魔法

第21話 侵入

 街の中に設置された基地、大きなフェンスの壁に囲まれただだっ広い世界は街の中を生きる誰もが自分たちの為に使われているものだと信じていた。実際彼らの想像通りに働いている部分もあったのかも知れない。しかしながら鉄の扉を開いてみてはそこに広がるものはどこかの誰かが自身の欲望を満たすための研究に使っているに過ぎなかった。有刺鉄線の茨が絡められたフェンス、所々に何かしらの警報を知らせるために咲き続けているランプ。


 あまりにも無機質なバラの庭には二羽の蝶すら漂うことなく、人もまたその場所に威圧を感じて近づくことすらしない。


「着いたようだ」


 絵海の言葉を受けてガムテープで撒かれた少女たちは懸命に頷いていた。命が惜しい、失いたくない、そういった様子を態度に絡めて涙に滲んだ懸命な姿勢を見せていた。


「大丈夫、用済みだからって殺しはしない」


 絵海の声が流れてくると共に無理やり笑顔を作って必死に塗りつけていたものの、そこに立っている人々その全てが緊張感を走らせて乾いた空気に火花を散らしていたが為にこの笑顔はただただ浮ついて色合いと化すだけだった。


 鉄の扉、学校の校門などにも使われている背の低いドアをずらして事なきままに潜入を完了させる。


 絵海は少女ふたりのポケットを探ってカードを取り出し片方を楓に手渡した。


「これは」


 見つめながら疑問を口にする楓に向けて絵海の答えはすぐさま口で示された。


「アクセス権限証明証。データの世界だけじゃなくてこの建物のどこまで入り込むことが出来るのか、そこまで決められてるよ」


 つまりは等級の証明証なのだろう。それを首にかけて絵海は進み始める。


「アクセス権限二等級、初歩実験室や資料室を漁ることが限界ね、最低でもひとりが高等級を持っていればいいから取り合えず高い等級を、星の数が多いカードを見つけたら強奪か」


 公開データ、つまりはあの機械製の並行世界に忍び込むことの出来る人物、一応は生きている人物の全てがアクセス権限一等級に相当し、この建物に入ることを許可されるのは二等級以上、つまりは今の彼女らはその場所における最低等級でしかないのだという。


 建物へと入る際に灰色の長袖長ズボンでしっかりと身体を覆った男たち、警備員にアクセス権を提示して常に口を開けているガラスの扉をくぐって中を探索し始める。


 それは全てが灰色の壁、何ひとつ塗装を施していないのだろう。そんな味気ない施設の壁に打ち付けられた地図に目を向けて絵海は建物の資料室へと向かった。


「私は今ので全部覚えたけど、普通の人じゃまず無理。だからまずは建物自体の資料室で貸出自由のマップを手に入れる」


 この行動に失敗の要素などひとつもない、そう、それと言って難しい話などひとつも転がってはいなかった。


 ドアの向こうへと滑り込み、受付嬢に一礼をして地図をいただく。


「いいかな、次は休眠室へと向かう」


 そこは高等級の宝庫なのだという。泊まり込みで研究する者は多数存在しているのだという。その中には夜勤の者も多いのだという。


 様々な面、ほとんどは笑わせに来ているのかと錯覚してしまう程に面の崩れただらしない男ども、そんな惨めな存在と幾つもすれ違って、やがてはたどり着いた休眠室、そこに入り込むと共に楓は口を押えて目を見開いた。里香も同じように湧いて来る嫌悪感を抑え込む。研究者たち、ほぼほぼ男。そんな者どもが寝ているというだけでこの世の地獄は描けるというのだろうか。誰の目から見ても嫌悪感を発するような人物に溢れた阿鼻叫喚の生き地獄。


「何をどうしたらここまで気持ち悪い面ばかりになるんだ」


「整形、ここの研究者は外出も恋愛も、研究を妨げることをなにもかも禁止しているが為に意図的に男の顔を気持ち悪く作り変えてる。だからこそ生まれる生き地獄」


 世界の中の金持ち、その中でも見つめてすらいたくない面が並ぶこの世界は汚物の掃き溜めだろうか。


「女は……研究のトップたちの意向で見逃されてるみたい。やっぱり男は変態」


 語りながら研究者たちがベッドの脇の棚の上に置いているアクセス権限を記したカードを目に焼き付けながら、絵海はため息を吐いた。


「かわいそうに、利用されたことを知らずそれを知った時には既に醜い顔に、社会の中にに存在することすら難しい顔に変えられた後で一生をここで過ごすしかない人たち」


 つまりは彼らも逃げることは許されていないということだった。


 研究所を破壊してみたとしよう。楓の中に湧いてきたその妄想は愉快な心情をもたらして日差しに変えてみせていた。


「転職できる見た目ですらない無職が大量生産だな」


「えっ」


 里香の口から咄嗟に出てきた問いに楓は先ほどまでの妄想を仕舞い込んで現実的な言葉を選んで見せた。


「この研究の全てを終わらせること、それが私たちが救われる方法。じゃあもし研究が続かなくなったら」


「あっ」


 気が付いた、気が付いてしまった。事実を見つけてしまった。そんなやり取りが交わされる中、絵海はひとりカードをすり替えていた。


「アクセス権限四等級。トップシークレット含む全権限の開放。無防備にも程があるね」


 呟きながら絵海は里香の首に許可証をかけた。途端に一瞬肩を震わせたように見えたのは気のせいだろうか。


「首絞め殺さないでよ」


 大きなため息が零れ落ちる。里香の想像は既に人生一周分でも遅れているのだろうか。あまりにも厳しい目つきにあきれ返って肩を竦めた。


「私は目的のない殺しをやるほど落ちぶれてない」


 そんな言葉のひとつにどれだけの説得力があるものだろう。あまりにも里香を殺し過ぎた。そんな事実が服をも突き抜け肌を刺す。その事実は針のように鋭くて思わず目を背けてしまうものだった。


 そこからの展開はあまりにも早くてうまく進みすぎていた。


 権限の見せつけによって警備の目を誤魔化して中へと入り続いて通りかかる同じ顔をした醜い男たちに会釈しながら廊下を進み続ける。余裕に満ち溢れているためだろうか、絵海は廊下の壁を眺めて緊急用のシャッター開閉ボタンを指して頷きながら進んでいた。機械のある部屋へと入り込む。


「これを破壊すれば」


 絵海が実験備品室へと向かおうと足を進め始めたその瞬間に起こされた出来事だった。元気いっぱいだったはずの里香は突然気絶して楓は里香を抱える。


「もしかして」


「多分、一旦向こうに行ったね」


 機械の世界へと入り込んでいた。そう推測した。


「帰ってくるまでの我慢だよ」


 絵海は先ほど止めた足を再び進め始めた。


 残された楓、その腕にしっかりと包み込み、里香の顔を覗き込む。整った顔は少しふっくらとしていて長いまつげは時たま力の入るまぶたによって微かに動かされ、楓の中に眠るざわざわとした気持ちを撫でては揺り起こそうとしていた。


「果たしてどうなるかな、耐えてくれ、私」


 呟いた。静寂の中心地よい想いを抱きながらぽつりと柔らかな気持ちを込めた言葉を無機質な床に落として。

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