第3話 力を無くした占星術師の自分語り
様々な異世界を結ぶその店が、どのようにして異世界を跨ぐのか――その秘密は、作者を含めて誰も知らない。
それはそれとて、この夜もまた店の扉が静かに開く。今宵の客は何者か……。扉が開き、肌寒い風が店内に差し込む。
姿を現したのは、何やら装飾品を多く身に着け、布地の薄い服を着る、露出の多い褐色の女性。顔を粗いメッシュの布で覆っているが、顔やメイクはよく見える。
占い師の類か、はたまた痴女か……後者だったらワクワクするなと店主は思った。
「いらっしゃいませ。好きな席にどうぞ」
「一体何だい? この店は……」
「バーでございます。この店では、私の提供する飲み物を片手に、お客様の好きなように自分語りをしていただいております」
女は幼女にしか見えない店主を見つめ、首を傾げた。状況がつかめていない様子。
椅子に座る様子を見せない女の手を引くように、スケベ狼が彼女の手を優しく咥えて誘導した。先日のシスターの時と比べたら、この狼はあまり興奮していない。
この色ボケ狼、いっちょ前に女性の好みを持ってるのか……と店主は呆れた。
「よく分かんないけど、これも星の導きかね……」
「素敵な表現ですね。今宵の出会いは、星の悪戯かもしれません」
「星は悪戯なんかしないよ」
「アッハイ……」
適当な事をつぶやいたせいで、鋭い口調で突っ込まれた。気が強い人だな……と店主の苦手意識をかきたてる。
狼も店の隅っこで丸まって、こちらの女性に興味が無いように寝始めた。店主は仲の悪い狼とでも添い寝したい気分になった。
「アンタ、ここで何やってるの?」
「私はこの店のバーテンダー兼店主をやっております」
「そりゃ見ればわかるさ。何でアンタみたいなちっこい女の子が働いてんだって話さ」
「さて、女神様の悪戯に付き合わされているだけですので……」
「気持ち悪い子だね……。萎れた大人と喋ってるみたいだよ」
実際に、目の前にいる幼女は中身が萎れた大人だから間違っていない。しかし幼女本人も、なんで店長なんかやっているんだと聞かれても分からないのだ。女神様に聞いてみたいところであるが、それは叶わない。
なんだかんだと聞いてみたら、答えてもらえるのが世の情けだと思ったら大間違いである。
「私の事はさておき、こちらの店の扉は、自分語りをしたいと願う者の前にのみ現れます。お客様も、何か話したいことがあればどうぞ」
なるべく目を合わせないように、当店自慢の女神汁を作成した。店主の手際は回を重ねても一向に改善される様子が無い。
素人に毛が生えた程度どころか、素人に元から生えていた毛を引き抜いた程度……要するに、壊滅的な技術力である。
「アンタ、ホントにバーテンダーなのかい……?」
「疑うのも無理はありませんが、こちらを飲んでからでも遅くはありませんよ」
「これを見たらより疑いたくなるよ……。何? この色……。まあ飲むけどさ」
女は顔をしかめながら、グラスの先が見えないほど真っ青な女神汁を口にした。……いや、舐めただけだ。
しかし、一舐めで目の前のドリンクが美味であることを理解し、ちびちびと飲み始めた。そしてそれは、今宵の自分語り劇の幕開けを意味する。
「アタシさぁ、占いやってるのよ。占星術っていうんだけど……。これでも結構凄くて、国の危機をズバリと言い当てて王室の顧問になったりしたの~」
「それは凄い。占星術ってのは、具体的にどうやるんですか?」
「ん~? 気になる?」
「ええ。女の子なので」
「そうよね、そうよねぇ! でもね~……勘なの」
「……へ?」
店主も別に占いを信じているわけではない。バーナム効果という言葉を知ってからは古今東西の占いに「やってんなぁ~」みたいな目を向けるようになったくらいだ。
でも、ここは異世界。なんかしら凄い能力があってもおかしくないのに、ただの勘で終わらせられたら素っ頓狂な声が出る。
