第11話「交易都市ドゥランシア」

「ここが…交易都市ドゥランシア」

街に足を踏み入れただけで、その活気のある声と賑やかな景色が目に映る。

人の往来は多く、店には様々な品が並んでいる。

商人の馬車が道の脇に列を成して並んでおり、馬の鳴き声や車輪の回る音が耳をつく。


リアナも心なしか胸を高鳴らせている。

「見てください。この猫のお皿可愛いですよ」

リアナが指差す先には、猫の模様が描かれた皿があった。

白い髭を蓄え、つぶらな瞳は実に愛らしい。値段も手ごろであった為か、リアナはその皿に手を伸ばす。

「ちょっと待て!」


それを静止させ、俺は皿に向けられた手を止める。

「で…でもこのお皿は銅貨二枚ですよ…?」

直後、リアナの頭上にはてなマークが浮かぶ。

それもそのはず銅貨というのは、この世にある三つの硬貨のうち、最も価値が低いもの。

銅貨、銀貨、金貨と価値は高くなる。

それでも俺は、リアナの肩に手を置き諭すように語りかける。

「この金は、有意義に使おう…!」

リアナは口をぽかんと開け、目をぱちくりとさせつつ頷く。

だが、納得はいっていないようだ。首を小さく傾げている。

なんせ、俺が今最も欲しているものはただ一つ、宿だ。

旅というのは案外疲れるもので、日頃から野宿をしている身としては、柔らかな生地に身を委ねたいのが正直なところ。

「で、でも…それでもお金は余分に余るじゃないですか」


どうやら、納得のいく説明が必要らしいな。

俺は深く息を吸い込み、言葉を紡いだ。


「少しばかりチップとしても用いたくてな」

「チップ?」


「あぁ」と短く返し宿の道筋をたどる。

「でかい街には必ずと言っていいほど酒場がある。

荒くれ者の集団だろうが、死地に足を踏み入れている分、情報が得られるかもしれないからな」


「なるほど。夜まで時間がありますが…」

「…腰が痛い。昼寝でもして、英気を養うつもりだ」

しゅんと肩を落とすリアナ。

彼女には申し訳ないが、俺も限界だったのだ。

流石に旅の疲れが出始めた頃、休むには良い頃合いだろう。

「まぁなんだ。依頼を受けて、金にゆとりでも出来たら旨いものでも食いに行こう」

リアナは一瞬、目を丸くした後に口角を上げる。

機嫌は治ったようで、鼻をふんと鳴らしながら俺の後を付いてくる。

「っと、直ぐ近くに宿があったのか。

やはり、交易都市という名だけはあるな」


商人が集う分、経済の巡りも増す。当然、依頼料も他と比べてると、どうも目移りするものがある。

だからこそ人が集まる。一種のサイクルのようなものと捉えておけば良い。


「…ぼろっちぃですね」

扉の軋む音が宿中に響き渡る。辺りを見渡し、受付らしき場所には貧相な女が腰を据えていた。

「お…鬼!こんな何も無い場所にどうして…」

椅子が倒れる。女は、怯えた様子で地べたを這いずりながら距離を取ろうとする。

咄嗟に弁明しようとするも、元の人見知りに見知らぬ地の住人ということから

情けなく口をパクパクとさせることしかできなかった。


二人が慌てふためく空間。そんな場に居合わせた一人の少女。

年端もいかないリアナにとって、それはあまりに刺激の強い光景であった。

呆れた顔で間に割り込む。怯え切った女に朗らかな口調で語りかける。

もっとも、恐怖から女にはリアナの表情など微塵も見ちゃいないが。

女が落ち着きを取り戻すのに、そう時間はかからなかった。

だが、怯えながらも俺を警戒するような目付きは変わらない。


宿を取るための手続きを済ませてもらい、鍵をリアナ経由で手渡される。

部屋へと歩みを進める際、一つの提案がされた。


顔を隠すお面を購入してみてはどうかと。


それには強く同意すると声に出したい。

街に入ってからというもの視線は集まるばかりでどうも居心地が悪い。

この視線には慣れたものだが、本来早々に対処するべきなのだ。

今日にでも、何か、顔を覆えるような代物を購入することが無難だろう。

…考えることが山積みで、どうにも頭が回らない。


要は依頼を受けて、金を得てから考えれば良いだけ。

今は、この柔らかなベットに身を委ねていたい――――



「何だが騒がしいですね」

窓辺からは、人の怒声や建物の倒壊する音が絶え間なく鳴り響く。

光に反射して、殴り合いをしているのか金属のぶつかり合う音が耳に届く。

