第15話 買い物客の正体

 バッグヤードに報告に来た店長だが、言うとすぐさま戻っていく。

 美織とヒコは一瞬だけ顔を見合わせると、ダッと駆け出して店長のあとを追った。


「いるいる、いるんですよー!」


 小声だが興奮に目をバキバキに開いている店長。

 店内に客は見当たらない。でも店長は「開いたんです、ドアが!」と入口を指差す。


「今はどこにいるかわかりませんが、絶対に店内にいます!」


 前かがみになり飛び掛からんばかりの姿勢で店長は周囲を見回す。


「必ずレジにいくはずなので。少し待ちましょう‼」


 セルフレジは入り口側にある。美織たちがいるのはその隣、バックヤードの近い奥のカウンターだ。


「なるほどー」

「そうですか」


 大興奮の店長に比べると、ヒコと美織は冷静だ。その反応に店長は「嘘じゃありませんからっ、本当に誰もいないのにドアが開いたんです!」と力説する。二人はちらっと視線を交わし、互いの表情を見て察した。


(あんたにも見えてる?)

(オリリンも?)


 というわけである。

 二人は店長の主張を疑っているわけではない。

 むしろ、見えているのだ。


「店長。ちょっと」


 ヒコが手招きする。店長は「本当に開いたんですって。防犯カメラ見ますか?」と不服そうにしているが、ヒコの元に寄る。美織は見えているソレに視線を注いでいた。


 客の正体が、おどろおどろしいもの、青白い顔をした男や、長い髪で顔が隠れている女だったらどうしよう、と美織は警戒していた。気味の悪いものがもしも見えたら、と。


 しかしそんな心配は無用だった。


(何あれ、か、かわいい~‼)


 ソレはすぐ目の前にいる。奥レジの左前の棚、お弁当のコーナーで、プルプルと背伸びをしていた。園児ぐらいの背丈だ。茶色の毛皮に目元は黒い模様。モフモフの尻尾はたっぷりと膨らんでいる。ぷにっとした手を伸ばし、どうやらおにぎりのツナマヨが欲しい様子。


 手伝ってやりたい衝動に駆られた美織だが、ヒコと店長がコソコソやっているのをちらと確認し、ぐっと踏み止まる。


「エッ、タヌキですか!?」

 店長が驚くと、しっ、とヒコ。

「見えてるとわかると逃げるかも、です」

「そ、そうですね。でも」


 店長は、弁当コーナーを首を伸ばすようにして見る。ヒコがそこにいると教えたのだ。


「私も見えてますよ。タヌキですね。二足歩行してます。何かちょっとクマみたいでもあるけど、アレはタヌキですね」

 と、美織は小声で付け加えた。

「フツーに可愛くてどうしましょっ、て思ってます」


「そ、そうですか」店長は視線が定まらず戸惑っているようだが、「さすが除霊師のお二人は違いますね」と言ってきた。


「いや」と美織とヒコの声が重なる。

「除霊師の助手と」

「助手の補佐みたいなものなので」


 それでも店長は「本物は違いますね」と感嘆している。


 でもまあ、誰にも見えなかったこのタヌキが、美織たちには見えるということは、何かしらの霊感を持つようになったのかもしれない。その原因はあの相談所にあるのだろう。不可思議現象たっぷりの場所に住んでいるから、変なものが見えるようになったに違いない。


 今回は可愛い妖怪だからよかったけど、と美織はタヌキを見やりながら思う。

 今後、外出先でも地縛霊や、あの蜘蛛男のような妖怪が見えるようになったら終わりだ。この能力は絶対これ以上開花してはいけない。


(早くあの家を出なくちゃ。変なものに目覚めてしまう!)


