「・・・なんか、なんか、浮かばない。とっかかりさえ掴めればぁ!」


 あゆかは再び、叫んだ。

 俺はまた慌てて周囲に頭をペコペコと下げた。


「あゆか。閃(ひらめ)いた時のスピード力すごいもんねー」

「そうなのよ。はぁ。胸のあたりまでは来てるのにっ」


 あゆかは忌々いまいましげに息を吐いたあと、机の上にうなだれた。

 つくづく、そう言うクリエイターと呼ばれる人たちの努力を垣間見て、ますます、俺には向いていないと思った。そんな発想も、思いつきも自分ができるとは思えなかったからだ。


「あっ!」

「あ?」


 急に声をあげたあゆかは、上体を起こし、俺を指差した。


「アンタ、良。この曲って言うか、メロディー聞いてみて、思いついたことが言って」

「はぁ!?」


 明るい声色となったあゆかの提案は、ついさっき、皆無だと思っていた”思いつき”であった。


「あー。それ、いいかもねー」

「いやいやいや。宇汐、うなずいてんだよ。全然ってほどじゃないけど、音楽知識も何もない俺の意見って不要だろ? むしろ、理解度の高い宇汐の方が適任だろ!?」


 頷く宇汐。そして、イヤホンを目の前にぶら下げるあゆかに対して慌てて言葉を返した。


「何言ってんのよ。その、ほぼ真っ白なアンタの頭が必要なのよ」

「ヲイ。それはそれで語弊あるだろーが」

「はいはい。そんだけ言い返せるなら、聞いてみなさいって。別に小鳥遊に専門知識なんて求めないって」


 ぐいぐいと押し切る形で、イヤホンを握らされた。

 手のひらに容易に収まるビー玉サイズのこの丸々としたイヤホンがとても重い。


「あゆかもこー言っているし、俺も良がどんな風に感じるのか気になるし。そんなに固くならないで軽ぅーく考えてさ」

「ウソだろー!?」


 この場に俺の味方がいない。


「はいはい。情けない声出さないの!」

「そうだよー。これも”経験”だよー」


 ーー経験。それはユリとの生活で俺にとって”変わる言葉”で、呪文のようなもの。

 宇汐は俺と目線が合うと笑みを深くして微笑みかける。


「……わかった」


 イヤホンをつけると流れてきたのは、ピアノの音ともに軽快なリズムを刻むドラムの音や名前のわからない楽器の音、ゲームのボタン操作音みたいな電子音が聞こえた。特段、変なことではないことはわかっている。

 だけど、俺が「あれ?」と思ったのは、あゆかはピアノで作曲しているのでは?と思ったからだ。


「どうだった?」


 あゆかの顔が、近い。まつげの毛先まで見える。

 その上、充血しているとはいえ、その瞳の強さは健在だ。


「なんかーー軽い?」


 圧迫感がとてつもないが、とにかく、感じたことを答えた。


「軽い。か、で、他に感想は?」


 へーと吐息に近い反応をする宇汐と、紙に走り書きのようなメモをとるあゆか。

 しかし、それで満足するわけがないあゆかはさらに言葉を求めてくる。俺は、その圧から逃れることはできずに、渋々しぶしぶ言葉を続けた。


「ピアノ以外の音楽がピコピコして楽しそう」

「っ。……ピコピコって、くふっ」


 変な笑いが聞こえた。


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