リアナも、この異様な光景には動揺を隠せないようで 視線はあちこちに泳いでいる。

「リアナはここで待っていてくれ。俺が一人で行く」

壊れた人形のように何度も頷くリアナ。

その姿を見て、少し愛らしさは芽生えるものの

この状況を解決すべく行かねばならないという使命感がそれを上回った。


扉を開けると、想像通りの光景がそこに広がる。

静かに過ごす者もいるが、それは少数側に入るだろう。

「なぁあんた。情報が欲しいんだが…」

適当に目をつけ、筋肉隆々の男に声をかける。

男は一瞬呆気に取られたような表情をするが、口を開く。


「それなら、あいつに聞いてくれ」

男の指さす先には、如何にも貧相な身なりをした男が 机の上で突っ伏して眠っていた。

近寄り肩を揺らすも反応はなし。寝息を立てて眠っているだけのようだ。

その体を両手で揺すり起こそうとすると、机に顔を叩きつけてしまう。

鈍い音を立て、男は目を覚ます。目尻に涙を浮かべつつこちらを見た。


「…悪い、情報が欲しい」

「金は」

「…金貨一枚」

「…!そうかそうか!いいぞ!何でも聞いてくれ!」


男は機嫌を良くしたのか、声高々に語り始めた。

全財産を投げ打った甲斐がある。


「心神族という名に聞き覚えはあるか」


「「ディヴィニティ」北の果てに存在する、小さな固有民族の集落さ」

「それと、もう一つ良いことを教えてやろう。

最近、鬼の他にも「魔物」が発生していてな。

ギルドに行ってみろ。死ぬのが怖くない馬鹿には稼ぎ時だってよ」


「なるほど…色々と助かった」

「感謝の意を伝えるつもりがあるのなら…俺っとぉしては

あんたの連れと今晩過ごしたいんだがなぁ…」

「見ていたのか」

「あぁ、情報屋舐めちゃいけねぇよ」

「魔法だろうが何だろうがリアナに害を与えるなら…分かるな?」

お互いに睨み合う。が、それも束の間。男は立ち上がり、そそくさと退散してしまう。

腰に携えた剣の柄に触れてみるも、特に問題はないようだ。

その後は言葉も交わさず、酒場を後にする。


外には、真っ赤に染まった指先を見つめるリアナの姿があった。

その眼差しは、遠くを見つめる姿に、酷く惚れ惚れしてしまう。

…って何やってんだ俺は。頭を横に振り、雑念を振り払う。


俺の存在に気付くと、足早にリアナは駆け寄る。

「それで、どうでした。何か有益な情報などは…」

「リアナの故郷の名前はディヴィニティ。北の果てに存在する村らしい。それと、金がない」

「…!そうですか…なるほど」

無表情だからか、その感情を伺えることは少ない。

しかし、今だけはその感情が手にとるように分かる。

下を向いて、唇をかみ締め、顔を隠そうとしている。

だが、それが何よりの証拠だろう。

その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。

必死に堪えようとするも、その滴は流れを止めることはない。

リアナはそっと袖で目元を拭う。そして何事も無かったかのよう口を開く。


「それと、お金がないことは知っていますよ。先も聞きましたから」


「いや、宿代と情報提供の際に渡したチップで

本当の一文無しなんだ」


「だから次の街へと行くための飯…衣服などの

生活必需品を購入することを踏まえれば、明日にでも依頼を受ける必要がある。

しかし、小銭稼ぎ程度では宿代も賄えない。

これからの安全な旅路を踏まえれば

…申し訳ないが、魔物」との戦闘をすることになるかもしれない。

生死を分けることになるかもしれないが、リアナは大丈夫か?」


「魔物」


単語を聞いたリアナは肩を震わせながら、拳を力強く握る。

魔物はこの世界の頂点にして、その生物離れした巨体は

人間も、鬼も容易く蹴落としてしまう。

そんな脅威に、リアナは身を投じようと言うのだ。

とてもじゃないが……死にに行くようなものだろう。


…申し訳なさで顔を下げてしまうが、ふと、見上げると余裕の笑みを浮かべているリアナ。

張り付けた顔だからか、所々皺が出来ている。

思わず笑ってしまった。決して馬鹿にしている訳ではない。

むしろ逆だ。その顔には、確かな決意と自信が見て取れた。

ならば、俺が止める理由はない。


「私は元より、死ぬことなど重々承知です」

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