第2話 なので、妖精は少女を勧誘してはいけません

オオタがトイレへ向かう。

おぼつかない足取りを見て、長くなるな、と他のメンバーは察した。

ミミはシゲルの肩にとまったまま、体をシゲルの頭部に預けて眠っている。

あれからさらに1時間ほど経過していた。


「……オオタさん、あんなに思い詰めてたなんて知らなかった。」


女性部下の一人が呟くように話す。

黒い髪を肩まで下ろした彼女の左胸には、外し忘れたネームプレートが付いていた。

そこには"ミツシマ ハルカ"と書かれている。


「ね、あたしも思った。そんなキャラじゃないでしょーよって。

まあでもなんか、愚痴ってる時も明るいよなぁアイツ。」


ハルカの対面に座る、茶髪ショートボブの女性はドリンクを飲みながら答えた。

シゲルがそれを見て久々に口を開く。


「……クマガイは、オオタの四つ上だったか?」


"クマガイ アリサ"が茶髪の女性の名前だった。


「あ、ひどーい!歳の話はしちゃダメでしょー!」


アリサは冗談っぽくシゲルを叱る。


「あ……すまない。少し気になってしまって……。」


口ごもるシゲルに対して、アリサは大きく笑う。


「あはは!いーですよ。

そーですそーです、あたくしめはアラサーでございますよ。

ま、これでシゲルさんの年齢に一歩近づいたってとこですかね?」


「……年齢差に変動は無いだろう。」


シゲルは真面目にツッコむ。

ハルカもそれを聞いて笑った。


シゲルは今年で35になった。


オオタとハルカは同い年で、今年24になる若手である。

しかしハルカは大卒で、オオタは専門卒のため、隊歴はオオタの方がハルカより二年先輩にあたる。


アリサはシゲルの言う通り、若手たちの四つ上、28になる。


アリサは頬杖をつきながらため息混じりに話し始めた。


「しっかしオオタも二年目かー。

……二年目っていろんなこと思うよね。

任務にも慣れてきて、新しく後輩も入ってきて先輩になって……。

それに……執行隊なら尚更、ね。」


アリサは何かをオブラートに包むように、含みを持たせて話す。

シゲルは含まれた内容を見抜いたが、特に口を挟まない。事実だから、挟む必要がない。

代わりにハルカが会話を繋げる。


「でもオオタさん、頑張ってますよね。だって男性討伐成績は私たちと変わらないし……あっ」


先輩の包んだオブラートを軽々と破いてしまい、笑っていたハルカの顔はみるみる口角を下げていく。


「す……すみません!う、上から目線でものを言ってしまって……あ……あの別に私……男性編成に文句があるわけじゃ……」


「……毒舌だな。」


シゲルは冗談のつもりで呟いたが、ハルカの顔はさらに青ざめる。

アリサはそれを見て大笑いした。


「あはは!!シゲルさん、それ怖いって!

そんなんだからあたしとオオタしか話しかけに来ないんですよー!!」


「……毒舌だな。」


今度は少し本気で呟いた後、シゲルはハルカを向いて訥々と話しかける。


「……すまない。怖がらせる意図はなかった。

別にハルカの発言を不快に感じてはいない。それに、オオタは頑張っている。

……あ、いや、オオタだけが頑張っていると言いたいわけじゃないが、その……」


「あっ、いえ、大丈夫ですっ。つ、伝わってます。」


アリサはさらに大笑いする。


「あはははは!!

ちょ……なんなの!?そのよそよそしさ!!

……はぁ〜、笑いすぎてほっぺ痛い!」


笑うアリサを横目に、シゲルは眉を下げて精一杯の怒っていない意思表示をしていた。

ハルカはそれを受け取り、顔を緩める。


一通り笑い終わったあと、アリサはドリンクで喉を潤した。


「……ん、あれぇ……オオタがいないラビ……」


ミミが目を覚ます。


「あーごめん!声うるさかった?」


「え?……なんのことラビ。」


「いやさぁ、ちょっとこの二人が面白すぎて……」


その一言でミミの目が一気に見開く。


「えっ!!シゲルが面白いことしたラビ!?

