元魔王様、農家になる。

沙水 亭

1日目 魔王様、土を耕す。

「ふう、これは疲れるな」


我は魔王ジェール、強大な魔力と武力を持った存在。


……のはずだが、現在いまくわを手に土を耕していた。





なぜ我が土を耕すことになったかと言うと……




「魔王ジェール!覚悟!」


「なっ!?待て!」


少年が禍々しい(神々しい)剣で我を刺そうとしていた。


「我っ!今トイレ中!!!」


「殺された人々の敵!!」


いかん!この勇者話聞いてくれない!!


「せめてトイレ終わってからにして!」


魔法でなんとか防御するが我は今リフレッシュ中……魔力と小水を放出しているのだ、制御が難しすぎる!


「くっ!なんて強力な魔法だ!」


「ほっ……やめてくれたか」


よし、残りを出して……


「隙あり!!」


「へ?」


我はトイレの最中に心臓である核を聖剣で貫かれた。






「……我は死んだのか」


「そ、そうだね」


雲の上?で謎の少女が我を見つめていた。


「主は何者だ?」


「私は神様、ずっと世界を見てたの」


「見てたのか……ん?我の死に様を?」


「………災難だったね」


見られておるぅぅぅ!!あの無様としか言えぬ死に様を!


「私も止めたんだよ!?流石にトイレ中に暗殺するのは勇者としてどうなのかって!」


「と、止めたのか?」


「一応聖剣に選ばれた勇者だから、あの子」


「でも聞かなかった、と」


「………うん、聞く耳持たず」


「はぁ……部下には笑われたであろうな」


「みんな悲しんでたよ」


「そうなのか……良き部下を持ったものだ」


「『トイレ中に暗殺されてお労しや』って」


「…………我、何かしたのかな?給料少なかった?」


「いや給料は十分だと思うよ?それに福利厚生はしっかりしてるし、人間の労働環境と比べたら超絶ホワイトだし」


「人間社会そんなにブラックなのか?」


「場所によるけど平均20時間労働、質素な食事、不衛生な家屋、パワハラモラハラetc……」


「………魔王の我が言うのはなんだが、人の方が悪魔ではないか?」


「う、う〜ん……否定できない」


「にしても、主は少女なのにしっかりしておるな」


「神様だからね、これでも貴方より歳上だよ?」


「そうなのか……我1000歳越えておるが」


「私10000歳」


「大先輩であったか」


「まぁ……歳なんてなんの意味もないし、天界でも私は下で仕事できないし……」


な、なんかヘラっておる……


「ふふ……今日も残業だぁー……」


「そ、そうか……どこも社会は厳しいのだな」


「こんな残業序の口ですよ……」


「序の口じゃあ駄目だろ……」


「あっと、そうだった!」


神様は我に指を指し胸を張った。


「君、異世界に興味ない?」


「異世界?」


「生前の世界とは別の世界、興味出てきた?」


「説明が少なすぎではないか?」


「ん〜……あんまり情報を与えちゃいけないんだよねー」


「そういう決まりなのか?」


「うん、上司が『ネタバレになる可能性があるから極力駄目』って」


「ネタバレて……」


「そうだな〜……あ!君は人に興味ない?」


「人に?」


人……人間、エルフ、ドワーフとか色々いるが……


「人、特に人間は君を殺した勇者と同じ種族だけど……あ!別に嫌なら嫌でいいんだけど」


「いや、逆に興味が湧いた」


「え?なんで?」


「不意打ちと言えど我を殺せる程の力と可能性を持つ種族、興味が湧かないわけにはいかんだろう?」


「……ふふ君は面白いね、じゃあ提案」


「提案?」


「異世界に人として蘇ってみない?」


「………もしそれを断ったら?」


「まぁ、天界か地獄ヘブンオアヘルかな」


「ならばその提案、受け入れさせてもらおう」


「じゃあ特典として……」


大量の書類が目の前に出てきた。


「まさか……これを処理しろと?」


「違うよ!これはスキルの名前と性能が書かれた紙!」


