第2話 ただの幼馴染じゃ納得できない!

どうして明日はくるのだろうか。みんながみんな、明日を願っているわけではないのに。それでも明日はみな平等にやってくるし、やってこなければそれはそれでどうして明日がやってこないんだと嘆くだろう。

それでも、今日が来なければよかったのにと思ってしまう。


自分の行動にここまで後悔することになるって知ってたら、あんなことしなかったのに…くっ、あの日私を殴ってやりたい!


「はあ~、今日行きたくなーい…」


いや、厳密には行きたくないわけではない。高校の制服を採寸しに行くことに関してはすごく楽しみだし、高校生活には胸を高鳴らせている。

ただ…会いたくないのだ、玲衣に。自分からあんな行動しておいて、どんな顔して会えばいいのか分からないなんてあまりにも不甲斐なさすぎる。

そして、そんな自分にひどく失望する。


制服の採寸なんて一人で行けばよかったのかもしれない。でも約束してしまったことを今更破るわけにはいかないし、たぶん玲衣は相変わらずなんともなさそうな顔を向けてくる。

あれから一週間が経ったとしても、私たちはただの幼馴染だった。


☆☆☆


「ごめん、待った…よねぇ…ははっ」


約束の時間から三十分、私はやっと玄関のドアを開ける。

目の前にはしかめっ面の玲衣が立っていた。


「…ありえない。」

「ほんと、ごめん…今度おごるからさ!」

「またそれ…はあ、とにかく早くいこ。遅れる。」

「は、はーい…」


玲衣がそそくさと歩き出した。私も一歩遅れて歩き出し、彼女の隣に並ぶ。チラチラと横目で何度か玲衣の顔を見る。相変わらずつまらなさそうな顔をして、てくてくと駅に向かっている。


私と玲衣の家は隣同士で、駅方面に向かうなら私の家に、中学校、海方面に向かうなら玲衣の家に待ち合わせすることになっている。駅までは歩いて二十分くらいで、電車に乗ってからも三十分近くは体を揺さぶられることになる。近いとも遠いとも言えない距離のはずなのに今日はやけに遠く感じる。


どうして私たちが通う高校の制服はこの近くでは取り扱ってないのよ…


「遅れたら、羽澄のせいだから。」

「うっ…だ、大丈夫!こういうこともあろうかと、三十分早めに待ち合わせしてるし!…うん…」

「ないとうれしいんだけど。」

「で、ですよね~」

「そんなアホみたいなこと言わないで、もう遅れないようにして。」

「うん、わかってるよ~…」


本当に、何も変わらない。まるで意識しているのは私だけかのように思えてくる。いや…その通りなのだろう。むかつく。

別に意識しなくてもいいけどさぁ~、何もないかのように接するのはどうかと思うんだけど…ただの幼馴染なんて関係にはもう収まらない。そういうことをしてしまったのだから。私はもう、ただの幼馴染なんて言葉には納得できない。

かといって、新しい関係になりたいと思うわけでもないから困る。


私は玲衣と、幼馴染でいたい。幼馴染という関係は今から作ろうと思ってても、もう作れない関係で…幼馴染という言葉に不満はないし、できれば変えたくもない。

けれど、ただの幼馴染には凄く引っかかる。


「ついたぁ~!思ったより人乗ってたね、冬なのにあっつーい!」

「そう?全然寒い。早くいこ、結構距離あるじゃんお店。」

「そうだね!玲衣の制服姿たのしみ」

「そう。」

「うん~」


てくてくとお店に向かう。さっきよりも玲衣の歩く速度が速くなっているが、大した問題じゃないと思いながらわざと歩くスピードを遅めてみる。けれども玲衣は振り返りなんかしない。そういう人である。

こういうとき、振り向かない玲衣の心の内を心底覗きたいと思う。


どうしてこんなにも薄情なことができるの…!


そうこう考えているうちに、これから制服の採寸をするお店に着く。お店はいかにも個人経営っぽい雰囲気を漂わせているが、店内は広そうだしきれいだ。それに採寸が終わったであろう人たちが二、三人出てくる。

そこにぼんやりと見たことのあるような顔が見えた。

その子もこっちに気が付くと、顔がぱあっと明るくなったのを感じる。


「玲衣!に、西城さん、久しぶり」

「…?あぁ、加奈。久しぶり。」

「同じ高校だったんだね!よかったぁ、知り合いがいて。これから採寸?」

「うん。採寸、終わり?」

「終わりだよ!これからちょこっと高校をチラ見してくる!じゃ、またね」

「うん。」


玲衣の数少ない友達の一人ね…ふぅーん。

別に、いいけど。よかったわねぇ玲衣、友達がいて…ふん!


