27
「で?」
そう、続きを
「で? って、そのあと化粧して、着替えたのを確認して見送った」
学生の俺たちは通常運転、学食で日替わり定食を食べている。
賑やすぎるガヤガヤとした音は今では安心感さえ感じるBGMだ。
目の前にある本日の定食であるおろしカツ定食は熱々ほかほかで、カツの上にある大根おろしにはポン酢がかかっている。その横には千切りキャベツも添えられ、ご飯に味噌汁。栄養バランスも良くて、お手頃価格。ボリュームも申し分ない。外食するより、やっぱり学食だな、コスパ最高。
今日も今日とて、学食のありがたさに感謝しかない。
「そ、れ、で、終わりなの?」
学食への感謝を述べる思考を遮るように入り込んでくるとは、さすが、あゆか。としか言えない。
「終わりだ。続きがあるように思うか?」
これ以上は付き合わないぞ。と言うように、本日の定食、おろしカツに箸をつける。カツの衣がシャリと口の中で鳴り、同時に溢れ出す肉汁と油が絡み合う。絶妙なコラボレーションが食欲を刺激してくる。至福の時間だ。
「はぁー」
あからさまなため息に混じって「つまらない」と言葉が聞こえてくる。
つまらないってなんなんだ。
「なぁ、宇汐。あゆかは何を期待してたんだ?」
カツを飲み込み、味噌汁を手にとってすすりながら、隣にいる宇汐に肩を寄せて、小声で問いかける。
「なんだろうねー。定番の看病とかの”あーん”とかじゃないー?」
「……あるワケないだろう」
否定はしたが、実際、元気な時に「あーん」をされた側だ。
それを馬鹿正直に話すほど、俺だってバカじゃない。
本能が”今、ここで話題にすべきでない”と警笛だって鳴らしている。
「だよねー」
「あーあ。面白いネタないかしら」
納得している宇汐とは反対に、あゆかは大変、不服そうだ。サラダにフォークを音を立てながら突き刺している。
「……あゆか、お前自身も言ってたけど、そう簡単にドラマティックなマンガみたいなことがあってたまるかって」
人をネタの宝庫でも思っているのだろうか。
「あら。それはそれ、これはこれ」
「はぁ?」
「創作する人間は常にネタを探しているし、人間観察も大切なことなのよ?
それに、事実は小説より奇なりって言葉があるでしょ?
これが人間観察につながるの。それに近しいことが、身近で起きてるんだから聞くしかないじゃない」
なに言ってんのよ。と少し呆れ顔の本人はどこ吹く風だ。
なぜだか、毒を吐いたつもりが毒を返された気分だ。
「・・・」
「小鳥遊、諦めるしかないよー。あゆかは創作に関することに対しての執念がすごいから」
宇汐が小さな声で慰めの言葉をかけてくれたが
「そこ! 執念じゃなくて、探究心と言ってちょうだい?」
と、低く静かに訂正が入ったので、男二人が無言ですぐさま訂正したことは言うまでもないだろう。
笑顔なのに背中に悪寒が走るほどの眼光。
あゆか、恐ろしい子。
「そう言えば、小鳥遊。バイトどうするー?
今度のイベント、急に来れなくなった人がいるんだよー」
日替わり定食のほとんどをお腹の中に収め、残すはみそ汁だけとなった頃だった。
苦笑しながら宇汐はおもむろに携帯を操作をはじめた。
「バイト?」
昼食のクライマックスというべき、味噌汁をかきこむべくお椀を口元にもっていったため、間の抜けたような返事をしてしまった。
「はぁ? 小鳥遊、忘れたの?