「そ、そうだったのか……にしても数が凄いな、1000枚は越えてそうな」


一枚一枚見ていては時間がかかりそうだ……


「ん?そういえば、我の持っていたスキルは引き継げないのか?」


「流石に引き継いじゃうと世界のバランスが崩れちゃうから駄目」


「た、たしかに……う〜む」


攻撃系にするか?鍛造系のスキルもあるな。


「悩ましい」


「やりたいこととかある?」


「やりたいこと……」


そういえば我は生まれし頃より魔王……平穏とはかけ離れた生を送っていたな。


「のんびり平穏に過ごしたいかな」


「なら……これとかどう?」


『農業』?えらくシンプルな名前のスキルだな。


「これは文字通りのスキルか?」


「うん、農業に関する技術と能力を習得できるようになるスキル」


「ん?習得できるようになる?最初から習得しているのではないのか?」


「それだと面白くなくない?」


「た、たしかに……」


最初から身についていては学ぶ事ができない、つまり上達しないってことか。


「ならばこれで」


「よ〜し、それじゃあ次は体だけど……

mとwどっちがいい?」


「なんだそれは?」


「どっち?」


「う、う〜む……ならばmで」


なんとなく感で……


「え〜っと……あったあった」


人間が突然床?から生えてきた。


「ほう……これが我の新たな肉体か」


「そう、これからスキルを突っ込むから待っててね」


それまで新たな肉体を観察観察……


「ふむ、オスか」


「そのためのmかwだったの」


「もしやwを選んだらメスか?」


「うん、そうだよ」


危ない危ない、我の性別が変わるところであったわ。


「よし、準備できたよ」


「我も覚悟はできておる」


「それじゃあ魂を移すね」


「うむ、頼んだ」


体から力が抜けてゆく……視点も高くなって自分の姿が見えた。


「よ〜し……ほい!」


新たな体の方へ視点が動く……


「……ん、これが人の体か」


「うまくいったね」


ふむ……頭に角がない故軽いな。


「我の元の体はどうなるのだ?」


「ん〜……まぁ処分かな」


「体を処分とな……まるでマフィアのようなことを」


「しかたないじゃん、放置しても置き場に困るし」


「それもそうよな」


「じゃ、いってらっしゃーい」


神々しい扉が現れ開いた。


「うむ、これから新たな生か……」


「思う存分に生きて良いからね!」


「神よ礼を言う、さらば」


「いってらっしゃーい」


我は門をくぐり、新たな世界へ足を踏み入れた。







ここが新世界か……


「森の中ではないか」


自然豊かな森に飛ばされていた。


「う〜む、どうしたものか……とりあえず川を探そう」


昔遭難した部下から川を下って行けば集落に出ると聞いた。


「よく耳を澄ますのだ……」




数時間後


「む?川のせせらぎが聞こえた気がする」


この方角だ。



「お!川ではないか!」


流れが穏やかな川を見つけた、よしこのまま下れば……


「ん?あれは民家か?」


川の近くにボロい民家があった。


「なんたる僥倖、情報収集を兼ねて訪問しよう」


ノックを3回、しかし返答がなかった。


「もう一度……」


ノックを再び3回したが、扉がノックの衝撃で開いた。


「おや、鍵をかけてなかったか」


いや、流石に不法侵入だな……少し覗く位なら……


「む?空き家か?」


民家には家具が無く、まるで夜逃げしたかのような有様だ。


「空き家なら……取られても仕方あるまい」


こんな森の中だ誰も来やしないだろう。


「ひとまず衣食住の住は確保」


次は食か……前世の我なら何でも食べていたが、今は人の身。


拾い食いして野垂れ死ぬのは勘弁だ。


「何か……お?」


民家を漁ると何やら一冊の本が部屋の隅に置かれていた。


「文字は前世と同じか、『サバイバル教本』?なんだこの本は……まるで我が訪れることを知っているかのような置き方」


もしやあの神の仕業か?


