72歳の高校生

浅野エミイ

72歳の高校生

 入学式。

 私も例外なく指定のブレザーを着て式に出席する。しかし、当然のことというか、周りから注目を浴びてしまった。なぜなら私は72歳。周りの若者たちとは57歳も違うからだ。

 式が終わって翌日。クラスメイトとはまだなかなか馴染めない。私が、というより、クラスの若者同士でもあまり話していない様子だ。そんな中、今日はテストだけで早く学校は終わった。

 帰り道、お昼ご飯を買って帰ろうとコンビニに寄る。すると、うちの学校の生徒が数人いた。なんだか通路に溜まっているなと思って様子を見ていると、何やら揉めている様子。……何が起きているんだ?


「おい、昼飯代あるなら、俺たちにも恵んでくれよ」

「で、でも……」


 赤いきつねを持っているうちの高校の生徒——多分ネクタイの色から脅されているのは私と同じ1年生。そして、金をせびっているのが2年生だ。カツアゲ、というやつか。いつの時代も変わらない。しかし、ここは見て見ぬふりをしているわけにはいかない。止めに入らないと。


「君たち、2年生だな」

「げっ先……って、制服? なんでジジイが制服なんて着てるんだよ」

「おい、こいつ新入生で入って来たってやつじゃねぇか?」

「……ふうん。ってことは1年。俺たちより後輩か。だったら金寄越せよ、ジジイ」


 まったく……何なんだ、彼らは。まぁ致し方ないか。私も学生のひとりであることは変わりない。だが、彼らの脅しに屈する気はさらさらない。


「私がなんで今更高校に入り直したかわかるかな?」

「知らねーよ! どうせ中卒だったから人生やり直してぇとかそんな理由だろ?」

「……君たちはわかっていない。切った張ったの世界に生きていないからね」

「切った張った!?」

「こいつ、まさか……そっち系だったんじゃ」

「くっ! 行くぞ!!」


 ……ふう、ようやく行ったか。私は赤いきつねを持った同学年の生徒に声を掛ける。

「大丈夫だったかな」

「あ、はい。ありがとうございました」

「赤いきつね……いいね。私もそれにしよう」

「あのっ! よかったら一緒に食べませんか? 近くの公園で」

「……君、私が怖くないのかね」

「怖いも何も、同じ高校に通っている生徒でしょ」

「いやはや、その通りだ」


 私と彼——村壁くんは、赤いきつねを購入すると、粉末スープと七味を入れ、カップに湯を注いで公園に向かった。


 ベンチに座ると、私はもう一度たずねた。


「君はその、切った張ったなんて言っている人間を怖くはないのかね」

「今のあなたはただの高校生じゃないんですか? あっ、まぁ違うと言えば違うか。72歳で高校に入学したんだから。でも学ぶのに年齢なんて関係ないですからね」

「ははっ、君は面白い子だね。私が割って入らなくてもあの2年生は怖くなかったんじゃないかな?」

「あれは怖いですよ」


 私は苦笑した。もしかしたら、私の本質に気づいているのかもしれないな、彼は。


「実は切った張ったの世界にいたなんて、嘘っぱちなんだ。戦前生まれでもない。私は中学を卒業してすぐに新聞配達をしていた、ただの無力な人間だよ」

「なんだぁ」

「気づいていたんじゃないのかね」

「そういうわけではないです。おじさん……あっ、お名前」

「田中です」

「田中さん、こんな年齢なのに高校に入ったってことは、きっと真面目な方なんだろうなって思っていました。だから、そんなに怖いと感じなかったのかも」

「そうか」

「……あの」

「ん?」


 5分経った頃だろうか。赤いきつねのふたを開ける前、村壁くんは言った。


「同じ一年生同士なので……よかったら友達になってくれませんか? こんなこと言うの、なんだか恥ずかしいんですけど。まだクラスのみんなよそよそしくて、友達が作れていないんです」


 彼のクラスもか。私と同じ悩みだ。強くうなずくと、私は手を差し出した。


「私でよければ。これからよろしく」


 年齢が違えど、悩むことは新1年生としてはおんなじで。72歳、初めての高校生活。さっそく友達ができたのは、幸先がいいのかもしれない。



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72歳の高校生 浅野エミイ @e31_asano

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