11 デート


 薄手のカーテン越しに入ってくる、穏やかな陽射し。

 フローリングにはその影と陽射しのコントラストの模様ができていて、天気の良さを主張するように反射する光が眩しい。


「はぁ……」


 今日は休日、いつもだったら惰眠をむさぼりつくす時間に俺は鏡の前に立っている。

 なぜならーー今日は、ユリに指定されたデートの日だ。


「・・・」


 俺とユリが何故デートすることになったのか?

 いまだにそのことをいまいち理解できぬまま、週末を迎えてしまっていた。

 そして、何気にオシャレを気にしている俺。鏡に映る自分の服装ファションバランスを見て、コレじゃないかも、ならコレか。と、微妙な変化を繰り返している。 

 いやいや、待て待て。

 相手はご近所のお姉さんだったユリだぞ。

 何をいまさら。何を意識するんだって話だよな。


「ふっ」


 思わず声が溢れる。

 鏡に映る自分の顔に緩みがみえる。


「・・・」


 いやいや。ユリと俺に何か展開が起きるとでも!?

 なにを期待しているんだ。しっかりしろ、俺!


「はぁ……」


 俺は朝から鏡に映った自分に話しかけているんだ。

 混乱しすぎだ。

 こうしてもいてもらちがあかない。このまま鏡の前に立っていたところで、時間が待ってくれるわけでもなく、ユリが待ってくれるわけでもないのだから。


「良ちゃーん? もう家出るよー! 起きてるー?!」


 硬い音が二回鳴ったと同時に、扉のすぐ近くから声がする。

 このまま返事をしないままでいると部屋に侵入してきそうな勢いでドアノブが揺れた。


「待てっ! 起きてる! 今、出るから!!」

「早くぅー!」

「はいはい」

「”はい”は、1回でしょー!?」


 急に慌ただしくなった空気。もう一度、自分の顔をみて引き締める。

 そして、一呼吸を置いてからノブに手をかけた。


「ユリ、お待たせ」


 扉を開けると、ご不満顔のユリの登場だ。


「良ちゃん、女子を待たせるなんて、ダメだぞ! 今回は私だけだから、いーけど。本命の彼女とかだったらケンカの原因になっちゃうんだからねぇ。女の子っていうのは、意外と面倒くさい生き物なのよぉ。”気にしてない”なんて言うけれど、だいたいは気にしているから!」


 開口一番にはじまったノンブレスの言葉の羅列。

 はい、リアルタイムでそのことを理解しています。とは言えないので、心の中で言葉を返す。


「ごめんごめん、悪かったって」


 こういう時は早めに謝罪するに限ることはここ一ヶ月ちょっとの同居生活で学んだことだ。


「まぁ、初回だからこの辺にしとくわ。次はないからね!」


 人差し指が胸に突き刺さる。

 突き刺さる衝撃よりも、次もあるかもしれない、という言葉の方が俺には大きかった。


「とにかく、さぁ、お出かけっととと……失礼。デートに行きましょう!」


 軽く口を押さえて、ちらりとこちらの様子を伺うユリ。


「・・・デートとかって、ノリで言ったろう」


 とりあえず言葉を訂正したところから指摘をしてみる。


「うっ」

「・・・」


 うろんげに視線を送るとユリは気まずそうにパタパタと手を揺らす。


「まぁまぁー。デートの方がテンション上がるでしょう?」

「ユリ相手に?」

「くぅー! 生意気な子になって、お姉さん悲しいわ」


 どうみても最初に悔しそうな叫びをあげてから、そんな言葉を吐かれたところで。

 それに完璧なる棒読みである。三文芝居もいいところだ。


「と、とにかく! これから楽しいことが待っている! はず?

 だから、気を取り直して、ね?」


 俺にあまり効果がなかったため、方向転換して、今度はあやすように甘い声をころころと鳴らす。若干、ユリの言葉に不安を覚えつつも、こんなことで無駄に意地みたいなもの張ったところで何にもならないので、諦め半分。上目遣いになりつつ少し不安顔のユリをみて、しょうがないなぁと音にすることはできないけれど、苦笑が漏れてしまう。


「……そうだな」


 これではどっちが大人だか分からない。


「ふふっ。よかったぁ」


 でも、それは嫌な感じではない。

 どちらかというと好きな感じかもしれないとも思う。


「さぁ! 出発よー!!」

「はいはい」

「だから、”はい”は」

「「一回」」

「だろ」


 ひとつ、が空いて、同時に笑い合ってしまった。

 変わっているようで変わっていないモノがたしかにあって、なんだか照れくさくなってしまう。

 そんな、いつもと違う休日がはじまる。

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