第4話 情報集めはまず酒場から

 人目を避けて、大河のかわべりを歩く。

 大いなるイール大河の岸辺は美しく肥沃だ。それゆえに、この大地を巡って何度も争いが起きた。魔王軍の侵攻も、この豊かな土地を手中に収めんがためだった。

 都全体をぐるりと囲む水道橋をくぐると、王都の東地区に出る。ここを抜けて中央地区に向かい、ロビンが教えてくれた凄腕の男性を探そうと思っているのだけれど――


「あ……」


 そうだった。東地区と中央地区をつなぐ通りには、古の闘技場跡があるのだった。私は思わず足を止めた。

 あの日のことは鮮明に覚えている。

 このブレンディエ王国で唯一“剣聖”の称号を持つ私は、幾度となく魔王討伐を申し出た。何度討伐隊を送っても誰ひとり帰ってこない。ならば最も剣に優れた私が行くべきだと。

 父はなかなか許してくれなかったが、「どうしても行きたいのなら」と、条件をつけた。


『闘技場跡で討伐隊志願者と試合をせよ。お前に勝てる者がいたならその者を勇者と認め、魔王討伐の勅命を下す。お前は勇者に同行させる』


 父の言葉に従って、私は正体を隠して志願者たちと戦って、そして……トトと出会った。

 

 目の前の闘技場跡はあの日のままだ。

 私は強く首を振った。長い黒髪が乱れた。

 その場から駆け出した。必死で走った。

 思い出を振り切りたかった。


     * * * * * 


 中央地区は王都の商店街で、貴族と庶民の別なく誰もがここを訪れる。一番栄えている区域だ。

 魔王軍の侵攻におびえていた頃は、人も少なく、いつも暗く張り詰めた空気に包まれていたけれど、今は活気を取り戻して、バザールも色鮮やかに賑わっている。呑まれそうなほどの人波が、平和を実感させてくれた。

 けれど、こう人が多くては、人捜しは難しい。ロビンが教えてくれた銀髪の男性は、噂になるくらいだから、何か目立つことをしたのだろう。王都の行政を担う国営ギルドなら情報を持っているだろうけれど、頼れない。あそこは騎士の詰め所でもあるし、文官にも私の顔を知る人がいる。無断で城を出たことがばれてしまう。

 どうしたら……久しぶりの町の景色を眺めながら歩いていると、酒瓶の描かれた看板が風に揺れているのが目にとまった。


おどひょうてい……酒場でしょうか」


 魔王討伐の旅の最中は、行く先々で情報収集をした。「情報集めはまず酒場からじゃのォ」とフラドナグが言うので、町に着くと決まって酒場に向かった。

 フラドナグは酒を飲みながら地元の人々と交流し、ニーナはフラドナグの弟子という体で彼に付き添う。聖職者のニーナは酒を飲まない。私とトトは、二人の護衛役を装った。国の勅命を受けて動いていると知れたら、みんな恐縮してしまうから。

 そのうち、困りごとを話す人が現れる。悩みは様々で、仕事の人手が足りないとか、病気の家族に飲ませる薬が欲しいとか、魔物が暴れているだとか。どんな些事でもトトがすかさず手助けを申し出るので、私は黙って彼について行く。

 私たちのパーティは若年三名、老年一名だったので、侮られることも多かった。けれど、酒場で情報を得て、人々の信頼を積み重ねて、最後には各地にあった魔王軍の拠点を突き止めて制圧できた。その土地の人々と共に。


 つまり――情報収集は、まず酒場から。

 私は“小躍る小兵亭”の扉を開いた。


「いらっしゃい!」


 元気な声で出迎えてくれたのは、エプロン姿の華奢な女性だ。この人が、小躍る小兵亭の給仕長だろうか。


「おや、こりゃすごいべっぴんさんだ。おひとりさまですか?」

「はい」

「なら、むさ苦しい連中からは離れて、カウンターに座ってくださいまし」


 言われるがまま席について、気づいた。

 この店は酒場ではない――食堂だ。日が高いうちは食堂として、夜になったら酒場として営業する店だったのだ。

 どうしよう……フラドナグは、「酔って口が軽くなっておる奴が狙い目じゃのォ」と言っていたのに。これでは、いきなり砂漠のど真ん中だ。


「別嬪さん、ご注文は? メニューは黒板に書いてあるよ」

「えっ……ええと」


 カウンターの上に掲示された黒板を見る。 

 Aランチはポークソテージンジャーソース、Bランチはイールますのムニエル、いずれもパン、スープ、サラダ付き。


「では、AランチとBランチを」

「ん? AとBどっちだい?」

「どちらもお願いします」

「……」

「もしや、注文は一人一セットまでという決まりでしょうか?」

「いや、そういうわけじゃないけども……」

「どちらもおいしそうで、選べないのです」

 

 給仕長の眉がピクリと動いた。そして口角をわずかに上げると、厨房に向かって声を張った。


「AとB一丁ずつ!」


     * * * * * 


 食事を待つ間、話を聞けそうな人がいないか見回してみた。

 ほとんどがランチの客であったが、陰の奥まった席に、木のジョッキをあおっている男たちがいた。つまみを食べ散らかし大声で騒ぐ彼らは、あまり品のいい客には見えなかった。

