第6話 いつも通りの日常……?
学校のチャイムが鳴り響くと、教室の空気が一気に解放されたように感じた。荷物をまとめながら、今日も美術部へ行こうか少しだけ迷う。先輩に会えるかもしれない――そんな期待が胸の中に浮かんでは消える。
「悠木!今日は部活休みだよ!」
真白が元気よく声をかけてきた。彼女の声には、どこか無邪気な明るさがあった。
「え?」
「部活休んで、みんなで遊びに行こうよ!たまには気分転換しなきゃ!」
「……そうだな。」
一瞬迷ったけれど、昨日のことを思い出して胸がざわついた。先輩のことばかり考えていても、気持ちが重くなるだけだ。ここは、真白の提案に乗ることにした。
「お前、部活サボりか?」
武田が少し意外そうに言った。
「いや、今日はいいかなって……。」
僕が答えると、真白が口を挟んできた。
「武田だって幽霊部員でしょ?それに、私も最近ちょっと疲れてたから、いいよね?」
「まあ、確かにな。俺は普段から休みっぱなしだけど、お前がサボるのは珍しいな。」
武田は苦笑しながら鞄を肩にかけた。
「じゃあ決まりだね!みんなで遊びに行こう!」
真白が満面の笑みで言うと、僕たちは自然と足を向けた。
最初に向かったのは、駅前のゲーセンだった。扉を開けると、ゲーム機の電子音と賑やかな声が耳を満たす。
「わぁ、懐かしい!このゲーム、まだあるんだ!」
真白が目を輝かせながらクレーンゲームの前に立つ。その隣で、僕はどこか不器用にアームを操作する彼女を見守っていた。
「悠木、これ取れると思う?」
「うーん、もうちょっと右じゃない?」
アームが景品に触れるたび、彼女は「あっ!」と声を上げる。そのたびに僕は苦笑しながらアドバイスを送る。
「悠木、こういうの慣れてるね。」
「いや、そんなことないけど。」
「うそー、めっちゃ頼りになるんだけど。」
真白がにこにこ笑いながら僕を見上げてきた。その笑顔に、自然と心が和らいだ気がした。
一方、武田は音ゲーやシューティングゲームで無双していた。画面の前に立つ彼は、普段とは違う真剣な表情をしている。
「お前、こういうのだけは得意だよな。」
「こういうのだけ、は余計だろ。」
軽口を叩き合いながら、僕たちはしばしゲームに夢中になった。
ゲーセンを満喫した後、次はショッピングモールへ向かった。真白が気になった服を見ては、「これ似合うと思う?」と僕と武田に尋ねてくる。
「悠木、これどうかな?」
「似合うと思うよ。」
「ほんと?じゃあ試着してみようかな。」
試着室から出てきた真白がくるりと回って見せる。その無邪気な様子に、武田が苦笑しながら言った。
「お前、元気だな。ほんと疲れるって感覚ないのかよ。」
「あるよー。でも、今日は楽しいから元気出る!」
真白のエネルギッシュな様子に、僕も少しずつ気持ちが軽くなっていくのを感じた。
夕方になる頃、三人でファミレスに入ることにした。店内は学生や家族連れで賑わっていて、どこか落ち着いた空気が流れている。
「私、ハンバーグにしよっと!」
真白がメニューを見ながら楽しそうに決めるのを横目に、僕と武田もそれぞれ注文を終えた。
「ねえ、悠木。」
食事が運ばれてくると、真白が突然話しかけてきた。
「元気出しなよ。何があったのかは知らないけど、悠木って考えすぎるとこあるからさ。」
その言葉に、フォークを握った手が止まった。
「……ありがとう。」
それだけを小さく呟く。真白はそれ以上何も聞かず、明るく話題を変えた。
「ところで武田、あの音ゲーの点数、ほんとに自分で出したの?」
「当たり前だろ。疑うなよ。」
二人の軽口を聞きながら、僕は少しだけ笑顔を取り戻した。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。普段は考え込んでしまう僕だけれど、今日ばかりは真白と武田に救われた気がした。
「たまにはこういう時間もいいな。」
心の中でそう呟きながら、三人で過ごした放課後の余韻を噛み締めた。
ファミレスを出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。街灯の明かりが足元を照らし、遠くで車の音が響いている。
「今日、楽しかったね!」
真白が満面の笑みを浮かべながら、伸びをする。その無邪気な様子に、僕と武田は自然と笑みを返した。
「たまにはこういうのも悪くないな。」
武田がポケットに手を入れながら、少し照れくさそうに呟く。
「でしょ?だから私の提案に乗って正解だったんだって!」
真白は得意げに胸を張った。その姿が妙に微笑ましくて、僕は軽く肩をすくめた。
「じゃあ、私はここで!」
真白は交差点の手前で立ち止まり、僕たちに振り返った。
「悠木、今日なんか元気なさそうだったけど、大丈夫そうでよかったよ。」
その言葉に、僕は少し驚いて足を止めた。
「え?別に大丈夫だよ。」
「あー、またそうやって誤魔化す!」
