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 穏やかな温もりが流れる室内。

 遠くでドアが閉まるともに話し声が溢れはじめる。


「終わった……マジ寝るかと思った」


 先生が去り、しばしの休息の時間。

 思う存分、机にうっぷす。

 生温い机が今は心地よく感じる。


「それ言ったら、ウチの方が完徹なんだから、ウチの方が難易度が高かったわ」

「んだよ。俺だって、寝不足なんだから、難易度は大して変わんないだろ」

「いーえ。違いますー」

「いーや。違わないですー」


 お互い声は籠っている。

 机に伏せたまま言い合いをしていると


「あはは。二人とも仲が良くていいよねー」

 宇汐は笑った。

「まぁ。俺からすれば、どっちも、うつらうつらしてて、寝てたよね?」


 ごもっとも。


「宇汐っ」

「ノート見せてよっ!」


 俺とあゆかは懇願こんがんした。

 いくら緩くても、単位を得るためには授業ノートがとても重要なのである。


「おーけー。じゃ、とりあえず、カフェテリアにでも移動だねー」


 2限目から授業に出る生徒が多く、この時間のカフェテリアは昼時と違って閑散としている。

 ちらほらと人溜まりができたテーブルがあるくらいで、話し声は少ない。

 静けさの中で、ノートを取る音がやけが耳に付く気がする。


「完全にミミズになってるねー」


 俺のノートを覗き込んだ宇汐は、いつものように柔和の笑みを描く。


「だな。結構、俺、寝てたかも」


 目線はノートの文字を追う。

 ノートとは言っているが、実際はルーズリーフを使用している。

 だから、学内でコピーを取ればいいとは思うけど、されどコピー代。そう簡単に出すわけにも行かないし、全く聞いていないわけじゃないし、こうして、きちんと授業を聞いていた人がいるから、わからないことを聞きながら、聞き逃してしまった分を補填した方が効率が良いと思う。時間がないなら、コピーするだけでもいいが、時間があるなら尚更。

 特に授業の中で話した、ノートに書き留めるほどではないけど、意外と重要な話ってのもあるから、見聞きした情報は早いに越したことはない。情報は風化しやすい。


「そうだねー。結構、虫食いしてるね。ずっと二人を見てたわけじゃないけど、そんなに寝てた? 気が付かなかったってことは居眠り上手ってことになるのかなー」


 いつも通り、穏やかに語りかける宇汐に戸惑う。

 それは俺の罪悪感だからでもあるし、宇汐はどう思っていたんだろう。

 寝不足も勿論あるが、それが気になって、なんて言えばいいのか…それで、ここに心あらず状態で授業を受けていたので、居眠りとはちょっと違う。


「ま、そうかな……」


 会話が終わってしまい、沈黙が流れてる。

 今までだったらなんとも思わない時間ちんもくに集中できず、落ち着かない。

 こういう時、頼りになりそうなのはあゆかだが、カフェテリアに入ってすぐにノートをちらりと確認すると、自分が欲しいと思った箇所を早々に写した。それから

「時間になったら起こしてね」

 そう言い残して、テーブルにうつ伏せになって寝てしまった。


「・・・」


 ペンを握る手に力が入り、硬質な音が響く。

 なんとなく気まずい空気が出ているのかもしれない。

 宇汐がこちらを見ているのか、何をしているのかわからない。

 目線を上げることができずに、ひたすらに文字を写した。


「……終わった、その、助かった、ありがとう」


 長いと思った時間は10分にも満たない時間だろう。


「どういたしましてー」


 ノートを片付ける宇汐に”あのこと”を早く言いたい。

 焦る気持ちを落ち着かせることができず、やっとの思いで口を開けると思わぬ言葉が入ってきた。


「あれ? 良って、このあと授業とってなかったけ?」

「は、え!? あ!!」


 言われてみれば、そうだった。

 時計を見れば、あと5分もない。闇雲に履修登録したことが今は悔やまれる。


「あはは。昼待ってるから、がんばれー」


 察しているのかもしれない宇汐にそう送り出された俺は、次の授業に滑り込みした。

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