第4話 消えゆく綿毛と復活のモザイク

綿毛がどこまでも続く、夢のようなダンジョンの中。足を踏み出すたびに、ふわり、またふわりと、まるで巨大なタンポポの綿毛の中にいるかのような感覚に包まれる。壁も天井も床も、すべてが白く柔らかな綿毛で覆われ、光さえもぼんやりと拡散して、まるで水の中にいるようだ。音も吸い込まれてしまい、聞こえるのは自分たちの息遣いと、時折どこからともなく聞こえてくる、小さなくしゃみだけ。気温は常に一定で、ほんのり暖かく、永遠に昼寝をしていたくなるような心地よさ。


その中で、主人公のリーフとその師匠、アイリス、そしてパーティメンバーのアリア、ソフィア、セラは、膝まで埋まる綿毛の中に腰を下ろし、今後のダンジョン攻略について、ゆるゆるとした会議を開いていた。


「まったく、私の可愛い…いや、まったく困った弟子がこんな綿毛まみれで…」師匠であるアイリスは、プラチナブロンドの髪を少し乱しながら、リーフの頭からつま先までをじろじろと見つめ、深いため息をついた。「これではまるで、巨大な綿あめじゃないか。早急にきちんとした服と、まともな武器を用意してやらねば、騎士の名が廃る」


アイリスの言葉に、リーフは綿毛だらけの顔を上げ、大きな欠伸まじりに言った。「師匠、もうポート・シーラに帰りましょうよ。このままここで寝ても、とろけるほど気持ちよさそうなんですけど」


パーティメンバーの一人、燃えるような赤髪のアリアは、困ったように肩をすくめた。「あの、アイリス様。このまま綿毛の中にいると、私たちも綿毛だらけになってしまって、後でお手入れが大変なんです…それに、せっかくの新しい服が…」


隣に座る青い髪のソフィアも、同意するように静かに頷いた。「それに、このダンジョン、魔力の流れが不安定で、魔法具の調整が難しいです。やはり、普通のダンジョンの方が…」彼女の目は、綿毛の奥にあるであろう未知の魔法への期待で少し輝いていたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。


ピンクのボブヘアのセラは、巨大な綿毛の塊をじっと見つめながら、冷静に言った。「この綿毛、ただのタンポポの綿毛ではなさそうね。魔力の痕跡を感じるわ。もしかしたら、何か特殊な魔物が関係しているのかも…でも、今のところは安全そうね」


リーフはさらに深く綿毛に体を沈め、目を閉じた。「師匠、もうこのまま綿毛に包まれて、永遠の眠りにつきましょうよ…。夢の中で美味しいお菓子を食べるんです…」


その瞬間、アイリスの眉がぴくりと動いた。


「この、危機感ゼロの能天気な馬鹿弟子が!」


次の瞬間、リーフはアイリスの華麗な回し蹴りを受けて、綿毛のダンジョンから文字通り蹴り出された。ふわふわとした感触から一変、ポート・シーラの冷たい夜の空気が頬を撫でる。見上げると、ダンジョンの入り口は巨大な綿毛の塊に見え、そこから師匠の怒声が、まるで遠雷のように聞こえてくる。


「さっさと新しいダンジョンを見つけて、明日の朝までに戻ってきなさい!それまでポート・シーラに戻ってくるんじゃないわよ!」


蹴り出された衝撃でようやく目が覚めたリーフは、状況を把握した。ポート・シーラの賑やかな夜景の向こうに、遠くに見える別のダンジョンの入り口を目指して、よろよろと歩き出した。お腹がぐうと鳴った。綿毛の中では全く感じなかった空腹が、急に押し寄せてきた。


「師匠…」リーフは遠い空に向かって呟いた。「私にも、他の騎士たちのように、もう少しだけ…ほんの少しだけでいいんです…優しくしてくださいよ…せめて、蹴らないで…」


風が吹き、リーフの髪についた綿毛が舞い上がる。ポート・シーラの夜空には、色とりどりの提灯の光が瞬いていた。これから向かうダンジョンがどんな場所なのか、リーフは少しも心配していなかった。ただ、夕飯のことを考えて、またお腹がぐうと鳴った。


