第2話 冒険者登録

 何度もメガネの位置を調整しながら僕の顔を見つめる職員。

 カウンターから体を乗り出してまで僕がニトであることを確認したいようで、鼻がぶつかりそうになるほど飛び出してきた。


「そ、そうですけど……ちょっと落ち着いて……」

「落ち着いてって、何言ってるんですか!?冒険者登録に挑戦したパーティが一人残して全滅したと聞いて……いったいどれだけ心配したと思ってるんですか!?」


 心配しているというよりは怒っていると表現したほうがいい様子の職員をカウンターの奥に押し返す。

 まぁ確かに昨日のうちに報告に来てたら必要以上の心配をかけることもなかっただろう。

 自分の落ち度を認めて深く頭を下げることにする。


「それは……すみませんでした。昨日のうちに顔を出せばよかったですね……」

「そうですよっ!なんで昨日いらっしゃらなかったんですかっ!?」

「そ……それは……」


 助けてくれた人物とマジマジと顔を合わせると惨めになるから、とはいえずもじもじしていると職員はとりあえず落ち着きを取り戻すように息を吐いた。


「とりあえず無事で何よりです。ニトさん、本当に心配したんですから……」

「すみません、報告が遅れて……」


 本当に心配してくれていることが分かり、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 栗色の髪を頭の横で団子にして垂らした毛先が大きく揺れる頭に続いてなびく。

 謝罪を受け入れてもらいながら背嚢からロックリザードの牙を提示した。


「これ、お願いします。」

「確認しますので少々お時間いただきますね。」

「はい。」

「他のパーティメンバーさんは残念でしたね……」


 その言葉を聞いて胸の奥が痛む。

 昨日ここを出るときは六人だったのに帰ってこれたのは僕一人。

 僕よりも少し若く、まだまだこれからだったはずだ。

 その未来を自分が奪ってしまったような気がして握り込んだ手に爪が食い込む。


「あまり思いつめないでくださいね。」

「そう……ですね……」

「……えぇっと、確認するまでの間あちらでお待ちください。確認が済み次第また声をおかけしますので。」


 僕の雰囲気がいたたまれなくなったのか、少し言葉を濁しながら時間をつぶすように休憩スペースを案内される。

 小さく会釈して促された方向に移動し、休憩用の椅子が並んでいる中の一つに腰を下ろした。

 思い詰めるな、と言われてもすぐにすぐ忘れられるものじゃない。

 見殺しにしてしまったメンバーのこと、恐怖で体が動かなくなったこと、一つ一つが心に突き刺さって気持ちを前に向けるにはもう少し時間が必要そうだ。

 長居する気はないから登録が終わったらとりあえず簡単なクエスト受けて帰ろうと思い、張り出されているクエストボードに目を向ける。

 冒険者として登録されると、最初は一番低いFランクから始まる。

 一番高いランクはSでその次がA、Bといった感じ。

 Fランクで受けられるクエストは町周辺の薬草採取や小型のはぐれモンスターの討伐など。

 ダンジョンに潜る必要もなく危険性はかなり低い。

 だからと言って気を抜くつもりはない。

 そのせいでとんでもない目にあったばかりだから。

 そんなことを考えながら依頼書を見つめて受けられそうなものを探していく。


(ポーション用の薬草採取、打ち身や捻挫に効く塗り薬の原料採取、一角ウサギの狩猟……今受けられそうなのはこれくらいかな?)


 冒険者になって初めての仕事だし、手始めに一番簡単で危険の少ない採取クエストを選ぶために目的となる依頼書を掴んでボードから引き剥がした。

 ちょうどその時、ギルドのドアがガチャリと音を立てて開き、そこへ冒険者らしき風貌の人物たちがゾロゾロと入ってきた。

 先客となる僕を横目に見ながらカウンターの呼び鈴をチンチン鳴らして受付を呼び出す。

 何かのクエストの朝帰りなのか、眠そうに目をこすりながら不機嫌そうに荷物をカウンターへ放りだし、急いで姿を見せた受付嬢へ言葉少なく伝えると僕とは反対側の休憩スペースへ向かってドカリと座った。

 それを皮切りにだんだんと冒険者たちがギルドへ姿を現し始めてあっという間に賑やかになった。

 カウンターにもいつの間にかたくさんの受付嬢が待機して、冒険者たちの相手で忙しそうに話をしている。

 まだ冒険者として登録を受けていないこともあって少し居心地が悪いからできるだけ部屋の隅へ移動し、目立たないように小さくなって呼び出しがかかるのを待っていると、カウンターの奥から僕の対応を受けていた受付嬢が姿を表して大きな声を上げた。


