1話 もしやり直せるなら...
少女が目を覚ますと、そこは真っ白なベッドの上だった。周りは薄いレースカーテンで覆われているが、カーテンの向こう側まで、その真っ白な世界はどこまでも続いている事は分かった。
「ここは、どこだゼ。ウチは確か...」
少女はつい先程自分の身に起こった事を思い出す。
そうだ、自分はシンフォギア装者達を地球に送り届けた際に消滅したのだ。
少女は少し寂し気に笑うとポツリと呟いた。
「あー結局ウチ、心も身体も怪物のままで死んだのか」
ただ三人で''普通の女の子''に戻りたかった。''普通の女の子''に戻って、''普通の女の子''として三人で笑っていたかった。
いやそれもあるが、それだけじゃない。自分と同じ苦しみを知っている''二人''には、どうかヒトの身体に戻って、ヒトとして笑っていて欲しかった。
二人には''人を殺した"という十字架を背負わせたくない、その一心で敢えて自分の手を汚すスタイルを取っていた。ヒトの身体に戻れたとしても、その目的の為に犯した罪は決して消える事はない。二人も、一生その十字架を背負うことになる。そんなのは、自分一人で十分だと思っていた。だから、情を殺す覚悟もヒトとしての良識を捨てる覚悟も他人や自分を犠牲にする覚悟も出来ていた。
だが生前は完全に割り切っていたが、こうして死んでから、自分のしてきたことを振り返ると、我ながら最低だ。
そこで少女は、ふと気づく。どんな犠牲を払ってでも守ると心に誓っていた二人の姿がないことに。
少女が最も大切に思っている二人。''ヴァネッサ''と''エルザ''の姿がないことに。
「ヴァネッサ? エルザ?」
身体を起こし、呼びかけても当然何の返答もない。
「そういえばだが、ここどこだゼ。ウチは間違いなくあの時死んだはず」
他人の命だって沢山奪った。とっくに地獄行きでもおかしくないはずだ。
少女はベッドから降り、そのどこまでも続く真っ白な世界に呆然と立ち尽くす。
と、同時に。
「お目覚めですか? 眠り姫」
聞き覚えのない幼い声が聞こえた。少女は警戒心を露わにし、辺りを見回す。
「だ、誰だゼッ!?」
「まぁまぁ。そんなに警戒しないで」
変わらない調子で響いてくる、自分より幼いであろう少女の声。姿を見せない相手に、警戒するなとは、可笑しな話だ。
「姿を現すんだゼッ!」
「はいはい」
先程まで少女の視界を支配していたのは画用紙の様な白だったが、今度は眩しい白い光が少女の視界を支配する。眩しさのあまり、思わず顔を腕で覆ってしまう。
しばらくして、恐る恐る目を開けてみると、そこには幼い少女の姿があった。歳は13、4歳
くらいだろうか。自分よりは年下と見た。だが、目を引くのはその作り物めいた容姿だった。
真っ白な世界に同化するのではないかと思う程に白い肌、左右異彩色の瞳、胸元まで伸ばした切り揃えられた白銀の髪。小柄で華奢な身体には、ウエディングドレスを彷彿とさせるミニドレスを身に纏わせている。
「お前は一体...」
少女がそう問うと、白銀の髪の少女は笑みを浮かべたまま答える。
「私? 名前なんて特にない。だから好きに呼んでどうぞ。それより貴方、人生をやり直したいとは思わないの?」
唐突に何を言われるかと思えば、少女は呆れた様子で目を伏せる。
「ふんっ! ふざけた事を言いやがるゼ。 そんな事出来るわけないゼ! 例えやり直せたとしても、ウチの手が既に血で汚れているのは変わらないんだゼ! 今更何をした所で」
「だから、やり直すんじゃない。まぁ、''ここ''に来たからには、必ずやり直すチャンスを与えられるんだけどね」
「どういう事だゼ?」
意味が分からないといった顔で見てくる少女に、白銀の髪の少女が続ける。
「まぁ、普通なら貴方の様な大量殺戮者は、即地獄行きなんだろうけど、ちょっとたまにはこう言うのも面白そうだと思ってねぇ。だから、私の気まぐれと暇つぶしも兼ねて貴方の人生やり直しさせてあげようって話」
少女は振り返る。生前の自分の人生を。
旅行中に誘拐されたかと思えば、頭のおかしな奴らの快楽の為に甚振られた挙句、パヴァリア光明結社に売られ、そこでも実験台とされた結果望んでもいない怪物にされた。その癖大した力を得られた訳でもなく、稀血がないと戦う事も出来ない不便な身体にさせられた。人間の身体に戻りたいがあまり、沢山人の命も奪った。
こんなクソみたいな人生で唯一良かった事は、ヴァネッサとエルザに出逢えた事くらいだった。
少女が生前の自分を思い出し、顔に不快の表情を浮かべていると、白銀の少女は再び口を開く。
「やり直したくないの? 人の身体に、普通の女の子に戻りたいんじゃなかったの? エルザとヴァネッサと一緒に幸せになるんじゃなかったの? 貴方にその気持ちさえあれば、私は叶えてあげられるよ?」
さっきまで笑みが浮かべられていた端正な顔は、打って変わって真剣なものに変わっていた。一切濁りのない瞳で''怪物のままで終わってしまった少女''の方を見てくる。
怪物として蔑まれてきた少女は、あまりにも自分に向けられる視線に敏感になり過ぎていた。自分達に向けられるのはいつだって軽蔑の視線。
だが、目の前の白銀の髪の少女はどうだ。自分の目の前にこんな異質の姿をした怪物が居ると言うのに、向けてくるのは軽蔑の眼差しではなく、寧ろどこまでも澄んだ眼差しだ。
初めてヴァネッサとエルザ以外の言う事を少し信じてみたくなった。
「本当に、本当にやり直せるのか? 本当に普通の女の子に戻れるのか?」
「まぁそれは貴方次第だねぇ。私はあくまでチャンスを与えるだけ。自分でも分かっているとは思うけど、貴方は目的の為とは言え、罪のない人を殺しすぎた」
「分かってるゼ、そんな事」
事実を言われ、下を向くしかない。
「相当の罪の償いが必要だけど、それでもやり直したい?」
もしこの嘘のようなチャンスが本当であれば、少女の答えはもう決まっていた。
「あぁ。ウチはやり直すゼ!」
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