リーフはあてどもなく、半分夢遊病者のようにポート・シーラの街をさまよっていた。夕食のことを考えながらお腹をぐうぐう鳴らし、足取りは重く、意識は遠くの夢の世界を漂っている。夜風が吹き付けるたびに、深緑のマントについた綿毛がふわり、またふわりと宙を舞い、まるで巨大な動くタンポポのようだ。


「うーん…お腹すいたなぁ…何か…温かいものが食べたいなぁ…そうだ、あそこの屋台のシチュー、美味しかったなぁ…」


リーフはよろよろと歩きながら、シチューのことを思い出していた。その時、背後から「おーい!そこの綿あめ娘!」という陽気な声が聞こえた。振り返ると、酒場で酔っ払った冒険者たちが、リーフを指差して大笑いしている。


「綿あめ娘だって!確かに!」

「歩くたびに綿毛が飛んでるぞ!まるで移動遊園地だ!」

「なあ、ちょっと分けてくれよ!枕にしたいんだ!」


リーフはため息をついた。「まったく、酔っ払いは…」


しかし、酔っ払いどもの言う通り、リーフが歩くたびにマントから綿毛が抜け落ち、その下から徐々に黒いモザイクが現れ始めていた。足首、膝、腰…と、徐々にモザイクの範囲が広がっていく。まるで脱皮する蛇のようだ。


「あれ?なんか…モゾモゾする…」


リーフは自分の体に異変を感じ、マントを広げてみた。そこには、見慣れた黒いモザイクが、まるで生き物のように蠢いていた。


「うわっ!モザイクが復活してる!?」


リーフは慌ててマントで体を覆い隠そうとしたが、時すでに遅し。風がさらに強くなり、大量の綿毛が吹き飛ばされると同時に、広範囲のモザイクが露わになった。


「ひゃー!」


リーフは悲鳴を上げた。運悪く、その場を通りかかった衛兵たちが、リーフの姿を目撃してしまった。


「なんだあれは!?公然わいせつ罪だ!捕まえろ!」


衛兵たちは剣を抜き、リーフに向かって走り出した。


「ええっ!?私がわいせつ!?ちょっと待って!これは事故なんです!事故!」


リーフは慌てて逃げ出した。夜のポート・シーラの街を、マントを羽織り、一部モザイク状態のリーフが、衛兵に追いかけられるという、なんとも奇妙な光景が繰り広げられた。逃げながらも、リーフは必死に考えていた。


(どうしよう…このままじゃ捕まっちゃう…早く新しいダンジョンを見つけないと…って、そもそもダンジョンってどこにあるの!?)


その時、リーフの目に、怪しげな看板が飛び込んできた。「夜の迷宮」。薄暗い路地の奥に続く階段を指し示すその看板は、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出している。


「迷宮…?もしかして、あれもダンジョン…?」


藁にもすがる思いで、リーフは「夜の迷宮」へと続く階段を駆け下りていった。衛兵たちは、路地の入り口でリーフを見失い、首を傾げている。


「どこへ行った?確かにここにいたはずだが…」

「もしかしたら、あの先に何かあるのかもしれない。行ってみよう」


衛兵たちもまた、リーフの後を追って路地へと足を踏み入れた。


一方、リーフは階段を降りた先に広がる光景に、目を丸くしていた。そこは、薄暗く、怪しげな装飾が施された空間だった。床には魔法陣が描かれ、壁には奇怪な絵画が飾られている。そして、何より目を引くのは、部屋の中央に鎮座する、巨大なサイコロだった。


「ここは…一体…?」


リーフが戸惑っていると、背後から声が聞こえた。


「いらっしゃいませ、迷いし者よ。ここは運命を司る迷宮、『夜の迷宮』。サイコロの導きに従い、己の運を試すがいい…」


薄暗い奥から現れたのは、ローブを纏った怪しげな男だった。顔はフードで隠されていてよく見えない。


「えっと…私は…ダンジョンを探していたんですけど…」


リーフが言うと、男は不気味な笑い声を上げた。


「ここもまた、一つのダンジョン。運命という名の迷宮だ…さあ、サイコロを振るがいい…」


男はリーフに巨大なサイコロを差し出した。リーフは戸惑いながらも、他に選択肢がないことを悟り、サイコロを受け取った。


「これで…いいのかな…?」


リーフはサイコロを高く掲げ、力を込めて振り下ろした。巨大なサイコロは床に叩きつけられ、けたたましい音を立てて回転を始めた。果たして、リーフの運命は…?そして、モザイクは…?

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