「ニトさーん!ニト・アルスターさーん!確認が終わりましたので受付カウンターまでお越しくださーい!」


 ご丁寧にフルネームで呼び出されて体がビクリと震える。

 その名前がギルド内に響き渡った瞬間、全員が静まり返って周囲を見渡し始めた。

 周囲からヒソヒソと囁く声が聞こえ始め、次第に大きくなっていく。

 走行していると予想通り、部屋の奥から聞き覚えのある声が響いてきた。


「おい聞いたか、ニトだって?なんでニトが冒険者ギルドにいるんだよ?」


 チクリと胸の奥に突き刺さる棘のある言葉が続く。


「はぁ?ニトがここにいるわけ無いだろ?ここは冒険者ギルドだぜ?」

「だよなぁ?冒険者っていやぁ危険と隣り合わせ。俺達みたいにスキル持ちでもなけりゃ犬死にするだけだもんなぁ。」

「それそれ!なんのスキルも与えてくれねぇ神の祝福なんてなぁ!笑っちまうぜ!」

「まぁでも仕方ねぇんじゃねぇの?あいつはあのニムレス・アルスターの子供だからなぁ。神様はちゃんと見てるってことさ。」


 歩き出そうとした足が一瞬止まりかけ、小さく息を吐きながら相手にするだけ無駄だと思い直して受付カウンターへ向かって歩いていく。

 その姿が目に留まったのか、これでもかとヤジを飛ばし始めた奥の連中を無視して呼び出した受付嬢の前に移動した。


「あっ!ニトさん、お待たせしました。確かにロックリザードの牙、確認しましたよ。おめでとうございます。これでニトさんもFランク冒険者ですね!」


 そう言いながら満面の笑みを浮かべて僕の名前と冒険者ランクが刻まれた金属製のタグを差し出した。

 窓から差し込む光を受けて鈍く輝くそれは僕にとって憧れでありこれから背負っていく枷のようにも感じて、受け取ろうとした手が一瞬ためらって止まった。

 その瞬間、またしても遠くからヤジが飛んできた。


「はぁ?嘘だろ!?ニトのやつが冒険者だと?」

「昨日一緒に行った奴らを見殺しにして帰ってきて、自分ひとりだけ冒険者になるってのか?」

「信じられねぇ……やっぱアルスターの血ってやつなのか?」


 アルスターの血。

 その言葉を聞いて堪忍袋の尾が切れる瞬間、突然受付嬢が伸ばしかけていた僕の手を掴んでタグを握らせるとカウンターを両手で叩いた。


「ちょっと!さっきから聞いてたら何なのよ!いい加減にしなさい!」


 今にもその冒険者に飛びかかりそうな剣幕でカウンターを乗り越えようとしている。

 その姿を見て切れそうだった気持ちがどこかへ消え去り、慌てて肩を抑えて制止する。


「ニトさんがなにも言い返さないからって、言っていいことと悪いことがあるでしょ!そんなこともわからないの!?」

「はぁ?なんだ!事実だろうが!スキル持ちの前途有望な連中を見殺しにしてなんのスキルも持ってねぇ無能力者だけがノコノコと帰ってきやがってよぉ!」

「そんなやつが冒険者になって何ができるってんだ!」

「ギルド指定のクエストをクリアすれば誰だって冒険者になれます!スキルを持ってなくてもちゃんと仕事してくれてる方だってたくさんいるんですから!」

「馬鹿言ってんじゃねぇ!そんな誰でもできるFランククエストなんざ、冒険者じゃなくてもできるんだよ!」

「ギルドが発行するクエストは冒険者にしか受注できません!Fランククエストだからってバカにしないでください!」

「もういいですから……」


 ヒートアップしていく受付嬢と遠くの冒険者たちの間に割って入るように会話を遮って、手に持っていた依頼書を提示する。


「あっ!早速依頼を受けてくださるんですね!ありがとうございます。あんな人達無視してがんばってくださいね!」

「うん、ありがとう。それじゃ……」


 そう言って立ち去ろうとしたとき、まだ言いたいことがあるのかしつこくヤジが飛んでくる。


「はっ!女に守られてばっかでダッセェやつだぜ!」

「今度は誰を盾に生き延びる気だ?ハハハ……」


 息巻いて散々悪口を吐き、ゲラゲラと笑い始めた一行。

 その瞬間、大きな音を立てて椅子が弾かれてある人物が勢いよく立ち上がった。


「バカみたい……」


 突然のことに室内が静まり返ってその一言だけが響き渡る。

 そして悪態をついていた一行を睨みつけたあと、僕の方を見てフンと鼻を小さく鳴らすと不機嫌そうにギルドから出ていった。

 あの口調と声色、そして腰に下げた特徴的な剣。

 暗がりではっきりとは覚えていないけどその姿には見覚えがあった。


(あの人……僕を助けてくれた人だ……)


 だからといってさっきの人と関わりを持つことはないだろう。

 あの身のこなしと剣さばきは只者じゃない。

 僕があの人と同じくらい強くなるには一体どれだけの時間が必要だろう。

 そんなことを考えながら静かになったギルドを後にして依頼をこなすべく街の外へ足を向けた。

 それにしてもこれからは嫌でもさっきの彼らとも頻繁に顔を合わせることになる。

 進む足取りはとても重く感じた。


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