ユリさんが言ってくれた日バイトの話でしょーがっ」
「そうそう、それー」
強すぎるあゆかの指摘で、埋もれていた記憶が掘り起こされる。
最近、いろんなことがありすぎて、1週間も経っていない”最近”の話であることを昔話のように感じてしまう。
「あー……」
その上、自分の意思と関係なく決まった話だったので記憶の底に沈んでいた。
イヤではないけれど、目的が不明確なものなので積極的にはなれないだけ。
明るいとは言えない表情をしていると自覚はしているし、他人から見てもそうだろうと思うけど、宇汐は臆することなく、普段と同じように穏やかに言葉を続ける。
「イベント、今週末なんだよー。急で申し訳ないんだけど、もしよければどうかな?」
「うーん」
積極的になれず、返事ができないでいるとあゆかから鋭い指摘が入った。
「小鳥遊って、バイトしたことないんでしょ?」
「ん、まぁ」
不思議に思いつつも、曖昧に頷くと
「じゃあ、知り合いのところで一回、経験してみた方がいいと思うわよ。ちょっとしたミスなら宇汐がなんとかするわよ」
あゆかは宇汐を指差した。
「それは確かにー。あゆかの言葉にのっちゃうけど、俺の知り合いが多い
気づけなかったが、二人なりに俺のことを気遣っていたようだ。
二人の話を聞くと、積極的になれない要因のひとつ。知らないことをやることにも不安があったし、はじめましての環境なんて、
そんな初心者マークの俺にとっては、話も聞きやすく、相手方も言いやすい状況は、いいのかもしれない。別に自分が、そこまで要領の悪い人間だとは思わないが、情報だけで得ていただけのバイト。実際、予測不可能なことは多い。
それに、あゆかに言われたこともそうだし、正直、バイトをしてきていない俺はぬくぬくと温室で育ったようなものだから、目的という熱量のない俺が今後やるとも思えない。
ならば、人生、経験してみるのも悪くないのかも。
ユリの目的は分からないけれど、流れに身を任せてみるか。
頭の中で、熱量とは違ったナニかがパズルのピースのように繋がる。
「そうだな。宇汐、よろしく頼むわ」
「もちろん。むしろ、こっちこそ、バイトに来てもらえて助かるよ」
こうして初バイトが決まった。
「……なんかハードル上がってね? 俺、初心者なんだから、ハードル下げといてくれよ?」
「上げてないよー。いやー、ほんと、人手不足だから、初心者でも大歓迎なんだよー」
「なにそれ、ブラックなのか?」
「違うよー。なんていうかー良みたいに興味ない人の方が多いから、そもそもの母数が少ないだけだよー」
いつも余裕がある宇汐が慌てるのが可笑しくて、ちょっと、
「……私がいること忘れてんの?」
剣呑な雰囲気のあゆかはストローを噛みながら鼻を鳴らした。
「はぃ?」
「あっれー? あゆか拗ねてる? 大丈夫だよー。俺はあゆかのこと、忘れてないよ」
意味がわからず間抜けな声を出す俺と違って、宇汐はモデルのようなキレイに弧を描き、あゆかに微笑みかけた。
「ぶぁっ、ばっかじゃないの!?」
「ぐっ」
が、その顔はすぐに歪められた。
たぶん、声と同時に、ダンと力強い音がテーブルの下から聞こえたので、あゆかによって瞬殺されたと思われる。
俺からすれば、あゆかと宇汐は本当にお互いを理解し合っていて、少しだけ羨ましく思う。ただ痛みを伴うコミュニケーションは遠慮させていただきたい。
「あーすっきり。で、そうそう。
これ、チケット渡しそびれてたけど、これ二人分。ユリさんによろしくね!」
静かに呻く宇汐を横目に、あゆかは自分のバックから取り出したファイルから細長い紙を出すと、そのまま俺の手元へと握り込まされた。
「え、あ?」
「まさか、これも忘れてる、なんてことは……ないでしょうね?」
あゆかの瞳が妖しく光った。
「も、もちろん! 覚えているぞ!!」
「よね。よろしくね」
何にもなかった日々を過ごしていたはずだった俺に巻き起こる出来事が最近、多すぎないか?
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