それだとお仕事になりませんわ」
「でも今回は怨念が強すぎて無理だったってことにすればいいじゃん」
「却下ですわ。無能呼ばわりされるのは嫌ですもの」
にっこり。
これは引きそうにない。
「うー」と悔し気に足を踏み鳴らすヒコ。
瞬時にいろいろ考えたらしく、「だ、だったら、しっかり説明して、今後は女性に優しくするって誓わせてからお祓いしましょ、ね?」とねだる。
「それはいいかもしれませんわね。今回無事に祓っても、同じ真似をすればまた恨みをかうでしょうからね」
まあそうなっても、わたくしにまたお声がけくださるなら、仕事になっていいのですけど、とトワコ霊媒師は、オホホと笑っている。
「えーっ、それならうちの護符を毎回高値で売りつける方法も……ね?」
「何こっち見てきてんのよ」
ヒコの頬を押して前を向かせる美織。と、笑顔のトワコ霊媒師とまた目が合い、気まずくなって視線を下げる。あの笑顔、やっぱ何か裏がありそう。腹の底が見えない人だ。
「けれども坊や。今回、事はそう簡単じゃありませんのよ」
トワコ霊媒師は眉を下げて首を振る。
「えーっ、なんで? あっ、あの野郎が気絶してるから? お代、踏み倒されちゃうのかな、搾り取りたいのにぃ」
あるいは、と美織は考える。トワコ霊媒師と仕事の取り合いになる?
でもその懸念は違うようだ。
トワコ霊媒師は「霊でなく生霊の仕業ですから」と頬に手を当て小首を傾げる。
「生霊の念を祓うと、倍になって宿主に跳ね返ることがあるんですの。そうなると生霊の本体にどれだけの影響が出るのか。それが心配ですのよ」
トワコ霊媒師によると、原因不明の体調不良に悩まされ、最悪、日常生活が送れなくなる可能性があるとか。しかも生霊は無意識に出している場合もあるため、「気の毒でしょう?」とのこと。
「あの男性の振る舞いが原因で、生霊を出すほどの恨みを募らせたのなら、跳ね返すのもねえ、と思いまして」
「おー、納得。やっぱりこのまま放置しよ。あのクズ、永遠に悩んでたらいいじゃん」
ヒコは駄々をこねるように口を尖らせる。
美織にも「ねー、そうじゃんねー」と同意を求めてくる。
「でも」と美織はトワコ霊媒師を見やる。「私たちが無視しても、他の霊媒師に当たるだけじゃないでしょうか?」
今回だって焦っていたのか二か所同時に依頼しているのだから、事情を説明したとしても、解決するまで手あたり次第に依頼しまくるだろう。
美織の意見にトワコ霊媒師も「そうなるでしょうね」とうなずく。
ヒコは「えー!」とジタバタ。すると、トワコ霊媒師はウフフと笑みを広げ、たっぷんと揺れそうな大きな身を乗り出すと、すっと真顔になる。
「それに、わたくしも仕事ができないと思われるのは癪ですから、きっちり解決してさしあげたい。でも」
と笑顔になって姿勢を戻す。美織とヒコは圧で正筋がピンと伸びた。
「今回の生霊、複数体の集合体なんですの。ほとんどが女性なのですが、一体だけ、強烈な男性の生霊がいましてね。凄まじい怨念を飛ばしていて、彼が主体霊なんです。わたくし、その男性に跳ね返りの被害が集中しないよう、この件は穏便に済ませたいと思うのですよ」
男性?
美織とヒコが似たような角度で首を傾げると、あらっと吹き出すトワコ霊媒師。
「ごめんあそばせ。小鳥さんのように可愛らしくて。それがまあこれだけ」
と両手を広げて周囲を示す。
「強い怨念を放つなんて人の情は奥深い事ですこと。さすが雅也くんの甥御さんといったところかしら?」
美織とヒコは顔を見合わせる。美織はヒコを、ヒコは自分を指差した。
「生霊の男性って……俺?」
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