02.はじまりの夜に


 満月美術館には、動く女性の絵画が展示されている。


 絵の中の女性は毎日違うポーズや表情で、訪れる客を喜ばせるのだという。


『従業員が、毎日絵を入れ替えているんだろう?』


『いいえ。朝になって館長が確認すると、その時にはもう絵は変わっているのです』


 嘘みたいな本当の話。


 けれど誰も、絵が変わる瞬間を見た人はいない。


「見回りの時に絵が瞬きしただの笑いかけてきたとか言って、みんな夜勤を嫌がるんだよ。気味が悪いってな。お前はそうならないといいんだが……まあ、頑張ってくれよ」


 美術館の更衣室で警備員の制服に着替えていたアルバートは、警備会社の上司に言われた言葉を思い出していた。

 赤みがかった茶色の髪に、つばのある黒の帽子を被った目付きの悪い男がロッカーの鏡に映っている。きゅっとネクタイを整え、アルバートは鼻先で笑った。


「絵が動くなんて、ばかばかしい」


 静かな低い声とともに、ロッカーのドアを勢いよく閉める。


 満月美術館は、田舎の港街にある小さな美術館だ。夜の警備は休憩込みの九時間勤務を基本一人で行い、朝になれば退勤する。

 暗く静かな美術館を朝まで一人で警備するのは、なかなかに退屈で眠くなる仕事だ。


 大きな事件なんてほとんど起こらない、平和な街なら尚更に。


 懐中電灯を手に、アルバートは更衣室を後にした。

 磨き上げられた大理石の床をコツコツと鳴らす靴音が、静謐な夜の美術館に新しい物語のページを刻んでいく。


 長い夜のはじまりだ。


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