15:心に浮かんだのは
「そっか。漣里と花火大会に行くんだ。まさか漣里から誘うなんてねえ。ほんとに真白ちゃんのこと好きなんだなあ」
「すっ!? い、いや、好きっていっても、特別な『好き』ではないですからっ」
「え? じゃあなんで誘われたと思ってるの?」
「友達だからでしょう」
「………」
即答すると、何故か葵先輩は片手で額を押さえて俯いた。
「頭が痛いんですか? 大丈夫ですか?」
「……ねえ、真白ちゃん。話があるから聞いてくれるかな」
葵先輩は手を下ろして立ち止まった。
つられて私も止まり、身体の向きを変えて、真正面から彼を見つめる。
「? はい」
なんだろう。
葵先輩の顔はすごく真剣で、ちょっと怖いくらい。
「僕は君のことが好きなんだ。付き合ってくれない?」
葵先輩は真顔で私の手を取った。
「…………え?」
ちょっと待ってください?
なにこの急展開。
私のことが好き?
私の一体どこに葵先輩の気に入る要素があるっていうんだろう。
成績も容姿も普通。褒められるような特技もなし。
私の魅力を挙げてくださいっていうアンケートを取ったら全員白紙で出されてしまいそうなレベルなのに?
「僕は真白ちゃんと漣里が好き合ってるように見えたから諦めてたんだ。でも、いま話を聞いて、そうじゃないってわかった。真白ちゃんは漣里のことが好きなわけじゃないんでしょう? だったら僕と付き合ってよ。絶対に後悔させない。大事にするから」
「え、いや、でも……」
「僕の彼女になるのは嫌?」
葵先輩は私の手を持ち上げて屈んだ。
私の手が自分の唇に触れる寸前で止まり、上目遣いに私を見つめて甘く微笑む。
「――――!!?」
予想だにしない行動に、心臓が爆発しそう。
ちょっと待って?
本当に待ってください!?
急展開すぎて脳がついていけないんですけど!?
「え、え、えと、あの……」
王子様の相手役はお姫様じゃなくちゃいけない。
こんな展開が許されるのはシンデレラだけだ。
物語の世界だけでしょう!?
私じゃダメだ。
私なんかじゃもったいない。
それに――それに、何より――
ふっとよぎったのは、私の手を握った漣里くんの手の感触。
あの手と、この手の温もりは、違うんだ。
そう思った瞬間、私は葵先輩の手から抜き取るように自分の手を引っ込めていた。
「……すみません。お気持ちは嬉しいんですが、無理です。先輩の彼女にはなれません」
だって、気づいた。
たったいま、気づいてしまった。
この手じゃないって。
『違う』って、心が強く訴えた。
皆から王子様と讃えられている人でも、違うんだ。
私の心にいるのは、この人じゃない。
「いま誰の顔が思い浮かんだ?」
「……漣里くんです」
「そう、良かった」
「良かった?」
ふられたにしては違和感しかない台詞に、私はきょとんとしてしまう。
「ごめん、いまの告白は嘘なんだ」
ええええええええええ!?
人の心臓を爆発寸前まで追い込んでおいて!?
唖然としながらも、心のどこかで納得していた。
でも、確かに手は簡単に抜けたんだよね。驚くくらいにあっけなく。
それはつまり、葵先輩がそれほど力を込めて私の手を握っていなかったという証拠。
「二人を見てたらじれったくなっちゃって。でも、これでハッキリわかったでしょ? 自分の気持ち」
「それは……まあ……」
赤面して俯く。
――私は漣里くんのことが好きなんだ。
葵先輩に、はっきり自覚させられてしまった。
そうか、私、漣里くんのことが好きだったのか……。
思い当たることはある。
というより、思い当たることしかない。
漣里くんと知り合ってから、私、彼のことばっかり考えてたもの。
彼から連絡が来てないか、無駄にスマホをチェックしたりしてたし。
くだらないラインのやり取りをするだけで楽しかったし、会うたびに胸がドキドキした。
つまり、総じて、好きってことだ。
「……でも、やっぱり、どんな理由があろうと偽の告白はズルいですよ」
唇を尖らせる。
「ごめん」
葵先輩は素直に謝り、それから微笑んだ。
「明日は楽しんできてね。うちの不器用な弟のことをよろしく。できれば末永く」
「末永くって……何の話なんですか、もう。そもそも漣里くんは私のことを友達としか思ってませんよ」
「……。うん。はっきり言わない漣里が悪いね。帰ったら発破をかけとこう」
「え? いま何か言いましたか?」
声が小さくて聞き取れなかった。
「ううん、なんでもない。さ、帰ろう。真白ちゃん。遅くなるとご両親が心配するよ」
そう言って、葵先輩は歩き出した。
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