11 - 百足山さんはムカデです

 百足山むかでやまさんはムカデです。

 身長は5mあり、足は42本あります。おかげで人間社会では大変苦労しました。


 両親は人間です。エコー写真の姿には目を疑いました。しかし「足の多い女の子です」と医者が淡々と言うものだから、すぐに育てる決心をしました。

 「隔世遺伝かしら」「そんな祖先がいたのかも」そんな大らかな両親でした。ベビーカーには入らなかったり、靴が21足も必要だったり。工夫は沢山必要でしたが健やかに育ちました。


 近所のお散歩、幼稚園。

 百足山むかでやまさんには友達ができません。先生だって生徒だって、皆が百足山むかでやまさんから遠ざかる。

 ある日、思い切って聞きました。「だってお前じゃん、」と男の子の言葉。百足山むかでやまさんは驚いてしまいました。


 子供だね、と言われれば子供になる。女の子だね、と言われれば女の子になる。百足山むかでやまさんはこの日から、自分はなのだと考えるようになりました。


 小学校、中学校。

 5mある体に落書きを貼られたり、下駄箱の靴21足を全部隠されたり、給食を薄暗い地下室で食べさせられたり。それは、自分は周囲と違うのだから、そういうものなのだと納得して過ごしました。


 高校。

 入学直後に百足山むかでやまさんは先生に進言しました。「わたしはムカデなので同じ教室には入れません」それを聞いた先生はビックリしてしまいます。「なぜそんな悲しい事を言うの?」その様子から百足山むかでやまさんは気付いてしまいます。(ああ、私は、いじめられていたんだ)

 高校では驚くほど普通に過ごせました。専用の靴箱が作られたり、クラスの席は広く取られたり。しかしその気遣いは特別扱いのようで、自分はムカデなんだと教え込まれるような気がしてしまいました。


 ある日、ファストフード店でご飯を食べていたら、そこでバイトがしたくなりました。しかし一か月で辞めました。5mはキッチンでは長すぎたのです。


「周囲と同じようには過ごせないものね」

「それはそうだよ、ところで足元を見てくれる?」


 見ると、同級生の蟻川ありかわ君が潰れていました。


「君は42本で重量分散するから他よりマシ」


 百足山むかでやまさんは笑いながら「ごめんね」と返しました。


 社会人。

 大学は諦めました。「お金の心配はいらないわ」「国立に進学できるんだ」両親から何度説得されても「私にお金をかけないで」と断り続けました。百足山むかでやまさんは自分に価値を見出せないのです。


 仕事は外資系の倉庫作業でした。大変広い職場だったので、5mの体でも窮屈ではありません。それに背も高いので、百足山むかでやまさんはそれなりに活躍できました。


 ある日、社長の息子が職場に来ました。真っ赤なランボルギーニを吹かしながら、降りてきたのはムカデでした。百足山むかでやまさんを一目見て「同じムカデ同士、差別されたんだろ。オレと付き合え」名前はムカデーニと言うそうです。

 しかし百足山むかでやまさんはこれも断ります。百足山むかでやまさんにとっては、大学進学と同じものだったのです。

 大学は静かに去りましたが、ムカデーニさんは何度もしつこく追いかけてきます。いつしか彼は、ランボルギーニを吹かすストーカーになりました。一人暮らしのアパートまでの夜道、暗い道に何週間も響くエンジン音。百足山むかでやまさんは限界でした。


「フギャ!」


 足元から聞き覚えのある声。

 それは紛れもなく蟻川ありかわ君でした。


「君は42本で重量分散するから他よりマシ」


 いつものジョークに百足山むかでやまさんは大声で泣きました。


 蟻川ありかわ君は大学生。話をするとすぐに役所と警察に電話してくれました。暫くしたらムカデーニさんは半径3km以内には近寄れなくなりましたし、ランボルギーニは事故った姿がニュースで晒されました。


 そんなニュースをスマホで見ながら、蟻川ありかわさんは隣にいるダンゴムシにご飯をあげます。百足山むかでやまさんは蟻川ありかわさんになったのです。もはやムカデなのかアリなのか全くわかりません。


 「玉のような男の子です」と医者が淡々と言うものだから、うれしくてたまらなかったのを覚えています。

「アリとムカデの子はダンゴムシなのね」

「確かに足も多いし僕っぽくもあるね、ところで足元を見てくれる?」


 蟻川ありかわさんは今でもムカデです。

 過去には色々ありましたが、とても幸せに暮らしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る