第12話 村の英雄とはどんな人

「ヘボヘボ野郎、ですか……」


 あからさまな敵意を込めたケニーの言い方に、少しばかり驚いた。


「そうだよ! おいらに、『強くならなくてもいい』とか言うんだ。おいらの方が強くなるのが嫌なんだよ」

「その人よりも強くなりたいのですか」

「うん。あいつより弱いのは嫌だ。それに、強い方がかっこいいだろ?」

「そうですね。強い人は、格好いいです」


 トトを思う。

 剣に秀で、光の魔法を使いこなし、治癒魔法すら扱える彼は、非の打ち所のない最強の戦士だった。その上搦め手にも強く、幻惑や魅了といった精神干渉の類いは一切効かない。防御面も完璧なのだ。


「……あのさ、イリス姉さん」

「なんでしょうか」

「イリス姉さんって、恋人いるの?」

「えっ」

「今、誰かのこと思い浮かべただろ」


 ケニーはまっすぐに、真剣に、私を見ている。その痛いほどまっすぐな視線から、私は目をそらした。


「恋人はいません。思い浮かべた人は、私を選んではくれなかったから」

「ええっ!? イリス姉さんを振る奴がいるの!?」


 私は頷く。はあ、とケニーは深く息を吐いて、背もたれに体を預けた。


「そいつ、バカなの?」

「いいえ、そうは思いません。私には剣しかありません。そのほかのことはなにもできないのです。魔法も、勉強も、人と話すのも苦手で……世間も知らない。無知な愚か者です」

「そんなことない!」


 ケニーはテーブルに身を乗り出して叫んだ。


「おいらはイリス姉さんのおかげで助かった! ニーナ姉さんもジュードさんもイリス姉さんのこと大好きだし、アン姉ちゃんも素敵な人だって言ってた。今日会ったばっかのおいらでも、イリス姉さんのこと、す……」


 まくし立てていたケニーはそこで一瞬固まったが、


「素晴らしい人だってわかるよ!」


 と、頬を紅潮させながら、そう言ってくれた。


「……」


 あっけにとられてしまった。ケニーがそんなふうに思ってくれるなんて。


「ありがとう」


 それ以外の言葉は見つからなかった。

 ちょうどそのとき、ガチャ、と扉が開き、アンとビルが戻ってきた。


「ずいぶん騒がしかったですが、何事かありましたかな?」


 穏やかなビルに、ケニーはただ一言、「すみません」とだけ答え、私の隣に座り直した。向かい側には、アンとビルが隣り合って座る。


「明日帰ってくるこの村の英雄について、イリス殿はお聞きになりましたかな?」


 強いだけのヘボヘボ野郎、としか聞いていないが、さすがにそれは正当な評価ではないだろう。


「いいえ。どのような方なのかお伺いしてもよいでしょうか」

「もちろんです。彼はすべての魔物を倒すと言ってひとりで旅に出ましてね。目的を達成したから近々帰ると手紙が来たのです」

「すべての魔物を、ですか」

「イリス殿は魔物の発生理由をご存じか?」

「はい。過剰な魔力を流し込まれた生き物が肉体ごと変異して生まれるのが魔物です」

「お詳しいのですな。では、殲滅すべき理由もおわかりになりますな」

「変異は不可逆です。魔物となれば本来の生を全うすることはできなくなります。しかも魔物化した個体は通常個体よりも強靱かつ凶暴ですから、放置すれば生態系に悪影響を及ぼします」

「素晴らしい。よき先生に教わっておられるようだ」


 魔物とは幾度となく戦った。だから、ジュードに教えてもらった知識と実感がしっかりと結びついている。自分が何を斬っているのか、知らないままではいたくなかった。


「この村から数日の洞窟に、魔王軍の残党が潜んでいましてな。王国騎士団が動かないので、代わりに彼がひとりで討伐に向かったのです。ほかにも、山賊に身をやつした輩も討伐して回ると」


 魔王軍の残党は、彼らに戦う意思がないなら捨て置く――それが国の決定だ。残党を軽視しているのではなく、復興を重視したからだ。それでもまだ、王都の一部と、他国に隣接する辺境にしか手が伸びていない。


「彼は抜きん出て才能があった。ひとりで戦うなど無謀と思われるかもしれないが、彼はまさしく一騎当千でね。戦の神が現世に降臨したと言っても過言ではない強さなのです」


 ビルは誇らしげに語る。誇張ではないのか。それほどの実力者がいたのに、なぜこの村はこんなにも無惨な状況になってしまったのだ。


「魔王軍の精鋭がこの村を襲ったとき、村の大人たちは命がけで戦いました。そのとき彼は、女子供を守る役割を与えられていたおかげで生き延びました」


 ビルはまるで伝説の語り部で、遠い時代の出来事のように語る。そのとき命がけで戦った村人の中には、ケニーの両親もいたはずだ。この話はもう、切り上げてほしい。


「英雄がいかに強いのかはわかりました。ところで、ケニー。私が泊まる部屋を掃除してくださると言っていましたね」

「あ……そうだった」

「お願いしてもよろしいでしょうか」

「うん」


 ケニーは部屋を出て行った。彼は青い顔をしていた。アンはケニーの姿を目で追ったが、ビルは一顧だにしなかった。


「襲撃の後、彼は王都に向かったはずです。仲間を探しに行くと。それから二年弱の間、便りがなかったのですが、ようやく数ヶ月前に連絡がありましてね。『残党を狩り尽くしたら帰る』と。そしてそれも終わったと、一週間ほど前に手紙が来たのです」

「そうでしたか」


 この村の英雄は、相当な実力者なのだろう。もしかしたら、勇者選抜のあの日に戦った相手の中にいたかもしれない。


「……お父様」

「なんだね、アン?」

「イリス様は歩き通しでお疲れですわ。トトの話はそれくらいになさってくださいまし」


――今、アンはなんと言った?


「しかし、アン。都の方に聞ける絶好の機会だぞ。イリス殿、都で聞いたことはありませんか。この村の英雄、トトの噂を」

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