第002話:忌まわしき因縁 前編◆
一人の女性を中心にして、四人の男女が広々としたテーブルを囲んでいる。
「渡部君、説明を始めてちょうだい」
古くは
そこから遅れること、およそ一年と八ヶ月、神戸外国人居留地が建設され、多くの外国人が移り住むようになった。
神戸外国人居留地からおよそ一キロメートル離れた、今の阪神電鉄西元町駅付近に時を同じくして、
表向きの所有者は日本人で、建築許可を得る際の届け出も日本人夫妻の居住用として、だった。
実際に移り住んだのは、開港と同時に神戸に渡ってきた英国人夫妻であり、夫は貿易商として神戸港に商館を構え、大きな財を成したことで有数の名士になっていった。
本来、外国人である彼らは居留地に住まうべきところを、何らかの事情を抱えていたのだろう、決して居留地内には住もうとしなかった。
夫妻に近しい人々は、身を隠せる場所を探していたようだとも口にしている。
そんな夫妻の手助けをしたのが、先ほど述べた洋館の所有者たる日本人だった。
夫は本国でも有数の貴族出身ながら、一族の当主で歳の離れた実兄とははなはだ折り合いが悪く、度重なる確執もあって本国を飛び出し、神戸に渡ってきていた。
折しも、一八七三年に始まった英国大不況の真っ只中、兄が経営する稼業は大きく傾いてしまう。
あらゆる手を講じたものの、危機的状況にまで追い詰められた兄は、当主として下げたくもない頭を下げ、
弟も最初こそは家のためと思って渋々応じていたものの、兄からの度重なる要求は過剰になるばかりだった。
不幸は連鎖するものだ。
弟夫妻も右肩上がりだった神戸での貿易業で大きな痛手を
さらに、妻が慣れない異国での生活から大病を患うなどしたことが重なり、弟は独断で資金援助を打ち切ってしまうのだった。
それならとばかりに、兄は弟に対して、一人娘を引き渡すよう要求してきた。
夫妻には一際目を引く、
遺産狙いの見え透いた策なのは明白だ。
兄は遠く離れた神戸にいる弟の経済状況を知る
こうして、兄を筆頭とする一族は坂道を転げ落ちるように没落してしまう。
一方の弟は兄と決別したうえで、二度と本国に帰らないことを固く誓うのだった。
事情を知らなかったとはいえ、兄と一族の恨みはいかばかりだろうか。
どん底に叩き落とされた彼らは、遂に禁断の果実に手を出してしまう。
本国の、とある地域に伝わる忌まわしき昔話だ。
かつて暴虐の限りを尽くしたマラクと呼ばれる邪なるものが、今なおどこかの地に封印されているという。
彼らはマラクがどういった存在かも知らず、昔話の真偽さえ確かめようとせず、闇雲にマラクを封印したという
数年を経て、ようやく手がかりらしきものを見つけた時には、既に手元に一銭の金も残っていなかったという。
封印した当の呪詛師の女は、既に亡くなっていた。
その血を濃く受け継ぐ女は、とある条件を突きつけたと伝えられている。どのような内容だったかの記録はない。
長きにわたって封印されていたマラクは封を解かれ、再び世に放たれてしまう。
封を解いた者も愚かではない。完全に自由にしたわけではなかった。
当然のごとく、自分自身の保険だけは用意する。呪詛師は解封条件の中に、ある種の制約を秘密裏に課していたのだ。
「こうして、マラクは呪詛師との契約に従って、一族を奈落の底に追い落とした憎むべき弟夫妻と一人娘、三人を亡き者にせんがため、はるばる海を渡って、この神戸の地にやって来たのです」
悲惨極まりない事件はここから始まる。
数日後、瀟洒な洋館は至る所で水浸しになっていた。
この一ヶ月、一滴の雨も降らない快晴続きの中、土砂降りの雨に長時間打たれたかのような有様だった。
近所の住人から通報を受けた警察官二人が急ぎ
館内はすえた水の臭い、さらにはむせ返る腐臭に満ち満ちていた。
応援にやって来た複数の警察官が、居住者の三人を別々の部屋で発見した。
彼らはひと目見て、三人が息絶えていると分かった、と報告している。
というのも、三人が三人とも、頭部と胴体が切り離され、凄惨な姿となっていたからである。
早々に捜査本部が立ち上がったにもかかわらず、なぜか捜査は道半ばにして強引に打ち切られてしまう。
一家三人の死だけが小さく報じられ、死因などについての詳細は一切が語られないまま闇に葬り去られたのだ。
警察上層部は
火のない所に煙は立たない。
なぜか発見時の状況だけが、当時の新聞の一面を
記事は短くも、親子三人の頭部が無残にも切断されており、全身がずぶ濡れになっていた、というショッキングな内容だった。
「もう一つ、顕著な特徴があったようですが、残念ながら、これに関しては一切報じられていません」
死因についても不明のまま、
渡部はここまでの説明を終えると、ティーカップに手を伸ばし、冷めた紅茶をひと息に流し込んで喉を
「それでは、続けますよ。皆さん、しっかり聞いてくださいね」
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