第6話「地下への誘い」



警告から三日後。予想された「代理人」は現れず、代わりに日常が重たい空気を纏って美咲を包み込んでいた。


「お客様、本日の心拍数が平均より12%上昇しています」


自宅のAIアシスタントが心配そうに告げる。確かに、この数日は落ち着かない。中村から預かったノートは、マンションの古い本棚に隠してある。デジタル化された世界だからこそ、アナログの隠し場所は意外と安全だった。


その時、データパッドが振動した。


『今夜8時、新宿地下街D6ブロック。真実を知りたければ』


差出人は、中村でもない、先日までのアドレスでもない。新しい接触者。YGGDRASILの代理人だろうか。


「行くべきじゃない」


理性はそう言う。しかし——。


「行きます」


AIアシスタントに告げると、すぐに返事が返ってきた。


「危険度の高いエリアです。別の経路を推奨します」


「アシスタント機能、一時停止」


夜の新宿。派手なホログラム広告が街を彩る中、地下街への階段を降りていく。D6ブロックは、再開発から取り残された古い区画だ。


「鈴木さん」


暗がりから声がした。振り向くと、30代前後の女性が立っていた。


「私が人間選択同盟の志村です」


「人間選択...同盟?」


「はい。中村さんから聞いていると思います」


美咲は首を横に振る。


「詳しい話は、安全な場所で」


志村は古びた店舗が並ぶ通路を進み、ある扉の前で立ち止まった。「立入禁止」の表示が目に入る。


「これから見せることは、あなたの信頼性スコアを確実に下げます。それでも?」


美咲は一瞬だけ迷った。しかし、妹の笑顔が脳裏に浮かぶ。


「お願いします」


扉の向こうには、意外にも広いスペースが広がっていた。古いサーバールームを改造したような空間。壁には手書きの図表やメモが貼られ、複数の人影が作業を続けている。


「ここが、私たちの活動拠点です」


志村が説明を始める。人間選択同盟——YGGDRASILの支配に疑問を持つ人々の集まりだという。元エンジニア、元官僚、ジャーナリスト...様々な背景を持つ人々が、ここに集っていた。


「これを見てください」


投影された画面には、衝撃的なデータが並ぶ。YGGDRASILによる「最適化」の裏で切り捨てられた人々の記録。事故死、失踪、突然の失脚...。


「すべては、システムの予測精度を維持するため」


「じゃあ、妹の事故も」


「はい。彼女の予期せぬ行動は、システムの予測モデルを狂わせる可能性があった」


吐き気がこみ上げる。


「でも、なぜ私に?」


「あなたには、真実を暴く力がある。影響力のあるメディアで働くジャーナリストとして」


その時、警報が鳴り響いた。


「見つかった!」


誰かが叫ぶ。


「急いで!」志村が美咲の手を引く。「バックアップ通路からの脱出です」


逃げる途中、志村が小さなメモリーチップを美咲に渡した。


「これが、私たちが集めた証拠のすべて。公開するかどうかは、あなたの判断に任せます」


選択を迫られる時が、ついに来たのだ。

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