「だからぁ、勘よ勘! なんか星の動きを見てたら、な~んか未来でこんなことあんじゃね? って頭に浮かんでぇ……それが実際に起こってたの! ウケるよね」
「スピリチュアルやね」
「は?」
「いえ、なんでもございません……」
支離滅裂な思考・発言……。占星術師に謝ってほしい。この手の女性の扱いを、店主は心得ていない。
……とはいえこの占い師は口調が変わる程度には酔っている。適当に相槌を打って、満足して帰ってもらうとしよう。
「それで、国の危機を当てたっていうのは、どういったものだったんです?」
「それね! なんかぁ、アタシのいた国は砂漠地帯なんだけどさ、ひどい干ばつが起きる未来が頭に浮かんだの! んで、それを伝えたら宰相っちが信じてくれて、対策が出来たってわけ」
「さ、宰相っち……。でも、それは凄い。きっと多くの人が救われたんですね」
「そーそー。他にもさ、王族の赤ちゃんがどの性別でいつ産まれるとか、伝染病が流行るけど、治療に使える薬草がどこに生えているとか色々当てたんだよね~」
それは……結構凄いな、と店主は素直に感心した。ただの勘では言い表せない能力だ。本人が自覚していないだけで、ちゃんとした能力なのかもしれない。
「でもさぁ、そんな勘も、もう戻ってこないんだぁ……」
占い師の目元に涙が滲んだ。頬杖をついて、グラスに下唇だけ付け、机のちょっと遠いところをぼーっと見ている。
「それは、どうして?」
「わかんないよぉ~、こっちが知りたいくらい。そのせいでインチキ占い師扱いで国を放り出されちゃった……アハハ」
「それで、途方に暮れている……っていうわけなんですね」
「うん……ねえ、この店って店員募集してないの?」
「……残念ながら。それに雇ったところで、食べていけるような稼ぎはありませんよ」
「……そっか」
この店では一応客からお代をいただいているが、それぞれ異なる世界の通貨になっている。酷い時はお代としてどんぐりを貰ったこともある。そしてそれは狼に食われた。
それ故に、それらのお金で買い物ができる場所がそんなにあるわけではない。――無いわけではないのだが、やはり食べていけるかと言われたら疑問が浮かぶ。
「お客さんが顧問として招かれていた国は、あなたの故郷なのですか?」
「ん~ん。故郷は緑の多い国。でも、物心つかないときに連れ出されたから、あんまり覚えていないんだぁ……多分、結構遠い場所だと思う」
国を追い出され、故郷ははるか遠く……。かなり絶望的な状態だ。この占い師が明日に向かって歩いていくには、何が必要なのだろう。
店主に思いつくのは、やはり芯を食った答えではなく、それっぽい言葉であった。
「あなたは星の導くままに歩みを進めていた。空を見上げて生きていたから、大地に目をやり、踏みしめて歩く術を忘れてしまったのかもしれませんね」
「どゆこと?」
「人は、”特殊な力”など無くとも生きて行けるという事です。あなたは先ほど、この店で働くことを考えましたね。占い以外の生業でも、生きていけるのではないですか?」
「……」
瞳と瞳が見つめ合う。しばらくしたら占い師の視線はグラスに戻った。
「……まあ、アンタみたいな小さい子でも働いて生きてるんだもんね」
「その通りです。それに、未来は分からないからこそ面白いのかも知れませんよ」
「アハハ! 確かに、今日の出会いは分かんなかった。……そっか、そうだよね」
少しだけ、占い師の目に力が戻った。心なしか、口角も上向きになったように見える。
「もう一杯、貰ってもいい?」
「ええ。もちろん」
二杯目の女神汁を作成し、グラスに注いだ。見るのは二回目であるが、やはり素人臭い店主の手際を、占い師はくすくすと笑いながら見守っていた。いつの間にか、狼が占い師の足元でくつろいでいる。
「そんな手際でも成り立ってんだもん、アタシもなんかしらで生きてけるわ! アハハ!」
「むむ……。でも、全くもってその通りです。希望が見えないときは難しく考えがちですが、生きていく道はいくらでも広がっていますよ」
「だね!」
