第13話: 共闘の約束
アリシアと隆司の狭いアパートの一室に、微妙な沈黙が漂っていた。安っぽい蛍光灯の明かりが、彼らの顔を淡く照らしている。先ほどまでの緊迫した襲撃から数時間が経過したが、隆司の心の中には、まだ言いようのない焦燥感がくすぶっていた。
「あのさ……これからどうするつもりだ?」
隆司はソファに座りながらアリシアを睨むように見た。彼の手には缶コーヒーが握られているが、温もりはもうほとんど消えている。アリシアはと言えば、床に置いたクッションに優雅に腰掛け、膝を抱えるような仕草で顔を伏せていた。
「……どうするとは?」
「あの追跡者だよ! また来るだろうし、下手したら俺たち、いや俺が命を落とすかもしれないんだぞ!」
隆司の声は少し高くなった。それも当然だ。先ほどの居酒屋での襲撃を経て、自分がこの状況にどれだけ巻き込まれているのかを痛感していた。無関係なはずのバイト先が血なまぐさい空気に包まれ、自分自身も暗殺者に命を狙われたのだ。
「そもそも、なんで俺が巻き込まれなきゃならないんだよ。俺、普通の大学生なんだぞ! ごく平凡な!」
「平凡……か」
アリシアが呟いたその言葉には、どこか皮肉の色が混じっていた。隆司はそれに気づき、顔をしかめる。
「なんだよ、その言い方」
「何でもない。ただ……」
アリシアは顔を上げ、隆司を真っ直ぐに見つめた。その瞳には強い決意が宿っている。
「ただ、この状況を乗り切るには、そなたの力が必要なのだ」
「はぁ?」
隆司は思わず間抜けな声を出した。アリシアは膝を立てて立ち上がり、彼の方へと一歩近づく。
「隆司、私は魔法の力を失っている。この現代という世界では、私の力は十分に発揮できない。だが、追跡者たちは容赦なく襲い掛かってくる。私一人では……防ぎきれない」
その言葉を聞いても、隆司は納得できなかった。
「いやいや待てよ! なんで俺が――」
「だからこそ!」
アリシアが声を強めて隆司を遮った。その声には、普段の高飛車な態度にはない切実さがあった。
「だからこそ、そなたに守ってほしいのだ」
沈黙が二人の間に落ちた。隆司は彼女の真剣な表情に気圧されるようにして目を逸らす。アリシアがこんな風に「頼む」なんて言葉を口にするのは、これが初めてだった。
「俺に……守れって?」
「そうだ。私の力が戻るまでの間だけでいい。それまでは……共に戦ってほしい」
アリシアは視線を逸らさずに言った。その言葉には、誇り高い姫としてのプライドが感じられる一方で、自分の弱さを認めたくないという葛藤も垣間見えた。
「……お前な、簡単に言うけどさ、俺は普通の人間なんだぞ? 剣も魔法も使えないし、戦うなんて無理だ!」
「それでも……」
アリシアは少し声を震わせた。
「それでも、そなた以外に頼る者がいないのだ」
その一言に、隆司は反射的に目を見開いた。彼女の声には、かつて帝国の姫として全てを背負っていた者の孤独が滲み出ていた。
しばらくの沈黙の後、隆司は深く息を吐いた。
「分かったよ……。俺が守ればいいんだな?」
「本当か?」
アリシアの表情が、驚きと安堵にわずかに変わる。その様子を見て、隆司は肩をすくめた。
「断ったら泣きそうだったしな。俺、そういうのに弱いんだよ」
「泣きそうだったなど、そんなことはない!」
「いやいや、明らかにそうだっただろ」
アリシアはむっとした顔で彼を睨むが、すぐに微笑みに変わった。
「ありがとう、隆司」
その一言に、隆司は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「お、おう。でも約束だからな。お前の力が戻るまでだぞ?」
「分かっている」
その後、隆司は頭を掻きながらぼそりと呟いた。
「……とはいえ、どうやって戦えばいいんだ? またフライパンで殴るのか?」
「それも一つの手だが……」
アリシアが冗談めかして答えると、隆司は本気で頭を抱えた。
「いや、そこ真剣に考えてくれよ!」
二人はしばらくそんな調子で言い合いを続けていたが、どこか楽しそうでもあった。
こうして、異世界の姫とごく普通の大学生の「共闘」が始まることとなった。
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