007 鳥かごの外で②

「ムゥ……」


 ムスッと腕を組んだアリアは、左頬を押さえ俯くトロワを睨みつけていた。

 汽笛の音も、列車の走行音もいやに耳に残るほど、四人がけの客室はひどく静まりかえっていた。


「……で、記憶が消えなかったと?」


 トロワの隣に座り腕を組む大男、グラウルは片目を開けて言った。


「……はい」


 と、トロワは力なく返した。

 丘での威勢は最早見る影もない。窓側の壁に頭をつけ、しおらしくなっていた。

 だが、それでもアリアの怒りは収まらなかった。


「――いや、『はい』じゃないでしょ! あれ地味に痛かったんだから! あと、秘匿だの秘密だの知らないけど、じゃあ、いい景色が見たいっていうのは嘘だったの!? 人の親切、無下にしてさぁ!」

「……う、……あ、……そう、なっちゃいますね……」


 ギリリと、アリアの奥歯が鳴った。

 なにが『なっちゃいますね』だ。その嘘で踏みにじったものはなんだ。霊園のある丘を案に出してしまった時の後悔、より楽しんでもらおうという好意、そして母に関する独白だ。コイツを案内しなければ、母について聞かれなければ、二度も憂鬱になることはなかったのだ。

 もう一度何か言いたかったが、不思議なことに言葉が喉元に引っかかって出てこなかった。それほどまでに、頭に血がのぼっていた。


「――さすがにそれはダメだよ、トロワ君〜」


 アリアの隣に座った短髪で細身高身長な女性、セシリアが、二人の険悪な雰囲気に陽気な口調で割って入った。


「おいセシリア。お前どっちの味方だよ」

「グラウルは黙ってて。アリアちゃん、だっけ? ほら、座って座って」


 宥められ、アリアは渋々座る。同時にセシリアの話し方に、どこか既視感を覚えた。


「ねぇトロワ君、機密を守るためとはいえ、ちょっと手荒すぎ! あと、初対面の人にここまでしてくれる人ってなかなかいないよ? 親切にしてもらったら、男の子は紳士にならないと!」


 遠くもなければ近くもない。外れてはいるが、確かに的を掠めている。そんなセシリアの喋りに、アリアの調子は狂った。

 そして冷静になって、既視感の正体が分かった。


「でも、それがきっかけで私たちの仲間になってくれるんでしょ? 女の子が仲間になるなんてなかなかないし、なんか〝運命〟って感じがするなぁ〜!」


 ――あぁ、きっとこの人だ。トロワの演技のもととなった人。


 興奮気味に足をパタつかせる振動が、座席を通して伝わってくる。

 目算二十歳ほどの端麗な容姿とは裏腹に、子供のような落ち着きの無さ。

 まさに残念美人だ。


「……話を戻、いや、いいか。んで、お前さんは俺らの仲間になって何がしたい?」

「何って、それは――」


 アリアはトロワを再び睨んだ。すると、彼は渋々コートのポケットから指輪を取り出した。


「そいつは?」

「母さんの指輪。アンタ達がエンブリオって呼んでるやつから、これが出てきた……。音信不通になって、行方不明になったと思ったらこれよ。何かある……。絶対に関係ある! だから私は――」


 溢れる感情のまま口は動く。確かに不安はある。恐怖も、困惑も。だが、


「――何としてもお母さんを見つけ出したい、それだけよ……!」


 それ以上にアリアの決意は固かった。

 緊張の入り混じった武者震いは、彼女の葛藤と決意を体現していた。

 だが、それに水をかけるようにトロワは呟いた。


「……でも、それでも僕は、」


 指輪を握り込み、彼は吐き出すように言った。


「――やっぱり帰ったほうがいいと思うんです! アリアさんのお母さんは、僕たちが探しますから……」

「……は?」


 もう一度、アリアはトロワを睨みつける。だが、彼は怯まずに続ける。


「アリアさんのお父さんはどうするんです!? もしお母さんに会えなかったら、もし戦いの末アリアさんが死んでしまったら……。もしそうなったら残された人は……!」

「――トロワ!」


 野太いグラウルの声がトロワを制止した。


「そこまでにしとけ……。今度はお前が冷静になる番だ」

「……すみません、つい」

「まぁ、どちらにせよ話はここまでだ。もうすぐ着くぞ」


 グラウルは荷物を担いだ。


「……着くってどこに?」

「あぁ、それは――っと、」


 そうグラウルが言おうとしたところで、セシリアが「あ、それ言いたい!」と駄々をこねた。

 ため息を吐き、彼は『どうぞ』と手を差し出す。


「先進試験都市、アヴニールだよ!」

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