エピローグ

「——なげぇよ、あんちゃん。 俺はお前さんがここにぶち込まれた理由を聞いたんだぜ。決して脳内妄想を聞かせてくれと頼んだわけじゃねぇ、長すぎて途中で何回か寝ちまってたわ」


 中年の男が生やした無精ひげを撫でながら気だるげに言う。


「本当だ。嘘は1つもない」

「ははん、俺ァわかったぞ、クスリだな? お前さんヤクで頭やられちまったんだなぁ、可哀想に」


 今まで長々と喋り続けていたことを妄想だと思ったのか同情の目を向けた。


「別に信じてくれなくてもいいが、薬ではない。勝手に憐れむな」

「悪かったって。ただ、仮に今の話が本当だとしたら相当キモいし、間抜けだなぁ」


 ケタケタと人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべる男。


「なぁ、今の話で小説一本書けちまうんじゃねぇか? タイトルは俺が考えてやるよ。そうだな、無職と無色透明のダブルミーニングで『むしょくせいかつ』とかどうだ、悪かねぇだろ?」

「すまんが当分、小説は書かないと決めてるんでな。滅多なことがない限り書くことはない」


 男が「そうか、残念だ!」と笑う男に冷たい目を向けていると突然扉が開けられ、「62番接見だ! 62番!」と、声が響いた。


「あんちゃん、あんちゃん! 呼ばれてんぞ」

「……あぁ、俺が呼ばれたのか。別のやつだと思った」

「ここには、俺とお前さんしかいねぇじゃねぇか」

「それもそうだ。誰だろうな、俺に会おうとする奴なんて」


 重い腰を上げて一歩、二歩、三歩進んだところで振り返る。


「……そのタイトル、案外嫌いじゃない」


 そう言い残して、担当官と共に接見室へと向かった。


 接見室に入ると、アクリル板の向こうで待っていたのは、紺のスーツ姿をした、茶色い髪の女だった――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『むしょくせいかつ』 悠木 亮 @yuk1_ry0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