隣にいた親らしき人物がぺこっと頭を下げてきて、玲衣と私も頭を下げるとそのまま姿が見えなくなっていく。


「羽澄、いこう。」

「う、うん」


ちりんちりんと扉についてた鈴がなると、感じのいい女性が出迎えてくれた。


「予約してた、泉と西城です。」

「…はい!お待ちしておりました、こちらの方へどうぞ~」

「はい。」


玲衣の後ろをついていく。

髪が少し伸びたような気がしたが今はそんなものどうでもいい。

腹の中がむかむかする、あんなのを見てしまったからに違いない。

気持ちが悪くて、早く収まればいいのにと思う。


「じゃあ、先やってくる。」

「うん、見てる」


玲衣の採寸が始まり、じっとその様子を見る。採寸といっても簡単な採寸だけで、

肩幅、ウエストの順に測っていき、最後に身長を測られる。

別に変な触り方をしていたわけでも、距離が近すぎたわけでもないけれど、腹に広がったむかむかはいつの間にか胸のあたりまで広がってきたのを感じた。


きにいらない…なにかかすごく、きにいらない…


「羽澄、次。」

「…うん、行ってくる」


次に私の採寸が始まる。玲衣もじっと私を見ているけれど、表情は変わらない。

いつもなら何も気にならないはずなのに、今は不満に思ってしまう。

むかむかがぜんしんに、広がっていく。


「は~い、おしまい。あとは試着してみて、だいたいのサイズをきめるからね。」

「はい。ありがとうございます。」

「ありがとうございます」


そそくさと玲衣が試着用の服を選びにいって、私も選びに行く。


「…これくらいかな~、どう?」

「いいんじゃない。」

「玲衣は、それ?もっと背のびるかもしれないよ?」

「多分伸びないから。それに、今は関係ない。」

「ふーん?たしかにね」


玲衣が試着室に入っていく、むかむかが全身に広がってしまったからだ。このむかむかを、どうにかしなければならないから…わたしはこんなことを口にする。


「なっ…出てよ、羽澄。」

「…いいじゃん、一緒に着替えよ」

「よくない。」

「いいの、着替えてくれなきゃ、嫌いだから」


意味の分からないことを言っている自覚はある。それでも、気持ちの悪いこの感情をはやくどうにかしたい…でも、嫌われたくはない…

私の理性がちゃんと働いたことをほめるべきだと思う。私自身、ほめるべきなのにこの逞しい理性が、なければとも思う。あの時みたいに。


…ただこれだけで嫌われはしないと思うけれど、今は小心者でいい。




「って、冗談よ~!玲衣、驚きすぎ!」

「…驚くだろ。」

「そーですかね、ま、急いでね!はやくみたいし」

「うん。」


ふぅ…今はカーテン一枚がありがたい。物理的な距離が私の心を落ち着かせる。

このまま心を氷点下まで下げて、何事もなく終わればいい。


「…おまたせ。」

「え、似合ってるじゃん!ネクタイにするんだね、似合ってる!」

「うん、リボンは好きじゃないから。」

「確かに想像できないかも、私も行ってくるね」


逃げるように試着室に入る。

かわいい、似合うとは思っていたけど、思ってるよりかわいかった。

するすると着替えていき、鏡を見て服と髪を整えていく。そろそろいいだろうと試着室を出ようとすると、カーテンが開かれ誰かがはいってきたのを感じそのままカーテンを閉められる。


「え?え…どうしたの、玲衣」

「…別に、一緒に着替えようって言ってきたから。」

「でも…玲衣は着替え終わったじゃん…」

「羽澄も、終わってる」


それなのにどうして玲衣は出ていかないのだろう。首元に視線を感じ、沈黙が流れ、居心地が悪い。逞しい理性が水に溶けてしまいそうになるし、氷点下まで下げようとしていた心は1600万度まで達しそうになる。



「もう、いいでしょ、でよ」

「…羽澄、ネクタイにしなよ。」

「なんで?りぼんも、かわいくない?」

「…」


首元についてるリボンを引っ張られ、玲衣が前かがみになってしかめっ面で私を見てくる。どうしてしかめっ面をしているのかわからないし私よりもちょっとばかし背の高い玲衣が、上目使いをしているかのようになったのもいけない。全部が、いけなかった。

玲衣の、唇にを見てしまう。

このまま唇を重ねてしまえば、このむかむかも消えるような気がして私は彼女のネクタイをつかみ、グっとひっ張り上げる。驚いたのか、玲衣の体がびくっと反応して唇が重なる。何秒も重ねたわけじゃないけれど、何分も経ったように思えてゆっくりと唇を離す。

予想通り、むかむかは薄くなって、熱だけが残る…


それになんとなく、自分の気持ちがわかった気がした。

たぶん玲衣も、同じだよね…?


「はすみっ…また…」

「…嫌、なわけないよね。それなら…」

「はぁ…なに。」

「わたしね…ただの幼馴染って言葉、納得できない」

「…それ、どういう意味…」


また、玲衣が何かを言ってほしそうな顔をする。

前はわからなかったけれど、今は言ってあげられる気がする、安心して!玲衣!


「わたし、わたし!」

「……」


「わたしね、玲衣とはキスする幼馴染だと思うの!」


「…は?」

「玲衣もそう思ってたんだよね!あーすっきりした」

「…あ、そう」

「へへ、早く気づければよかったー、ごめんね?玲衣」

「…いい。終わったなら、早く帰ろう。」

「うん!あ、そうだ。今は気分がいいから、ネクタイにしてあげる~感謝しな!」


バシッと玲衣の背中をたたく。心にまだちくっと刺さっている棘の存在には気づかずに、思ったよりも時間をかけずに自分と玲衣の感情を解き明かせたことへの達成感を感じ、晴れやかな気分になる。



玲衣、これで私たちは両思いだね!








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る