第7話 気が付いたらお祓いされてた
後部座席に置いた荷物を取り出し、ドアを閉めたヒコは「ハア」と肩を落とす。
オリリンとの嬉しハズカシな同居生活が始まると昨夜から興奮し、胸が痛くて死にそうだったのに、今の雰囲気だと、いつ美織が逃げ出すかわからない。
かなしい。舞い上がっているのは自分だけなのか。
ヒコはトボトボした足取りで勝手口から中に入り、台所の壁にある時計を見上げた。そろそろお昼時だ。冷麺を作ったら美織は食べてくれるだろうか?
ヒコは荷物を作業台に置き、隣の居間にいる美織へ、引き戸越しに声をかけた。
「オリリン、お昼に冷麺食べる?」
しばし待つ。返事がない。オリリーンと控えめに呼びかけた。
気分を害して無視されているのだろうか。無理やり担ぎ上げて運んだのが良くなかったのかもしれない。オリリンのプライドを挫いた可能性がある。でもお姫様抱っこしても怒ったと思う、とヒコはますますションボリだ。
買ってきたものを冷蔵庫に詰めると、ヒコは居間に続く格子にすりガラスの引き戸をゆっくり開けた。
「オリリーン、寝たの?」
美織は寝転がっていた。そばにあるレトロ扇風機はつけていない。ヒコは畳に膝をつくと、そそそ、と静かに移動して扇風機のスイッチを入れた。からからと音を立ててまわる扇風機。暑いな、と視線を上げれば掃き出し窓が外出時に閉めたままになっている。
「オリリン、まだ寒いの?」
掃き出し窓を開けると蝉の騒がしい声がわっと大きく聞こえ出す。じわりと汗ばむ時期に「寒い寒い」と言い出した美織が心配だ。ヒコは「オリリン、寒気がするって熱中症の場合もない?」と振り向き、ハッとする。
美織の様子がおかしい。怒って無視されていると思っていたが彼女は眠っている。いや違う。寒くて仕方ないのか、手は自分を抱くように回し、苦悶の表情を浮かべている。ヒコは転がるように駆け寄り、オリリン、と声をかけた。が、美織は眉間に深い皺を作ったまま目を開かず、わずかに開いた唇からはうめき声のような音が漏れて出ている。
「どうしたの、苦しい、どこか痛い?」
揺さぶって目を覚まさせたい衝動に駆られるが、そうすべきじゃないとの考えも頭に浮かび、あたふたするヒコ。
「これってなんだろ、病気? それとも霊障??」
オリリーンッと叫ぶ声が神原相談所に響く……。
◇
しゃんしゃんしゃんしゃん……。
美織の耳に鈴の音が聞こえてくる。束になった鈴の音かな。それともベル?
(サンタクロース?)
浮かんだのはそりの乗るおじいさんとトナカイだ。でも今は9月だったと思い出す。サーフィンに乗るサンタクロースが浮かんだ。
(いやいや。何を考えてんだ、自分)
ぼんやりしていた感覚がしっかりしてくると、美織は喉の渇きと暑さを覚えた。自分は何をしてたんだっけ。ヒコと一緒にスーパー行って、帰って来て、それから。
思い出しながらうっすらと目を開ける。
何かが眼前を邪魔していて見づらい。
それでもヒコが何をしているかはわかった。
鈴の音の出どころはヒコが必死に振っている物からだ。祈祷とかに使う代物っぽいが、美織の目には棒の先に鈴が大量についているマラカスに見えた。ヒコがそれを上下に激しく動かしながら「お願いお願いお願い悪霊退散退散退散!!」と繰り返し叫んでいる。
「……何やってんの、あんた」
美織が目を覚ましたのに気づくと、ヒコはポイッと鈴マラカスを放り投げる。
「オリリンっ、良かった、効果あった!!」
「どうかな」
美織は上体を起こす。視界が悪い理由は、美織の顔にべたべたと何枚も紙が張り付けてあったからだ。剥がして確認すると、依頼人に渡していたのと同じ黄色の護符だ。
「私、お祓いされてたの?」
「うんっ、だって小っちゃく体丸めてうなされててさ、全然起きないし、おじちゃんに電話してもつながらないしっ!!」
救急車を呼びかけたけど、依頼から帰って来て寒いと言っていたから、とりあえず精一杯お祓いしてみた!!
と、半泣きしている。美織は顔についていた護符を全部剥がすと、なんとなく丁寧に重ねていく。付箋みたいに上部にノリがついている仕様らしい。さっきの鈴マラカスもそうだが、こういう専門グッズはどこで買うのだろう。通販か?
