食事を終えた後、駅ビルから出るとロータリーが広がっていた。お代は、ユリの言葉に甘えて奢ってもらった。

 それからユリに案内されるまま、駅を出て街中を進む。途中、古き時代を感じる色褪せた”商店街通り”を書かれたアーチ状の看板をくぐる。昼時を過ぎた商店街通りは、老若男女の幅広い年齢層を感じる人たちが買い物や歩いて、会話の花があちこちに咲いていた。

 地元では、ほぼシャッター通りと化してしまっていたものとは違う、賑やかな雰囲気が物珍しく、また、知らないお店ばかりなのに懐かしさを感じる不思議さに、きょろきょろの視線が泳いでしまう。

 ときたま、いぶかし気に視線送る人とも目線がぶつかることもあった。その度に「うっ」と声にならい呻きが漏れそうになるが、俺とユリが妙に思う人も気持ちがわからないワケでもないので、なんとも言えない気持ちになりつつ、小さな背中に置いていかれないようについていった。

 そうして歩いて十数分、辿り着いた新しい我が家は、駅から少し離れたところにある小綺麗な3階建のマンションであった。少し年数を感じる床面を見ながら階段を登っていくと、301と書かれたナンバープレートのついたドアにユリは手をかけた。


「いらっしゃい。今日からここが良ちゃんのおうちよっ?」


 玄関は二人が立つにはちょっと手狭な四角いスペースになっていて、俺を軽く通すとユリは素早く靴を脱ぐと、パチリと電気を点けた。


「ここが、キッチン兼ダイニングで、これを挟んで、こっちが私の部屋ね。

 で、こっちがお兄ちゃん、っていうか、今日から、良ちゃんの部屋になりまーす」


 たまに見かけるインフルエンサーの紹介動画のようにテンション高く次々と案内するユリ。


「へぇ…」


 玄関に入ってすぐにダイニングがあり、小さなテーブルセットと、壁側にはテレビが置かれていた。そこを通り過ぎるとすぐに二つのドアがあって、向かって右がユリ、左が今日から俺の部屋になるらしい。

 説明を聞きながら、頭の中で情報を整理していく。

 しかし場所の確認をしていく中で、逃しては絶対にいけない、視界に映る影に、思わず低い声が出てしまう。


「おい、ちょっと待て。これはなんだ」


 部屋へと向かう視界に入ったもの、それは。


「え? 洗濯物??」

「そういうことじゃない、中身だよ、中身っ」

「え? パット?」

「そうじゃなくてっ!! それ下着だろっ!?」

「えー下着っていうか、ブラのこと言ってるの??」


 平然と答えるユリに、口ごもる。


「うっ」


 家族間だったら、遠慮なく「とっと仕舞え」とか、なんとか言えるが、ルームシェアはするけども他人で、一応というか「俺、男なんだけど……」なんて、そのまま言うのは・・・なんだか、ためらってしまう。


「ははーん。もしかして意識しちゃったぁー?」


 そんな俺の葛藤に気づいたらしいユリはイタズラを思いついた子供のよう笑みを深くした。

 ユリの指摘が正しいわけでもないのに、俺の頬は勝手に熱が集まっていく。

 そもそもだ。意識というか、そういうのが平気なところにも疑問というか「恥じらいっていうものはないのか?」なんて言えることもなく、全ての言葉は大きなため息として吐き出すことになった。


「ごめんごめん。お見苦しいものを」


 ひと通り俺の反応を楽しんで満足したのか、おかしそうに口を緩ませがら謝罪の言葉を口にするユリ。

 そのことに「一応、そういう意識はあるんだな」と安心したのも束の間だった。


「お兄ちゃんと一緒に住んでたのもあって、つい。でもねぇ、残念ながら、っていうか、むしろ? 良ちゃん的にはラッキーなことに、こういうのは室内干しになるのよ! だから、よろしくねっ」


 腰に手を当て、ほこらしげに宣言するユリ。


「んん?」


 ユリの言葉が理解できず、脳内の動きが再び停止する。

 よろしく、とは? この可愛いレースのついたやつや柄がついているやつ。その上、ファンシーでポップな柄の下着もある。この色とりどりの風景と共存しろということなのか?

 情報が過多すぎて、なんだか頭が痛くなってきた。額に手を当て、脳内処理に集中する。


「あっ!」


 そんな頭痛に見舞われている俺を気遣うことなく、急に声を上げるユリ。


「・・・あ?」


 いろんなことがありすぎて、反応が追いつかない。

 気づけば音のした方へ目線が動いていて、バルコニーを指差しているユリを視界にとらえた。


「?」


 目が合うと、ユリはにっこりと弧を描いた。


「バルコニー出てみて! 気持ちいーよー」


 その言葉に惹かれたわけではないが、気持ちを入れ替えるためにも、とりあえずバルコニーに出てみる。

 叔母さんが若い頃に買ったとは言え、最上階の角部屋。

 ……目の前には、下町っぽい通りがあり、空を望むことはできるけど、建物間は近い。手を伸ばしたら届く、というワケではないが、空が狭いのは寂しいものがある。ただ、駅からの喧騒けんそうを思えば、静かで、数時間しか別れていない地元を思い出し、なんだか懐かしさを感じる。


「確かに……気持ちいい、かもな」


 ゆっくりと息を吸い込むと、自然と肩の力が抜ける。

 そのまま吐く息に感想を含めたが、ユリからの返事がなく、不思議に思って振り向く。


「・・・」


 つい数秒前までにはいたはずの人物が消えていない……ひとりで喋ってるとか、かなり恥ずかしいパターン。

 静かに羞恥心に悶えていると、ガラッと勢いよくサッシの動く音が聞こえた。

 もう一度、バルコニーに体を戻して音のした方を見ると、笑みを深くしたユリと再会した。とても何かを言いたげな様子に予想がつかず、目に力を入れて、疑問を視線で訴える。


「ふふっ。なんと、私の部屋と良ちゃんの部屋はバルコニーで繋がってまーす!」


 バルコニーの奥に立ったユリは、両手をY字に上げて、高らかに宣言をした。


「お、おぉ……なるほど、ね……」


 ユリのテンションの盛り上がりについていけない俺は、言葉の通りに情報を受け取り、言葉を返した。

 きっと、ユリは、このことを説明したいがために、俺を誘導して消えたのだろう。

 言われてみれば、どうりでバルコニーがながいわけだ。


「ちょっとちょっと、良ちゃん! このバルコニーは繋がっているってだけじゃなく、なんとっドアが開かなくなっても、お互いのバルコニーから出入りできるから安心よ!」


 俺の反応が薄かったらしく、さらなるアピールを重ねてくるユリ。

 しかし、そのアピールは俺の心に響かない。

 すごいのかもしれないが、ユリがどんな緊急事態を想定してるのか分からない。

 だけど、こういう意味のわからないやりとりが……昔のままで、あぁ、仕方がない。そう、なんだか笑ってしまったことは、俺もよくわからない。

 ユリもそんな俺の反応に満足したのか、呼応するように笑みをこぼす。


「でわでわ、今日からよろしくね!」

「あぁ。よろしくな」


 こうして、俺たちの同居生活ルームシェアがスタートした。

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