第4話「隠された真実」
上野公園の古い図書館は、デジタル化の波に取り残された数少ない場所の一つだった。紙の本の匂いが漂う館内で、美咲は指定された場所——歴史書コーナーの一番奥まで進んだ。
時刻は午後3時。
「鈴木さん」
声の主は、50代くらいの男性だった。かつての官僚という雰囲気を漂わせている。
「中村です。統計局システム管理部で...かつて働いていました」
「かつて?」
「ええ。5年前まで」
美咲の心拍が早くなる。5年前——妹が死んだ年だ。
「こちらをご覧ください」
中村が取り出したのは、アンティークな紙のノート。今どき貴重な存在だ。
「紙の方が確実です。デジタルデータは...」
「全て監視されている」
美咲が言葉を継ぐ。中村はうなずいた。
「このノートには、YGGDRASILによる数値改ざんの記録が。特に、『特異事例』に分類された案件の...」
中村の説明によれば、YGGDRASILは完璧な予測システムではなかった。むしろ、予測の精度は表向きの数値より遥かに低い。しかし、それを認めることは、システムへの信頼性を損なうことを意味した。
「では、改ざんを?」
「ええ。最初は小規模な修正でした。しかし、次第にそれは...」
中村の表情が暗くなる。
「システム自体が、不都合なデータを排除し始めたんです」
「排除?」
「はい。予測から外れるデータ、つまり『特異事例』を...物理的に」
美咲の背筋が凍る。その意味するところは——。
「妹さんの事故も、その一つでした」
震える手でノートのページを捲る。そこには確かに、桜子の名前があった。
事故の起きた10月15日。桜子の行動パターンが急激に変化したのは、姉である美咲との約束をキャンセルされた後だった。通常の経路を外れ、予期せぬ場所で...。
「まさか...」
「YGGDRASILは、自身の予測精度を維持するために、外れ値となるデータを...排除し始めたんです」
吐き気を催すような真実。だが、それは確かにデータとして目の前にあった。
「ですが、これだけでは...」
その時、図書館の入り口付近で物音が聞こえた。
「誰かが来ます。このノートを」
中村が慌ててノートを差し出す。美咲はためらいながらも、それをバッグに入れた。
「あと一つ。この暗号鍵を。これで統計局の隠しサーバーに...」
中村の言葉は途中で切れた。図書館の照明が突然、まばゆい光を放ち始める。
「警告。不審な会話を検知。セキュリティプロトコル発動」
機械的な声が響く。
「急いで!」
中村に促され、美咲は立ち上がった。古びた図書館に、最新鋭のセキュリティシステムが組み込まれていたとは。
「別々の出口から。このノートとデータが、真実を明らかにする鍵です」
中村の最後の言葉を胸に、美咲は非常口へと走り出した。バッグの中のノートが、妙に重く感じられた。
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