「オリリン、次はこれ飲んで」
ヒコがスチャッと湯呑を差し出してくる。
ほうじ茶に似た色をしているがニオイが独特だ。墨汁に線香が混じったような香りで、飲めと言われてもすぐには手が出ない。
「何コレ?」
「おじちゃんが愛飲しているお茶。たぶん除霊効果あると思う」
「たぶんでコレ飲ませようとしてんの?」
「オリリン、藤ノ森さんちで霊障にあたっちゃったんだよ。だから体内からもキレイにしないとダメだと思う。だから飲んで!!」
寒気がしたのは覚えている。その後、どうやら気を失ったのは本当のようだ。
仕方ない。抵抗はあったが、美織はぐいっと一気に茶を飲む。ニオイ通りの味だった。
「何か悔しいからヒコも飲んでよ、同じお茶」
「俺、寒くならなかったし、どこも異変ないよ」
「だからって飲んでも問題ないでしょ。いいから飲みなって」
「えー、マズそう」
「私、それ飲んだんだけど」
美織が笑顔で言うと怖かったらしい。ヒコは「俺も飲むぅ」とテキパキと台所に行き、目の前で「同じの飲みます」と宣言し、ぐいっと一気飲みした。
「変な味」
うへ、と舌を出す。黒くなっていた。
「二度と飲みたくない味だよね」
美織は自分の舌も黒くなっているんだろうか、と思いながら、ヒコが投げた鈴マスカラを手に取り、軽く揺らす。しゃらんと綺麗な音がした。
◇
ヒコは藤ノ森家の浴室で撮影した動画と一緒に報告書を書いて、雅也叔父さんにメールで送ったが、夕飯時になっても返事は来ていなかった。
「オリリンが調子悪くなった理由も知りたかったんだけど」
肩を落とし、ヒコはハアとため息をついている。
夕食は居間の座卓に並べた。メニューは冷麺と冷ややっこだ。
美織は食欲がなく昼食は抜きにしたのだが、さっぱりしたものなら食べられそうというので、ヒコが張り切って用意したものである。
美織はすっかり調子を取り戻しているのだが、今のところ、藤ノ森家の怪現象についても、護符を渡して帰って来ただけ。それで解決できたらいいが、美織の異変はあの場の霊障と関係があるのかないのか。何にしても雅也叔父の返事待ちだ。
「おじさん、どこに行ってんの?」
美織の母親が言うには、雅也叔父はあまり家には帰らず、実質ヒコと二人暮らしになるというようなニュアンスだった。でも拠点は相談所に違いないはず。いつ戻って来るのだろう。
「おじちゃん、この前聞いたときはフランスにいた」
麺をすすっていた美織は、ぶっ、とむせる。
「フランスって、日本にいるんじゃないの⁉」
「うん、フランスだって。でも今は別のところかも。すぐ移動するから」
「でもフランスに何しに行ってんのよ。バカンス?」
「仕事だよ」
日本の除霊師がフランスに何の用があるのか。ぼんやりしているヒコのことだから、叔父にいいように騙されているのでは、と美織は疑ってしまう。
「おじさん、本当にフランス? 実は国内にいたりしない?」
「本当にフランスだよ。だってこの前、フランスパン食べてる写真送って来たもん」
「フランスパンなんてどこにでもあるでしょうが」
「そうかなあ」
「あんたよく考えなよ。フランスで除霊師が何してるわけ?」
「おじちゃん、知り合いのエクソシストさんから悪魔祓いの手伝いに来てくれって頼まれたって言ってたよ。だから急いで行ってくるって」
「……おじさん、知り合いにエクソシストいんの?」
「いるみたい。その前はね、ルーマニアで吸血鬼退治の手伝いしてた」
「グローバルなんだね、あんたのおじさん」
「マミーもアメリカ人と結婚したしね。おじさんもそうなのかも」
ヒコは美織が顔をゆがめているのをスルーして、箸で冷麺に乗った薄焼き玉子を自慢げに摘まみ上げる。
「それより見て。玉子、上手に薄く焼けてるでしょ?」
「まあね」
美織は自分の皿を見つめる。クレープのように薄い。それがオムレツのようにして冷麺に被せてある。上手に焼けたから細切りにしたくなくなったそうだ。
ヒコは昔から料理好きだ。菓子類もよく作っていた。だからこの家に住めば食事だけは楽できる。でもこの家には何かいる。そこが何より問題だ。
美織はなるべく「何もいない」とヒコが言った言葉を信じて、午後からはずっと居間から動かないようにしていた。自分の荷物も全部ここに持ち込んだ。でもトイレまで持ち込めるわけもない。だからご飯前、居間を出てみたのだが……。
——あの洗面所、なんで顔がゆがんで映るの?
『へ?』
『困るじゃん。整髪とかどうしてんの』
『ああ、俺、ナチュラルヘアなの』
『おじさんは? 坊主?』
『おじちゃんもナチュラルヘア、ボサボサ風』
——嫌になる。
ここに住むのはあくまで臨時だ。早く仕事と住まいを見つけて出て行こう。
美織は、自分の決意にうなずくと、ぱくり、と薄焼き玉子を口に運んだ。
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