第4話
雪子が失踪したのは、そんなことがあった一週間後のことだった。始めてそれを聞かされたのは、その日のホームルームでのことだった。
「えー、皆に説明しないといけないことがあるんだ。辛い話だから、覚悟して聞いて欲しい」
担任の前田先生は、教室に入るなりそう言った。その表情は深刻そうで、何か只事ではないことが起こったのは確かだ。
皆もそれを察したのだろう。騒々しかった教室は、一瞬で静寂に包まれた。
担任は間を開けた後、重々しく口を開く。
「香川雪子が失踪したことを、今朝ご両親から報告されました。ご両親は懸命に捜索されたそうですが、未だに見つかっていません。今は警察が捜索しているようです」
言い終わった瞬間、教室は騒然としだした。皆が信じられないといった表情をして、口々に何か呟いている。
私もまた、信じられない思いでそれを聞いていた。確かに今日は雪子が出席していなが、風邪か何かが原因だと思っていたのだ。まさか、そんな理由で来ていなかったとは思いもしなかった。
先程から、前田先生は深刻な表情を浮かべている。まるで自分の子供が失踪したかのような、絶望的な表情だ。
無論、私もまた強いショックを受けていた。何せ、雪子は唯一の友人だ。それ程大切な人がいなくなった今、感情をどこへ持っていけば良いのだろう。最早悲しみを通り越し、半ばパニック状態になっていた。
そんな折、誰かのこんな声が輪郭を持って鳴り響く。
「佐野、死んじゃったの?」
それを聞いた瞬間、はっとさせられた。言われてみれば、その可能性だってある。何かの拍子で、事故か何かに遭ったのかもしれないのだ。
あまり考えたくはないけれど、その可能性は現実味を帯びていく。そして、不安は毒のように心を蝕んでいくのだった。
依然として教室は騒々しかったが、そんな中前田先生が声を張り上げこう言った。
「皆、落ち着いてくれ! 佐野は生きてるんだ!」
一瞬で教室は鎮まり返った。皆はぽかんと口を開けたまま、前田先生に視線を向けている。
しかし、それはどういうことなのだろう。前田先生の言ったことは本当なのだろうか。もしそうだとして、雪子はどこにいるのだろう。
私がそう思っていた折、クラスの一人がまさに同じ疑問を投げ掛ける。
「じゃあ、佐野はどこにいるの?」
何故か、前田先生はかなり困惑した表情を浮かべる。何も言わず、額に汗を滲ませ俯き続けるばかりだ。こんな表情は、今まで見たことがない。
それから暫くの沈黙があった後、前田先生はこう言った。
「すまない。本当は僕にも良く分からないんだ」
皆が一斉に「え?」と声を上げる。すると、前田先生は再び口を開く。
「ただ、佐野はきっと生きてるよ。何かの事情があって、今は家にいないだけなんだ。大丈夫、皆が心配することは何一つない。今は、信じよう」
要するに、ただの希望的観測だった訳だ。しかし、それを苛む者は誰もいなかった。
きっと、皆同じ気持ちなのだろう。雪子が生きていることを祈るしかないのである。
勿論、私だってそう思いたいとは思っている。しかし、その一方で嫌な予感もまた覚えていた。
それは用意に言語化できるものではない。ただ、何となくではあるが、雪子失踪の背景には何か深い闇が隠されているような気がしていた。
前田先生は、雪子は生きていると語っていた。しかし、その言葉の信憑性は時と共に薄まっていく。
というのも、雪子は数日経っても見つからなかったのだ。警察は未だに捜索し続けているらしい。また、雪子の両親も情報を募っているそうだ。
しかし、それでも雪子は見つかっていない。そればかりか、目撃情報すら集まっていないという。
日が経つ度に、私の不安もまた高まっていった。唯一の友人が亡くなった可能性が、徐々に現実味を帯びていったのだ。
もし本当に雪子が亡くなっていたら、私はどうすれば良いのだろう。家にも学校にも、他に親しくしてくれる人はいない。世界のどこにも居場所が無くなってしまうのだ。そんなことを思うと、狂いそうな気持ちにすらなる。
そんな心が限界を迎えていた私であったが、ある日とある場所へ向かうことにした。それは、森で出会った澁澤さんの住む館である。
どうして、澁澤さんと会いたいのか。それは、彼女なら私の話を聞いてくれそうだからだ。
きっと、澁澤さんならこの辛い心情も、微笑みを浮かべ聞いてくれるだろう。それに、雪子について何か情報を持っているかもしれない。澁澤さんのことは詳しく知らないが、そう思えたのだ。
その日の放課後、早速魔女の森へと直行した。森は相変わらず不気味だったが、今はそれ程気にならない。
館の場所は知らなかったけれど、見つけるのにそれ程時間はかからなかった。森を暫く歩くと、確かに館はあった。
森の奥に開けた場所があり、その中央に小さな館が建っていたのである。きっと、ここが澁澤さんの住む館なのだろう。
「ここが澁澤さんの言ってた館なんだ」
そう呟く私は、館を見て不思議な感情を覚えていた。赤い屋根が特徴的なその館は、独特な雰囲気を纏っている。古めかしい外観は、お化け屋敷を彷彿とさせる不気味さを感じさせた。
まるで、人とは違う何かが住んでいそうな、現実社会から隔絶された印象すらある。それが故に、この森の雰囲気に溶け込んでいることも確かだった。
「ここに、澁澤さんがいるのかなぁ」
私は館に近づくと、インターホンを探した。けれどそんなものは無いので、ドアを二回ノックする。
それから暫し待ったものの、澁澤さんは一向に現れなかった。ただ、考えてみればそれも当然のことだった。今は平日の午後で、普通の大人なら仕事に出ているはずだ。
「やっぱり、駄目かなぁ」
ここまで来たのに、ただ帰るのは惜しい。しかし、来ない以上帰るしかないのも確かだ。それに、あまり長居すると森が暗くなってしまう。
私は重たい溜め息を吐いた後、踵を返す。すると、突如こんな声が聞こえた。
「あれ、誰かいるのかしら?」
それは聞き覚えのある声だった。そこへ視線を向けると、澁澤さんの姿があった。
澁澤さんは、遠くからこちらへ向かっている。どうやら、私の姿に気づいたらしかった。
「澁澤さん」
声を掛けると、澁澤さんは反応してくれた。
「あっ、あの時の子じゃない。名前は──充希ちゃんだったわよね」
話しかけながら、澁澤さんは尚もこちらに近づいてくる。その姿を見ると、何故だかとても安心させられた。
やがて、澁澤さんは目の前に来た。近くで見る彼女の顔は、やはりとても美しい。
「澁澤さんと話したいことがあって、ここに来たの」
「話したいこと?」
「うん」
澁澤さんは少し考える素振りを見せると、こう言った。
「取り敢えず、館に入って。そこで話しましょう」
どうやら、話を聞いてくれるらしい。やはり、いい人のようだ。
私が頷くと、澁澤さんはポケットから鍵を取り出した。そして、それで館のドアを開く。
「入って」
私は言われるがままに、館の中へと入っていく。
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