4章 現場:旅館
第18話 焼肉食べてたら黒電話が鳴った
二階の物置部屋からカセットコンロと焼肉プレートを発掘したヒコの提案で、この日の夕食は裏庭で焼肉しよう、ということになった。
そうして肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってくると、あまり乗り気じゃなかった美織も、居間から出てきて箸を片手に張り切り出す。
「変なコンロじゃなくて良かったー。普通にやけるんだね」
美織が言うと、肉をひっくり返していたヒコが目を丸くする。
「爆発すると思ったの?」
「だってこの家の物置にあったんだよ? 何が起こるかわからないじゃん。ってか、何を焼いてたかわからない代物と言うか」
考えすぎーっと笑うヒコだが、美織はそれでも疑う。今のところ何事もなく機能しているが、陽が落ちてからが勝負かもしれない。シクシクシク……私の大切にしていたコンロを勝手に使ったわね、憑りついてやる……んなわけないか!
二人が食べているのはタヌキの肉——ではない。
コンビニ騒動から半月程経過している。
あのタヌキは近くの森に昔から住んでいる妖怪タヌキだったのだが、妖怪と言っても使える妖術は変化の術、それも柿の葉っぱを頭に乗せてポンポコリンすると透明になれるというもの。他にも体のサイズを子猫から郵便ポストサイズまで変化させられるが、せいぜいそれくらいなのだとか。
「おいら、術がへたっぴなんだ」とのことで、仲間の中には、人間に化けたり茶釜に化けたりする強者もいるそうだ。
ともかく人に化けることはできない、このタヌキ。人間社会に興味があるものの、姿を消せるだけでは交流が難しい。がっかりしていたところ、例のコンビニがセルフレジを導入したため、ラッキー、と夜な夜な通い詰めるようになったんだとか。
いやいやセルフレジだとしても見えない客はダメだろ、と思うのは人間の考えらしい。このタヌキからすると、しっかり金も払っているのだから、まさか迷惑をかけているとは思いもしなかったそう。
「やけにじっと見てくるときは恥ずかしくなって買うのをやめてたんだけどよ。なーんだ、そんなにおいらのことを怖がってたのか。……って、まさかお前ら」
ぶるぶる震えだすので、美織がどうしたのかとたずねると、タヌキは罰を恐れているのだとか。どうやら人間を怒らせると、生きたまま火に焼かれたあと火傷にカラシを塗りこまれ、最後は海に放り込まれて溺死させられる、と妖怪タヌキ界隈では信じられているそうだ。
「長老様がそう言ってたんだ。おいら、もしかしてタヌキ汁になるのか?」
そうだよ、とヒコが低い声で答えるものだからタヌキは「おたすけーっ」と泡噴いて失神。美織が「ヒコッ!」とキレる修羅場な夜になったわけだが。
結局、コンビニの店長は「正体がタヌキさんならこれまで通りいらしてください」とのことで依頼は解決。バイトにも「見えないがアレはタヌキ妖怪」とヒコが描いたイラストを添えて——美織より絵が上手かった——伝えると「オバケじゃないなら」と一名だけだが、夜のシフトに戻ってきてくれたらしい。
それでも店長は週の半分は夜もレジに立っているそうだ。そしてその時はタヌキも透明になるのをやめ、姿を見せているという。そして念願のホットスナックを購入し、大喜びしている、とかなんとか。
「あのタヌちゃん、また遊びに来ないかなあ。尻尾なんてフサフサでさあ、かっわいかったよねえ」
美織は肉をサラダ菜で巻き、むしゃむしゃ食べる。
ヒコは黙々と焼く係に徹していた。
「オリリンはそう言うけど、あのタヌキ、ノミダニ寄生虫がいると思うな。家にあげたのは失敗だったよ」
「またヒコはそういうことを言う。野生とは違うんだよ、あれは妖怪。毛並みも綺麗だったじゃん」
「ぜんぜん。臭くて汚いタヌキだったよ」
「ヒコっていつから動物嫌いになったの?」
むっとしている美織の皿に、ヒコは焼けた肉を入れ、それからやっと自分のほうにも肉を一枚取り、口に運んだ。
「俺、しゃべるタヌキなんて嫌い。あれなら無口なタケシのほうがマシ」
「はあ⁉ あの蜘蛛のほうが良いなんてあり得ないんだけど。あんた叔父さんに似て変な趣味してんのね」
叔父の部屋で暮らす蜘蛛男タケシ。
美織からするとアレをタヌキと比べるほうがどうかしている。
二人の間で微妙な空気が流れる。黙々と焼いては食べ、焼いては食べ、していくだけの時間が過ぎていっていたのだが。