ズルいラビ!ミミも見たいラビ!!」


女性陣はミミを見て微笑むが、シゲルは下げていた眉を上げて「見ても面白いもんじゃないぞ」とミミに呟く。

またもや吹き出しそうになるアリサは、笑いを堪えながらミミに話しかける。


「てか!ミミちゃんってシゲルさんのこと好きだよねぇ。いっつも肩に座っててさ。」


ミミはキョトンとした顔をして答えた。


「だってシゲルの肩って大きいし、動きも少ないから座りやすいラビ!」


「そんな物理的な理由だったの!?」


思わずアリサがツッコむ。

それと同時にシゲル以外の全員で爆笑する。

シゲルは依然として眉を上げて微動だにしない。


平和だ。


今だけは、この幸せを噛み締めてもいいだろうか。


シゲルは考え込もうとして、はたと思い出す。


「ところでオオタのやついつまで────


シゲルが言い終わる前に、店の入り口付近でトラックが突っ込むような騒音が響く。



一瞬の静寂。



そしてそれは、叫び声で破かれた。




「ろ……執行隊666に連絡して!!」




その3桁のダイヤルを叫ぶ店員の声に、さっきまで朗らかに談笑していたシゲルたちの顔つきが変わった。


騒音の正体は、明らかに怪物によるものだ。

三人は立ち上がるが、アリサが叫ぶ。


「しまった、お酒飲んじゃってる!」


その叫びを無視してシゲルとミミは入り口へ向かった。

二人はノンアルコールだ。


「ミミ!!」


肩にしがみつくミミは片手を上げる。


二人の頭上に円形の魔法陣が浮かび上がった。

魔法陣は二人を軸にしてピッタリとくっついてきている。


シゲルは走りながら、魔法陣の中央から徐々にせり出てくる拳銃M21持ち手グリップを強引に掴み、引き抜く。


進路方向には客と店員が立ちすくんでいた。


「離れてッ!!」


立ちすくむ人々に喝を入れるようにシゲルが怒号を飛ばす。

その声でやっと状況を整理したのか、次々に悲鳴を上げながら、シゲルと逆の方向へ逃げ出す。

ハルカとアリサは逃げ出した人々を店の奥へ誘導した。

シゲルは入り口をすぐさま抜け出し、外へ出る。


店の前、5メートルほどの道幅の真ん中に、紫色をした怪物が横を向いたまま佇んでいる。


シゲルはまず状況を確認した。


奥に見える電信柱が傾いている。

左右の建物から人の出てくる気配はない。

あたりに倒れている人はいない。

シゲルは対象を手前に移し、怪物の大きさを目視で捉える。


5メートル級……なら、4発で足りる。


ミミはそっとシゲルの肩から降りて、後ずさりするように店内へ入る。

シゲルはそっと、拳銃M21を構える。


視界の端でシゲルの動きを捉えた怪物が振り向く。

両者はしばらく睨み合っていた。




「ガァアあああッ!!」


試合のゴングのように怪物の唸り声が響く。


紫色のミノタウロスは、自慢の右腕を眼下のシゲルへ繰り出す。

シゲルはすかさず向かって左側に避けながら、差し出された怪物の右腕へ拳銃を構え引き金を引く。

鼓膜を震わせるほどの銃声が鳴り響く。

店内からは連動するかのように悲鳴があがった。

撃ち出された弾は怪物の右腕にめり込み黄緑色の液体を噴出させている。

怪物は右腕の痛みと、視界の端に逃げたシゲルを目で追うために一瞬動きを止める。

その隙をついて二発目、三発目をシゲルは怪物の頭部へ撃ち込む。

黄緑に染まる怪物が慌ててシゲルの方へ向き直る。

シゲルは狙い通りと言わんばかりに、怪物の眉間に照準を合わせて叫ぶ。


最大火力フルフレイム!!」


最大火力フルフレイムよーし!!」


店内に避難したミミも続いて叫ぶ。

叫びに呼応して、銃身バレルの先端に赤く光る魔法陣が出現する。


発射ファイア!!」


シゲルが叫びながら引き金を引くと、魔法陣をすり抜けるように弾が発射された。