「まぁ、何はともあれだ……どれどれ、お!食べれる植物!」


早速この本を片手に食材を集めるとしよう。




「え〜っと……このキノコは」


チャチャダケ……毒性は無し、味は渋みが強い。


「良いではないか、よし採取だ」


5本程採っておけばよいだろう。


「む?近くに別のキノコが」


ベニマッカダケ……毒性 猛毒(食後数秒で頭痛 吐き気 手足の痺れ その後死亡する)


「猛毒ではないか!!」


しかし味は美味びみ


「美味!?誰か食べたのか!?」


こんなもの食べれば死後の世界へ逆戻りカムバックだ……


「次だ次……」



少し開けた土地へ出た。


「むむ……あれは」


草むらに違う葉が見えた。


「これは……野菜か?」


葉を引っこ抜いてみる。


「む!根菜か!」


ニンジン……毒性なし 味 美味


「うむ、であろうな」


我も前世食べていた物だ、この世界にもあるのか。


「ならば大量に採っておこう」


ニンジンを採取していると、一つだけ枯れたような見た目の花があった。


「む?枯れているのか?」


触ってみると、花が崩れ種が出てきた。


「お、これで栽培が出来そうだな」


これはラッキーだな、ポッケに入れておこう。


しかしもう持てないな、一度民家に戻ろう。





「よし、とりあえず部屋の隅に置いておこう」


食材はチャチャダケとニンジンか、とりあえず串焼きになるな。


「うむ、次は……そういえばこの空き家コンロがついているな」


使えるかはわからないが……


「なるほど、魔力式ではなく薪を燃焼させるタイプか」


ならば薪と火起こしをせねば。






乾いた木材が必要だな。


「さてさて……」


お、良さげな木の棒が数本……


「ん?なんだあれは」


木の棒を集めていると奥で光が……


「これは……刃物か?」


恐る恐る刃物を手に取ってみると。


「これは直剣か、錆もない……よく手入れされている」


これは使えそうだな。


「よし、誰のかわからぬが有効活用させていただこう」


にしても鞘もない状態とは……


「おや?この直剣、着火の魔法の刻印が刻まれているな」


……怪しい、さっきから思い通りに行き過ぎている。


「ここまで来ると怖いな」


とりあえず帰ろう。





「よし、下に薪を置いて……」


乾いた薪をコンロの下にセット。


「この直剣で……」


魔力の流し方は前世で経験済みなのであっさり火が付いた。


「おお〜」


さて、次は木の棒の皮を剥ぐ。


「こんなものかな」


あとは何本か同じ作業の繰り返し。


「この棒にキノコを刺す」


良い感じに刺さったら、コンロの火で炙る。


「香ばしい匂いだ……」


キノコに焼き色が付いたら完成だ。


「キノコの串焼き、シンプルながら美味そうだ」


早速一口食べてみる。


「…!キノコの渋みが消えてどことなく肉らしさが出て、実に美味だ」


これはイケるな。


「おっと、あとは夜の分にしておかないと」


さて、お次は。


「ニンジンを植えよう……そのためには鍬が必要だ」


サバイバル教本には……お、書いてあるな。


「太めの棒と板、それと縄か」


前の二つは用意できそうだが縄か……


「ふむ……とりあえず森へ行こう」





「倒れている木がたしか……」


キノコを集めていた時に見つけた木が……お、あった。


「この木を解体して……」


この直剣めちゃくちゃ頑丈で切れ味も良い、木を切るのに最適だ。


「さて、縄だが」


つるが木に巻き付いていた……これを何本かまとめて使おう。


「意外と頑丈だな、これは使えそうだ」


お手製の縄で切った木をまとめる。


「よし持って帰ろう」




「さて、木材を加工しよう」


棒を持ちやすい形に直剣で加工する。


「こんなものか」


次は板に穴をあける。


「直剣でいけるか……?」


火起こしの要領で直剣を回して穴をあける。


「よし、あとは組み立てる」


穴に棒を通し、縄で固定する。


「出来た、見た目は悪いが上出来だ」


空き家の隣に畑を作ろう。







「ふぅ、これは疲れるな」


鍬で土を耕す、しかしこんなにも大変だとはな。


「あとは種を植えて……」


次は水だが、空き家に転がっていたバケツを使おう。


「川から水を……」


川から新鮮な水を汲む。


「澄み切っているなここの水は」




次は畑に種が出てこないように水をかける。


「こんなものかな、さて今日はゆっくりしよう」


まだまだ人生は残っている、のんびり平穏に生きようではないか。



我のスローライフが始まったのだ。

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