ほこたて

ロックホッパー

第1話

ほこたて

                    -修.


 「皆様、お待たせしました。十数年のブランクを経て、伝説の番組『ほこたて』が復活しました。ご存じのとおり『ほこたて』では、絶対に穴を開けることができるドリルと、絶対に穴の開かない金属板の戦いのように、両者一歩も譲らない多くの戦いをテレビで放送してきました。」

 上下黄色のスーツに赤いネクタイの派手ないでたちの有名ユーチューバーが司会を務めるネット番組はにぎやかに開始した。

 「今回は、ネット版での復活第1弾ということで、解説者には重力制御研究の第一人者であるN博士をお招きしております。科学的な見地から解説をお願いします。」

 司会の隣で白衣を着た初老のN博士は小さく会釈をした。

 「では、今回の戦いについて説明します。昨今の地球温暖化に伴う異常気象や、大地震に伴う津波が、我々の平穏な生活を脅かしています。そこで今回はこれらの災害を未然に防ぐ最新鋭機械同士の戦いとなります。」


 移り変わった画面には、長さが20m近くはあろうと思われる尺取り虫のような重機が映っていた。キャタピラの付いた車体の前方には巨大な吸い込み口があり、後方には直径3mくらいはあろうかという金属製のフレキシブルパイプが見渡す限り続いている。それはまるで巨大な掃除機のようであった。

 「ご覧いただいていますでしょうか。こちらは最大手の工業用ポンプメーカーであるA原製作所の最新鋭ポンプ車、その名も『ヤカンヅル』です。開発者によりますと毎秒数十トンの吸い込みができるため、洪水でも津波でも一瞬で吸い取ることができるそうです。そして、吸い取れるものは水や海水だけではなく、雪崩だろうと、土砂だろうと、流木だろうと、なんでも吸い取ることができる無敵のポンプ車だそうです。」

 N博士は何か感心したように口をはさんだ。

 「『ヤカンヅル』とは、漫画に出てきた妖怪で、異次元の胃袋になんでも吸い込む最強の妖怪のことですね。なかなかいいネーミングセンスですね。」

 司会のユーチューバーは一瞬納得した顔をしたが、即座に説明に戻った。


 「そしてこの無敵の最新鋭ポンプ車『ヤカンヅル』の相手となるのが・・・」

 また画面が切り替わり、今度は幅10mはありそうな、8本の足を地面に突き刺した蟹のような重機が映し出された。この蟹のような重機は、口のあたりに巨大な開口があり、後ろにはやはり直径3mくらいはあろうかという金属製のフレキシブルパイプが続いている。

 「こちらは、建設機械の雄、大松製作所の最新鋭のブルドーザーです。普段見かけるブルドーザーとは全く形が違いますが、この機械は毎秒数十トンの砂利やコンクリートを前方から射出することで、一瞬で堤防やのり面を築くことができて、津波や水害、土砂崩れを防ぐことができるそうです。その名も『もんじゃ』・・・。」

 再びN博士は何か感心したように口をはさんだ。

 「土手を作るから『もんじゃ』なんでしょうね。なんだか、おいしそうなネーミングですね。」

 司会のユーチューバーはイヤホンに手を当てて慌てて訂正した。

 「N博士、すみません。『もんじゃ』じゃなくて、『もんじゅ』だったようです。」

 「ん、『もんじゅ』ですか。砂利でも高速増殖するんですかね。ははは・・。」

 司会のユーチューバーは再び慌てて訂正した。

 「N博士、すみません。『もんじゃ』でも『もんじゅ』でもなくて、『もんじょ』が正解だったようです。」

 N博士は少し機嫌を損ねたようだった。

 「『もんじょ』ですか。まあ、名前はどうでもいいですね・・。」


 司会のユーチューバーはバツが悪そうに司会を続けた。

 「えー、ご覧の皆様、両方の機械の後ろに大きなパイプが接続されているのが見えますでしょうか。このパイプは、ポンプ車では吸い込んだものを遠くに排出するため、ブルドーザーでは吐き出す土砂を機械まで運搬するものだそうです。なかなか大がかりですね。」

 N博士は話を振られて渋々コメントを返した。

 「どちらも機械も毎秒数十トンの土砂を動かしますからねー。どうしても巨大な運搬装置が必要になるんでしょう。」

 「なるほど。N博士、ありがとうございました。では続いて戦いのリングを説明いたします。」


 画面が引いて、2台の重機が50mほどの間隔を置いて対峙しているのが見えるようになった。

 「ご覧のように、2台はこの谷の底で向き合って止まっています。10分以内にブルドーザーが高さ5mの堤防を築ければブルドーザーの勝ち、土砂を吸い込まれて堤防が築けなければポンプ車の勝ちとなります。我々は安全確保のため、谷からかなり離れた場所から実況しております。N博士、いかがですか。」

 「そうですね。吸い込むほうは最大でも真空でしか吸い込めませんが、吐き出すほうは圧力さえ掛ければいくらでも吐き出せますので、ブルドーザーの方が有利かもしれませんね。」