真白は軽くため息をつきながら笑みを浮かべる。
「でもさ、私にはわかるからね。悠木がちゃんと元気になったかどうか。」
彼女の瞳には、冗談ではない真剣さが混じっていた。その優しさに、僕の胸が少しだけ温かくなった気がする。
「ありがとう。気にかけてくれて。」
僕が小さく頭を下げると、真白は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、にっこりと笑った。
「当たり前でしょ。幼馴染なんだから!」
「じゃあ、また明日ね!」
真白は軽やかに手を振り、そのまま暗い道の向こうへと歩いていった。スニーカーの足音が、静かな夜道に軽く響く。
僕はしばらくその背中を見送っていた。彼女の元気な姿が遠ざかるにつれて、心にぽっかりと穴が空いたような感覚が広がっていく。
「……ありがとう、真白。」
その言葉を、彼女の背中に向けて心の中で呟いた。
真白の姿が見えなくなると、夜の空気が一層冷たく感じられた。
「真白……やっぱりすごいな。」
彼女の無邪気さと優しさに支えられていることを、改めて実感する。それと同時に、自分がどれだけ弱いかを痛感した。
僕は手に握っていた携帯を見つめた。そこには、彼女の連絡先が登録されている。
「……何かあったら、真白には相談してみようかな。」
そんなことをぼんやりと考えながら、僕は次の足を踏み出した。
夜道は静かで、足元を照らす街灯の光が僕たちの影を伸ばしていた。真白と別れた後、僕と武田は並んで歩きながら、何気ない会話を続けていた。
「さっきのゲーセン、あの景品取れたらよかったのにな。」
「まあ、真白の腕じゃ無理だろ。」
武田がいつもの調子で軽口を叩く。僕も苦笑しながらそれに相槌を打った。
だが、突然彼の足が止まる。
「……どうした?」
振り返ると、武田は俯き加減で立ち止まり、深く息を吐いていた。その仕草は、彼が何か重大なことを言おうとしているのだとすぐにわかる。
「なあ、悠木。」
「……何?」
武田が顔を上げる。その瞳は、普段の軽さとは程遠い、どこか覚悟を決めたような真剣さに満ちていた。
「俺さ……真白のことが好きなんだよ。」
一瞬、頭が真っ白になった。
「……え?」
聞き間違いかと思った。だが、武田の真剣な表情がその言葉の重みを裏付けていた。
「ずっと前からだ。お前ら幼馴染だから、何かあるんじゃねえかって思ってたけど……それでも、俺は諦めきれなかった。」
「……本当に?」
言葉が絞り出すようにしか出てこない。普段の彼からは想像もつかないほど率直な告白に、僕はどう反応していいかわからなかった。
「嘘ついてどうすんだよ。」
武田は微かに笑いながら、視線をそらす。その横顔には、どこか不安と葛藤が混ざり合っているように見えた。
「……なんで、俺に言うんだ?」
思わずそう尋ねてしまった。武田は少し考えるようにして口を開いた。
「お前には言っときたかったんだよ。だって、隠してるのがしんどくなったからさ。」
「隠してる?」
「ああ……お前らが楽しそうに話してるのを見るたび、俺、なんか自分が情けなくてさ。」
武田の声はどこか苦しげだった。その言葉を聞いて、胸の奥に奇妙な感覚が広がる。
僕と真白が幼馴染だからこそ、彼はどれだけ心の中で葛藤してきたのだろう。そんなことを今になって初めて考えた。
「でもさ……だからって、お前が俺に告白するのは、なんか意外だった。」
「俺だって意外だよ。こんなこと、誰かに言うつもりなんてなかったんだから。」
武田は苦笑しながら、少し照れたように頭をかいた。その仕草が、彼の真剣さと照れくささを物語っていた。
「お前、どう思ってる?」
唐突な問いに、僕は少し目を見開いた。
「どうって……。」
言葉に詰まる。真白に対して特別な感情があるわけではない。それでも、武田が真白をどう思っているのかを聞かされると、これからの関係が少しだけ変わる気がした。
「応援するよ。」
そう言うと、武田は一瞬だけ目を丸くした後、小さく笑った。
「……ありがとな。」
その笑みは普段の武田のものとは違い、どこかほっとしたような色を帯びていた。
その後、二人は再び歩き始めたが、どこか微妙な空気が漂っていた。
僕の胸の中には、彼の告白を聞いた驚きと、これからどう接していけばいいのかという戸惑いが渦巻いていた。
「……なんか、真白も幸せ者だな。」
そう呟くと、武田は鼻を鳴らして笑った。
「お前、そういうことさらっと言うなよ。恥ずかしいだろ。」
「いや、真面目に言ったつもりだけど。」
「真面目に言うなっての。」
その軽いやり取りに少しだけ笑いがこぼれる。だけど、その裏で僕の中には、これからの関係がどう変わっていくのかという不安が拭えなかった。
彼の告白。それらが胸の中で渦を巻き、僕の心を静かに締め付ける。
「……どうすればいいんだ。」
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