すり抜けた弾は彗星のように尾を弾きながら怪物の眉間めがけて一直線に迫ってゆく。


着弾。


「グあぉォオアアああアあアッ!!!!」


断末魔の叫びが、怪物の喉の奥から吐き出される。

彗星は見事標的を仕留めた。

怪物はドシンと音を立てて、店の前に倒れ込む。


あたりは一変して、静寂に包まれる。


「確認に入る……誰もその場を動かないでください!!」


動こうとする者などいないが、念のためにシゲルは声を荒げて警告する。

そして怪物に触れぬよう距離を置き、標的に向けて右手をかざす。

右手の手のひらには徐々に魔法陣が浮かび上がっていき、さらに点呼を取るように言い放つ。


「個体確認開始!」


店内から入り口を見ていた人々は、その様子を固唾を飲んで見守る。

……しばらくして、怪物の心臓が動いていないことが確認できたのか、ふぅっとため息をつき、呟く。


「……ミミ、ナグモさんに繋いでくれ。」


『聞こえてるわシゲルくん。』


ミミはいつの間にかシゲルの肩にとまっていて、携帯電話を耳に押し当てていた。

電話の相手は数時間前に会話を交わした、仰々しいテーブルと椅子に座っていた女性だった。


「……すみません、緊急でしたので連絡取れませんでした。対象は無事に沈黙。拳銃使用、弾は……4発使用。」


『了解しました。……申し訳ないわね、怪我人の確認をしたら、お手数だけど本部へ戻ってきてもらえるかしら。』


「もちろんです。」と言って通話は終了した。

振り向くと店内はまだ誰も微動だにしない。

シゲルはため息混じりに伝える。


「……怪物は無事討伐いたしました。

これより怪我人の確認に入ります。

皆さん……お手数ですがもうしばらくお待ちください。」


その言葉を受け、ハルカとアリサも確認に入る。アルコールは多少入ってるが、怪我人の有無くらいは確認できる。


怪物発見からわずか3分以内の出来事である。



それから10分後、"処理班"の腕章をつけた作業員が複数名到着した。


「処理班到着しました。解体、回収にあたります。」


「頼みます。」


シゲルは怪物への警戒を解き、作業員たちにその亡骸を引き継ぐと、店内のハルカたちと合流しようとする。


しかし、作業員の一人がそれを止めた。


「あ……す、すみません、もしかしてシゲル執行員でありますか!?」


軍隊のような言葉づかいで引き止めたのは、若い作業員だった。


「……ええ、シノダ シゲルは私ですが……何か?」


若い作業員の目はみるみる輝いていく。


「うわぁ!マジかぁ!!

あのぉ!お、俺、あなたに憧れてて!

なんというかその、ファンです!あ、ファンはおかしいかなぁ……ええと、とりあえず、会えて光栄です!!

男性執行員としては班長でしたよね!?

……あ、あの握手してもらってもぉ……」


「……いや、握手はちょっと……」


シゲルが困惑していると、若い作業員の奥から年季の入った作業員が近づいてくる。


「おい!早くこっちこい!!

ったく、何はしゃいでんだ。最近のやつは礼儀も知らねえで……」


ベテランらしき作業員は、ぼやきながら若い作業員をシゲルから引き剥がす。


「すみません、急いで処理に入りますんで。」


そう言ってベテランの作業員は値踏みするようにシゲルに一瞥をくれると、若い作業員を連れながら持ち場へ戻った。

「アイツが例の男性執行員ねぇ……」と呟く声は、遠慮なくシゲルの耳へ入り込む。


「シゲルさん、店内怪我人ゼロです。」


ハルカが店先のシゲルまで歩いてきて伝える。

「了解、ありがとう。」とハルカに告げて店内に入ると、奥から出てきたアリサが付け加える。


「まあでも……確認できてないのはあと一人っすね。」


あと一人?