ジリリリリ。
「電話?」
不審がる美織。古風な黒電話風の音なのだが、両方ともスマホの通知音はこれとは別である。と、ヒコが「そういや、おじちゃんの部屋に固定電話があったはず」と言ってサンダルを跳ね飛ばし、「はいはーい」と掃き出し窓から中に駆けこむ。
「へー、電話なんてあったんだ」
依頼はいつもヒコのスマホか、パソコン、あるいは直接相談所に訪ねてくる依頼人ばかりだったため、初めて聞く電話の音だった。
◇
美織が「このままではヒコの食べる分がない!」と気づき、肉をセーブしつつ、やっぱり食べたいとハラミを焼いていると、ヒコが戻って来た。良い話だったのかニコニコしている。
「ヒコ、ごめん。カルビ全部食べちゃった」
「んー? ……うん、大丈夫。俺、ハラミでも」
「それも残り三枚しかない」
「オリリン、野菜も食べなきゃ」
「食べてるよ。でも肉が美味しくてさ。で、用件は? やっぱり依頼だったの?」
ヒコは「ご飯に焼き肉のたれをかけるだけでも十分おいしいよね」と目を細め、一口頬張る。美織は「ほら、この肉はあげるから」と最高の焼き加減になったハラミを二枚、ヒコの取り皿に入れてあげた。
「んで、用件は?」
「気になる?」
「何で引っ張るの。次はどんな霊障?」
「へへっ、気になる? やる気満々だね」
ヒコが嬉しそうにするので、美織は逆に不機嫌になった。
「べつに臨時で手伝ってるだけだからね。毎回付き合ってあげようとも思ってないし」
「でも今回は向こうで一泊するんだよね」
玉ねぎを取ろうとしていた美織は箸を止め、ヒコをにらむように見やる。
「泊りがけ? どこからの依頼なの。県外?」
「うん」
「あんた、私を一人この家に置いて外泊するの?」
「だからね、オリリン、一緒に行くでしょ。じゃないとタケシが夜な夜な……」
「そっちの依頼内容を教えてよ。比較して考えるからさ」
◇
水色軽自動車のトランクにボストンバッグを置くと、美織は力強くバンッとドアを閉める。それから閉じた隙間に指先を這わせ緩んでいない確認した。この前、閉めたと思ったのに半ドア状態で走っていたのだ。
「ねえ、この車で高速乗らないよね?」
美織は振りかえり、玄関の鍵を閉めているヒコに聞く。
「だねー、軽四だしやめとく」
「軽四どうこうより、年式が古いじゃん。高速走ったらタイヤ転がっていきそう」
「車検通ってるから大丈夫だと思うけど」
助手席に美織、運転席にヒコが座る。
ヒコがナビを操作するのを見やりながら、美織は座席の位置をガチャガチャ動かした。
「ヒコ、助手席、動かしてる? 毎回、前に詰まってんだけど」
「何も触ってないよ。あっ、ここからだと到着まで二時間五十分だって」
「げーっ、だるい。行くの止めようかな」
「夜な夜なタケシが……」
「行くよ、行くって。っていうか、シートの位置、何で勝手に変わるの?」
「何でって……、そういう車だからとしか言いようがないです」
「あーっ、嫌になるっ。そのカーナビも信用できるんでしょうね、山奥のトンネルに案内したら取り外してやるんだからっ!」
依頼があったのは東隣の県の有名な温泉地からだった。
そこにある老舗旅館から、「宿泊客が金縛りにあう部屋がある、どうにかしてほしい」との内容である。
そんなの護符を郵送したら解決しないの?と言った美織なのだが、ヒコが「せっかくただで温泉入れるのにっ、旅館に泊まれて会席料理も出るのにっ」と騒ぐので、結局は出発することになった。
「ぜんぜん楽しくない旅行だよね。金縛りにあいに行くようなもんでしょ」
「護符を貼ったら平気かもよ。そんで普通に寝て朝ご飯食べて帰るっ」
「でも金縛りになる部屋に泊まるんでしょ? 私だけ他の部屋にしてくれないかな」
「毎晩、俺を放さないくせに」
「言い方キモいよ。それだってあんた毎回、『今日もー? 苦行ぅ』って嫌がるじゃん」
失礼しちゃうわ、と怒る美織に、ヒコは「だって耐え忍ぶのもつらいんだもん」とメソメソ。美織はさらに腹を立てる。
「だったら、あのタケシを追い出してよっ。あいつが歩き回るのが悪いっ」
「だってアレ、おじちゃんのペットだし」
美織はダッシュボードをバンバン叩く。
「あっそ! っていうか、このナビ間違ってない。ちょっとスマホで確認する——ほら、間違ってるじゃん。おいっ、しっかり働け、山奥に案内するな‼」
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