 「なるほど、そういった見方ができるんですね。さて、どのような結果になるんでしょうか。では、両陣営とも準備を開始してください。スタート5分前です。」

 司会のユーチューバーはN博士のコメントを軽くスルーして番組を進めた。


 両陣営が機械を起動すると、機械の様子が一変した。

 ポンプ車の吸い込み口は大気を吸い込み始めたのか、小さな雷を伴ういくつもの竜巻が発生していた。一方のブルドーザーは、車体が小刻みに振動し、周りに電磁波が出ているのか、空気がコロナ放電を始めていた。あまりの光景ではあったが、司会のユーチューバーは気にしていない様子だった。

 「なんだか、まがまがしいですね。でも、スタートしますよ、3、2、1、スタート。」


 突然、実況席の地面が揺れた。画面では、ブルドーザーの開口から信じられないほど量の土砂が爆発的に噴出していた。一方、ポンプ車の吸い込み口は高さ数十メートルにもなりそうな竜巻が起こり、信じられないほど勢いで土砂を吸い込み始めていた。2台の機械の間は土石流のように土砂が動いていた。

 「すごい。」

 司会のユーチューバーもN博士もあまりの光景にしばらく言葉を失った。しかし、ほどなく司会のユーチューバーは我に返り、実況を再開した。

 「これはすごいですね。どっちも譲りませんね。谷から結構離れているのに、実況席にもすごい振動が伝わってきています。これは勝負がつくんでしょうか。」

 すごい振動の中、N博士もかろうじて答えた。

 「うーん、拮抗していますね。これは引き分けもあるかもしれないですね。」


 スタートから、そろそろ3分が経とうとしているころ、ポンプ車に変化が起こった。あまりの振動のためか、なんとポンプ車の後方のパイプが吹き飛んだのだ。

 「あっ!N博士、パイプがなくなりましたよ。後ろから土砂が噴き出すんじゃないですか。大丈夫でしょうか。」

 しかし、パイプの付け根から土砂が吐き出されることはなく、ポンプ車は何事もなかったように土砂を吸い込み続けていた。

 「N博士、これはいったいどういうことでしょう。吸い込んだ土砂はどこに行っているんでしょうか。A原製作所の方、どうなっているんですか。」

 実況席の脇にいたA原製作所の開発者は申し訳なさそうに話し始めた。

 「実は土砂排出用のパイプはダミーでして、土砂は機械の中の人工ブラックホールに全部吸い込んでいるんです。」

 「それはすごい!容量はどれほどなんですか。」

 N博士が即座に尋ねた。

 「恐らく、無限かと・・・。」

 司会のユーチューバーは既に放心状態となっていたが、そのとき次の事態が起こった。なんと、今度はブルドーザーのパイプが外れたのだ。

 司会のユーチューバーは思わず叫んだ。

 「今度はブルドーザーだ。今度こそパイプから土砂が吹き出すぞ。」

 しかし、またも司会のユーチューバーの予想は裏切られ、パイプの中からは何も出てこなかった。

 「えっ、どういうこと?」

 今度は大松製作所の技術者が申し訳なそそうに話し始めた。

 「実は我社のブルドーザーのパイプもダミーなんです。すみません。うちのは人工ホワイトホールを内蔵していまして、それが土砂を吐き出し続けているんです。」

 「はぁ、なんかすごいことになりましたね。これって決着が着くんでしょうか。」

 司会のユーチューバーの心配を他所に、また新たな事態が発生しつつあった。

 「あれっ、N博士、2台の間の距離が縮まってませんか・・。」

 「確かに。ブルドーザーがポンプ車に引き寄せられて、爪が地面から抜けそうですね。」

 そして、遂にブルドーザーの爪が全て地面から抜け、ポンプ車に吸い寄せられていった。そして2台がぶつかった瞬間、大爆発が発生し、2台があった谷には大きなクレーターができていた。


 「N博士、勝負あったということでいいんですかね?」

 「うーん、ポンプ車がブルドーザーを引き寄せたということですから、ポンプ車の勝ちということでいいでしょうね。」

 「わかりました。『ほこたて』復活第1弾の勝者はA原製作所のポンプ車『ヤカンヅル』となりました。『ほこたて』復活第1弾にふさわしい壮絶な戦いでしたね。視聴者の皆さんにもきっとご満足いただけたことと思います。」

 司会のユーチューバーは見ごたえのあった戦いに満足したのか満面の笑みを浮かべていた。


 しかし、一方のN博士は浮かない顔で話し始めた。

 「いや、戦いの勝者はポンプ車でいいんですが、ブラックホールとホワイトホールが気になりますね。」

 N博士が指さした画面には、クレーターの中央に数mの穴が開いている画像が映っていた。

 「ブラックホールもホワイトホールもまだ活動していて、どちらも制御できていないのではないですか。」

 両社の技術者はうなづいた。

 「ブラックホールに物質を与え続けるとどんどん成長していきますからね。いずれ、地球全体がブラックホールに飲み込まれることになりますね。困りましたねー。」

 N博士は人ごとのように冷静に地球の滅亡についてつぶやいた。

 事態の深刻さにようやく気付いた司会のユーチューバーは最後に付け加えた。

 「どうやら『ほこたて』は今回の第1回をもって最終回となるようです。視聴者の皆様、永遠にさようなら。」


おしまい

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