生きていくうえで最も大事なものは、「生きる気力」に他ならない。店主が何を言おうと占い師の力は戻りはしないが、その心に、瞳に、手足や指先に……ほんの少しの力を再び宿すことは叶ったみたいだ。
「でね! ――……で、××だった!」
「フフ、そんなことがあったんですか」
占い師の自分語りはしばらく続いた。人は占いを信じはするが、結構汚い事に使おうとした人も多いようだった。
浮気の証拠を隠すにはどこが良いか、楽して稼ぐには何が良いか、王位継承のために王族を失脚させる方法は何か……なんかを相談する者もいたらしい。そのそれぞれを言い当てたとの事だから、武勇伝にふさわしいものだった。
しかし、最後のはあんま喋らないほうがいいのでは……と店主は呆れたが、楽しそうに話す占い師を止めるのは野暮だと思い、止めなかった。どの道、この店の中の話は外に漏れない。
「なんか、占いって心が弱いから縋りたくなんのかもね」
「かもしれませんね。でも、強い心で生き続ける事は誰にもできません。先ほどのあなたのように、落ち込むことは誰にでもあります。あなたは、そういう人の助けになっていたんだと思いますよ」
「アハハ! そうだね、その通りだ!」
その後、おしゃべり好きの占い師は典型的な酔っ払いのように、何回も同じ話を繰り返した。正直、早く帰ってくんないかな……と店主が思ったのは内緒の話だ。でも、このまま潰れて寝落ちされても困る事情がある。
「お客さん、酔いつぶれる前に帰らないと、元の世界に戻れなくなりますよ」
「え~、どういう事ぉ?」
「この店の扉は、様々な世界の中に姿を現します。次のお客さんは、あなたとは別の世界からいらっしゃる事でしょう。その方が来店される前に帰らないと、あなたの世界に戻れる可能性が非常に低くなってしまいます」
「はぇ~、すっごい」
気の抜ける返事しかしなくなった占い師に無理やり冷水を飲ませ、帰ってもらうように催促した。
「それじゃ、ごちそうさま。アタシ、頑張って生きていけそうだよ」
「それはよかった。また、自分語りがしたくなったらお越しください」
店主が客に告げる決まり文句。この店の扉が同じ客を二度招く可能性は、まさしく天文学的な確率である。しかし、それを客に告げる意味はない。
「お客さん、身寄りもないのに砂漠地帯に再び放り出されても路頭に迷う事でしょう。夜の砂漠は冷えますしね。当店のサービスで、あなたの世界の別の場所に扉を繋ぎましょうか?」
「ほんとかい? じゃあ、甘えようかな」
とはいえ、この店の扉は機械仕掛けの青い狸が出す扉ほど便利なものではない。なんかいい感じの、それっぽい所に繋ぐ……みたいな、曖昧な場所にしか導けない。実にこの店らしい機能である。
扉が開いたその先は……どうやら、温暖な気候の町のようだった。願わくば彼女の故郷であることを祈るが、そうでなくとも、今の彼女なら生きていける。
「さようなら、幼い店主さん。エッチな狼君もじゃあね」
店主はお辞儀をして、占い師を見送った。最初は興味無さそうだったエロ狼は、いつしか占い師が嫌がらないのをいい事に思う存分舐めまわしていた。実に羨ましい事である。
「あの人、最初は気が強そうに見えたけど、弱気になってたのを隠すためだったのかな」
「……」
狼は別に答えない。何ならそっぽを向いている……。店主の何が狼にそうさせているのかはわからない。
「私も前世でなんか苦しい日々を過ごした気がするけど……何かに縋ってたのかな」
「ワフッ」
「……? 珍しいね。返事してくれるなんて」
「……」
「……気まぐれだねぇ」
店主はある程度の前世の知識はあるが、自分に関する事は何も覚えていないし思い出せない。だが、今はそれに特別困ってはいない。
数刻ぶりに、店内が静かになった。店主がグラスを拭く音がよく通る。幼い店主の接待録はまだ続く……。
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