 でも今回はちょっと嬉しい。


 タヌキはプルプルしながらやっと目当てのおにぎりを手にすると、「ほっ」としている。大変嬉しいらしく、ぎゅっとおにぎりを胸に抱いて喜ぶ姿はとってもキュートだ。


「あのタヌキ、頭に葉っぱ乗せてる?」

 美織はヒコに囁く。

「みたいだね。緑の葉っぱ乗せてる。柿の葉かな? あと首から」

「がま口ね」

 美織が言った。ヒコは「うん」と答えて、じっとタヌキを観察する。


 タヌキは紐がついたがま口財布を首から下げていた。ぷっくり丸いフォルムのがま口で緑地に白の唐草模様、いわゆる泥棒の風呂敷みたいな柄をしている。


 タヌキはおにぎりを手に、デザートコーナーのほうへ、ちょこちょこ歩いていく。小股の二足歩行だ。ぬいぐるみが歩いているよう。タヌキの実物を美織はしっかり観察したことはないのだが、野生にいるものより大きいような気がする。


「あれって妖怪?」


 美織の問いに、ヒコは「たぶん?」と首を傾げる。二人の会話が聞こえたのだろう。店長が、「妖怪ですかっ。なるほど、幽霊じゃなく妖怪」と胸に刻むように繰り返す。


「買い物に来ているのはタヌキの妖怪ってことですね?」

「まあ」と美織。ヒコを見る。ヒコはニッコリと答えた。

「そうですね、タヌキですね!」


 ——と、ここまで小声で会話していた三人。ヒコの声が少し大きくなったせいで、美織が「しっ」と彼を小突く。


「ご、ごめん」

 シュンとするヒコ。肩を丸めている。

「まあ気にしてないみたいだけど。買い物に夢中?」


 美織はタヌキを見やる。デザートコーナーに行ったものの、くるりと反対を向いて、今はアイスを眺めている。どうやらバニラモナカにしたようだ。フクフクと嬉しそうに口角を上げ、セルフレジがある方へと歩いていく。


 ——と、タヌキはレジ前、美織たちがいる方を見て立ち止まった。ぎくりとする三人。観察していたのがバレたのか。


 一見可愛いだけのタヌキだが、間違いなく妖怪だ。豹変しかねない相手に、美織が奥のバックヤード側に下がると、ヒコも続く。何も見えていないはずの店長も二人の様子で察したのか、おどおどと引っ込み始めた。


 が、タヌキの視線をよく見ると美織たちとは外れている。

 その先にあるのは。


「からあげ、欲しいのかな?」

「かもね」


 ヒコと美織、二人でホットスナックが並ぶケースに視線をやる。店長は「渡したほうがいいでしょうか」とコソコソ。


「うーん、どうだろ」と美織は首をひねる。

「まだ見られてると気づいてないみたいだしねぇ」とヒコは腕組みして眉間に皺を寄せた。


 と、タヌキはあきらめたらしく、ちょこちょことセルフレジに進んでいく。

 そして手慣れた様子で操作すると、がま口を開けた。

 取り出したのはエコバッグだ。美織は吹き出しそうになるのを何とか堪える。


 タヌキ柄だ。紺地に信楽焼の狸のイラストがたくさん散りばめてあるエコバッグに、タヌキはおにぎりとモナカアイスを入れると、お次はがま口からカードを取り出した。パネルに当てシャリーンッとお支払いし、レシートをちぎってがま口に入れている。


 で。


「帰って行きますけど、声かけます?」


 美織が店長に聞く。ちょうどウイーンとドアが開いたので店長も状況がわかったらしい


「た、タヌキなんですよね。でも妖怪だって言うし」


 あたふたと焦りながら悩んでいる。美織も妖怪だと思えばそっとしておくほうが良いだろうと思い、このまま依頼は終了かな、と考えていたのだが。


「俺、話しかけてくるっ」


 ヒコがカウンターから飛び出していく。


「あっ、やめなよ、ヒコ!」


 呼び止める美織だが、時すでに遅し。


「タヌキさーーーーんっ、俺、ヒコって言うんだけどー、待ってぇ‼」


 ガラス越しにタヌキがピタと足を止め振り返っているのが見えた。その表情と言ったら、ムンクの叫びタヌキ版。ブルブルブルッと足元から頭部まで毛が震えながら膨らむと、ダッと駆け出すタヌキ。二足ではなく四足の獣走りである。


「ど、どういう状況です⁉」

「えっと」

 美織はハアと嘆息する。

「とりあえず私も追いかけます。状況がわかったら一度戻るか、また後日連絡しますね」

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