シゲルが不思議そうにしていると、トイレのドアが開く音が聞こえた。

その場にいる全員が振り向くと、音の正体はとぼとぼ歩いてくる。

涙目をしたその正体は、素っ頓狂に呟く。


「あれぇ……どうしたんすか、コレ。」


しわがれた声が店内に染み渡る。

アルコールと胃液で喉がやられてるらしい。


「……アルコールによる怪我人一名。」


シゲルは呟く。

ハルカたちはくすりと笑った。

今度の冗談は、全員に伝わったらしい。




          *




その日、人々は初めて死傷者0人で怪物を倒した。


あらゆる報道機関が詰め寄るその歴史的な快挙の舞台は、アメリカアリゾナ州の砂漠地帯だった。


現場では、乾いた大地に溶け込むように砂漠迷彩を施した兵士5名が、何かを取り囲んでいる。

そして5名の兵士とともに、あの妖精マキナの姿も見受けられた。


報道陣は彼らの取り囲んでいるものを必死にカメラへ収めるが、込み上げる吐き気と興奮を抑えるのに必死な様子だった。


微笑むマキナの横には、放送コードに引っかかるほど無惨な姿の怪物が横たわっていたのだ。


このデモンストレーションは、瞬く間に世界へ報道された。

そして人類は、初めて魔法の力を目の当たりにし、畏敬とも畏怖ともとれる眼差しを、テレビ越しのマキナへ向けていた。




デモンストレーションの数日前に、マキナが伝えた「14歳の少女達」は無論招集されることはなかった。

地下施設に集まった人々はまず、選抜理由を問いただした。


何故、無垢な少女達に白羽の矢が立ったのか。


マキナはそれまで保ち続けた微笑みを潜め、語り始めた。


「それが最も効率よく、怪物を制圧する手段だからルン。」


マキナによると、魔法の授与はその源であるハピオンを相手の体に吸収させることで成立するらしい。

テキサスで保護されるまでの間、彼は人間とハピオンの吸収率の調査を続けていたのだ。

吸収率が高いほど、魔力は強くなる。

そしてそれは戦闘力ともイコールで繋がる。


結果として、それを吸収しやすいのは女性であり、さらに吸収率のピークは14歳だということが判明したのだ。


しかし分かったのはこれだけではない。

ハピオンは反対に、男性との相性がとても悪く、男性の吸収率は成人女性の10分の1以下まで減少するというのだ。


「おそらくこれはY染色体に秘密があるんじゃないかと睨んでるルン。」


Y染色体。

やっと理解のできる単語が出てきて、心なしか人々は安堵する。

簡単に言えば、基本的にこれを持つ生命体はオスとして決定づけられる。

しかしそれがハピオンにどう不利に働くのかは、マキナ自身もまだ解明できていないという。


「説明は以上ルン。さあ、少女をここへ連れてくるルン!」


マキナは威勢よく言い放つが、もちろん人々は首を横に振る。


それだけはできない、してはいけない。


14歳の幼き少女を兵士として戦場にあげるなど、あってはならない。

マキナにそう伝えると、明らかに表情は萎れていく。

残念がった様子のまま、彼は了承する旨を伝えた。


「……わかったルン。

君たちの文化は、僕らも尊重したいルン。」


14歳が吸収率のピークと言えど、成人済みの女性でさえハピオン吸収率は男性の10倍なのだ。

ならば効力は十分に発揮されるはずだ。

マキナ派の"偉い人たち"は魔法授与のために5人の女性兵士を招集した。

5人とも国籍は違かったが、各人とも聡明で功績も多く、そして、マキナ派であることが一致していた。


そして某日、地下施設で極秘に魔法の授与が行われた。

記録上、人類初の"魔法使い"誕生の瞬間であるとされている。

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魔法少女は違法です。 つるく @hoshi_1

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