A Happy Something Something Day Ⅱ
そこにラミアが、まるで子供一人分は軽くありそうな巨大なプレゼントボックスを抱えて診療室の奥からぬっと現れた。その登場が唐突すぎて、僕は一瞬彼女が何者なのかわからなくなった。いや、もちろん知ってるけど。
「あら、仲睦まじいのね」
そう言われた瞬間、フォンファは僕を突き放した。ドン、と。僕はあっさり床に転がる。
「どこがっすか! セクハラおじさんを止めてるんすよ!」
解放された僕はそのまま床に突っ伏した。いや、無様だ。人にプレゼントを渡してこの扱いとは。どうしてこうなった?
「わあい。お母さん大好きゆ」
キリアがラミアに抱きつこうと駆け寄る。しかし、抱えているプレゼントボックスが大きすぎて近寄れない。結果として、キリアは餌を求めてうろうろする犬のようにラミアの前を走り回る。
「あらやだ。この子ったら」
ラミアはキリアの動きをボックス越しに確認することもなく、ゆっくりと歩みを進める。キリアがプレゼントボックスに思いっきり轢かれたけど、二人とも気にしていない。なんだこの親子。
そしてようやくボックスを床に置いた。箱が置かれると同時にキリアの目がきらりと光り、その関心はすっかりプレゼントに移っていた。育ちの良さが垣間見える丁寧な手つきで包装をはがしていく。
「何入ってるんすかね」
「少し怖いな」
僕とフォンファは反射的にファイティングポーズを取る。ラミアの「プレゼント」だ。中から何が飛び出してきてもおかしくない。そんな僕たちの心配をよそに、キリアは夢中で蓋を開けた。僕は恐る恐る後ろから中をのぞき込む。目に飛び込んできたのは、キリアの髪と同じ桃色のニット生地が箱いっぱいに詰まっている様子だった。
「過剰包装っすかね?」
フォンファは怪訝そうに眉をひそめながらも、ポーズを解かない。特攻が売りの彼女でも、これは警戒するらしい。
「ひろげてみてキリア」
僕が促すと、キリアはニットをゆっくりと引き出そうとした。しかし、動かない。ぴくりともしない。ニット、重すぎる。
「手伝ってゆ。みんな」
キリアの頼みなら仕方ない。僕とフォンファは渋々ファイティングポーズを解除し、三人がかりで箱からニットを取り出した。そして、床に広げる。
広がったのは──おそらく巨人族が着る用だろう超巨大ニットだった。
「……でか」
僕がポツリと言うと、ラミアは誇らしげにたわわな胸を張った。
「私たちみんなで着れる大きなニットセーターよ! ちなみに素肌にも優しいわ」
「……」
僕とフォンファは沈黙した。無表情で、母の狂った愛情を真正面から受け止めるのに精一杯だった。その一方でラミアは頬を赤らめる。
「着る機会ないでしょ!」
ツッコむのは僕の役目だ。反射的に叫んだ僕を、ラミアは待ってましたとばかりに不敵に笑って見下ろした。
「あらあ、先生も入るつもりだったの?ひとりぼっちはさびしいものね。多感な時期だもの、いいのよ。先生も入って」
ラミアは巨大ニットの襟部分を持ち上げ、こちらを誘うような目をする。いやいや、勘弁してください。
「いや、僕もう25になるんですけど」
僕の言葉に、ラミアは小さく肩をすくめて、意味深な笑みを浮かべた。
「気が多いってのは、英雄の素養よ」
「英雄でも何でもなく、ただの歯医者なんですけど!」
ラミアの手の中で揺れる巨大ニットが、なぜか今にも僕を飲み込もうとしている怪物に見えた。僕はじりじりと後退しながら必死に叫ぶ──が、誰も助けてくれそうにない。
ラミアさんは、追い込み漁でもするかのように話を続ける。その話題がそもそも何を追い詰めているのかは、僕には謎のままだったが。
「それにね、ゴリラの金玉は人間に比べてかなりちっさいのよ。それは、ゴリラが一夫多妻制で、必要最低限の精子さえあれば事足りるからよ」
「急に何の話を始めたんですか?」
僕はクソデカニットから逃げながら、頭を抱えたくなる衝動をどうにか抑える。ついさっきまで誕生日プレゼントの話をしていたはずなのに、気がつけばゴリラの繁殖事情だ。
「一方でね、チンパンジーの金玉はクソでかいの。体重比でヒトの4倍あるわ。乱婚っていう、群れの中で複数のオスとメスが配偶されるシステムだからよ」
今度はチンパンジーの性事情だ。娘の誕生日の前にしてこの人は何を口走ろうとしているのか。
「……だから何ですか?」
ラミアさんの熱弁を完全に無視しながら、彼女からふんだくったニットをせっせと四角くたたむ。家庭科の成績は悪くなかったことを思い出しつつ。
「ふうん、興味深いゆ。でもお母さん。先生が性欲モンスターなのと何か関係あるゆ?」
「いや関係ないよね?ていうか違うからね」と僕が言う前に、ラミアさんがキリアをゆっくり見据えた。そして何かを悟ったように頷く。
「霊長類では、配偶者が多いと金玉が増大する傾向にあるわ。でも、例外があるの。それはヒトよ。ヒトは一夫一妻制を謳っているけれど、一夫多妻制のゴリラより、体重比で金玉が6倍も大きいのよ」
「つまり、我々ヒトの金玉は浮気ができるようにもともと作られている、というわけなのよ。あと金玉がでかい男は浮気しやすいわ」
「──ンコン、なんのことっすか?」
フォンファが途中から話についていけなくなっていたのは明らかだった。
「フォンファは知らなくていいゆ」
「なんで先輩は知ってんすか」
「お母さんのゲームで言ってたゆ」
「何させてんだこの色ボケマダム」
ツッコむ気力すら失いかけている僕を尻目に、ラミアさんは得意げに胸を張る。
「社会勉強よ。ここに閉じ込めたままでは箱入り娘になってしまうわ」
「まぁ、その親心だけは否定できないのが悔しいですね……」
キリアがふふふと笑いながら、口に手を当ててにやつきを隠す。
「フォンちゃん、意外とウブなんゆね」
その一言に、フォンファが負けじと声を張り上げた。
「そんなことないっす!ウチ、色々知ってるっす!」
「じゃあ乱婚ってなにかしらね、フォンファちゃん」
「え、あ、あれっすよ。恥ずかしくて言えないっす。ウチらにはなくて、先生だけある……」
「……それはダ◯コンよ、フォンファちゃん」
院内にまるで家族で動画サイトを見ている最中にエ◯広告が挟まれた時のような、言葉にできない気まずい空気が流れる。僕たちは互いに顔を見合わせた後、自然と小さく笑ってしまった。
しかし、ラミアさんだけはどこ吹く風だ。満足げに、マーメイド仕込みの美声で「ハッピーバースデー」を歌い出した。その堂々たる様子に、僕たちもついに歌声に参加してしまう。時折り笑い声混じりだった歌は拍手と共に無事に歌いきられ、院内の窓の外では僕らの和やかな雰囲気を察したかのように、雪が降り始めたのだった。
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