 その男たちのそばに、ひとり、雰囲気の違う男がいる。

 ひとりでテーブルにつき静かに食事をするその男性は、銀色の鎧を纏い、テーブルには剣を立てかけていて、いっぱしの騎士のような出で立ちだ。こちらに背を向けているため顔立ちはわからないが、その髪は、銀色だ。


「はい、おまちどおさま!」


 給仕長の女性が、私の前にランチを置いた。

 鉄板の上のポークソテーはじゅうじゅうと音を立てながら生姜と焼けたソースの匂いを漂わせ、オレンジ色が鮮やかなイール鱒のムニエルは、食欲をそそるにんにくとバターの香りで空腹を刺激してくる。パンとサラダは二つずつ……私はランチに手を合わせた。


「いただきます」


 食事のとき、命に感謝することを教えてくれたのは、誰だったろうか。


     * * * * * 


「ごちそうさまでした」


 城の料理とくらべると、濃いめの味付けだった。きっと客層に合わせているのだろう。バザールで立ち仕事をしていれば体力を使うだろうし、疲れたら塩気が欲しくなる。濃い味と上品さを両立させた絶妙な味だった。


「本当に全部平らげるとは……いい食べっぷりだね、気に入ったよ」


 給仕長が食器を下げに来た。


「とても美味でした」

「それはよかった。しかしねえ、あなたみたいな別嬪さんがこんな店にひとりだなんて、ひょっとしてワケありかい?」


 尋ねられてハッとした。何も考えていなかった。食べるのに夢中で……何のためにこの店に来たのか、改めて思い出す。


「ある殿方を探しているのです」

「へえ、男かい。名前は?」

「わかりません。凄腕のイケメンだと噂されている、ということしか知らないのです」

「ギャハハハ!」


 下品な笑い声が聞こえた。奥まった席で酒を飲んでいる男たちだろう。

 給仕長の女性は眉をひそめながら私に言う。


「こんなところで男漁りなんかするもんじゃないよ」

「けれど、情報収集はまず酒場からだと教わったのです」

「それは旅人の理屈さ。あなたほどの器量なら、いくらでもお貴族様が囲ってくださるはずさ」

「貴族の殿方は、みな私より弱かったのです」

「よわ……?」

「給仕長、腕の立つ殿方に心当たりはありませんか」

「えっ……」


 給仕長はなぜか硬直してしまった。何かおかしなことを言っただろうか。


「給仕長、どうかしましたか?」

「はっ……! も、申し訳ありません。噂になるほどの男性なら、あの席に座っている銀の鎧の方かと。なんでも西地区の貧民街の暴動を治めたとかで、荒くれ者たちからもボスと呼ばれているそうです」

「ボス……ですか。ありがとうございます」

「いいえ、とんでもない」


 給仕長が妙にしおらしい。先ほどまでの元気な様子から一変して、まるで城の侍女のような態度だ。


「どうかなさったのですか?」

「い、いえ……その、給仕長なんて呼び方は、おやめ、いえ、よしておくれよ。まるでいいところの召し使いみたいじゃないか?」

「では、なんとお呼びすれば……」

「女将さん!」


 私の問いは、店の奥から聞こえた元気な声にかき消された。給仕長――いえ、女将さんを呼んだのは、背丈の倍はありそうな大荷物を背負った、アッシュブロンドの髪の男の子だった。


「おいら、帰るよ。ありがとう」

「あんた、本当にひとりで大丈夫かい?」

「大丈夫だから、ビルさんもおいらひとりで行ってこいって言ったんだよ。心配いらないさ」

「そうかい……じゃあ、くれぐれも気をつけて帰るんだよ」

「うん。……っとと」


 荷物が重いのか少年はよろめき、銀髪の殿方――ボスと呼ばれているらしい男性が座っている椅子にぶつかった。その瞬間、カキン! と高い音がした。


「ご、ごめんなさい!」


 少年は慌ててボスに頭を下げた。すると、少年が背負う荷物のてっぺんが、ボスの頭に当たってしまった。少年はそのことには気づかずに、小走りで店を出て行った。


――不意に、私は背筋が寒くなるのを感じた。


「女将さん、お会計を」


 ボスはそう言いながら席を立つ。彼が座っていた丸椅子が倒れた。女将さんはボスに駆け寄って代金を受け取る。

 去り際、ちらりとボスの顔を見られた。眉はきりりと濃く、鼻も高く、確かに精悍な顔立ちをしている。

 私は席を立ち、倒れた丸椅子を直す女将さんに声をかけた。


「あの、女将さん」

「イケメンだったろ? うちのお客の中ではあの男が一番……」

「いえ、男の子の方です」

「え、ケニーかい? あの子はうちへ惣菜を受け取りに来たんだ」 

「彼の行き先はわかりますか」

「ええと、村に帰るだろうから、南門のほう……」

「ありがとうございます」


 私はすぐに店を出ようとした――が、重大なことに気がつき、寒気がした。


(どうしよう……お金を持ってきていない……!)


 城を出ること、父に感づかれないことばかり考えていて、出てきた後のことをまったく考えていなかった。冷や汗が頬を伝う。けれど、正直に伝え、誠実に対応するほかない。


「……女将さん、申し訳ありません。財布を忘れてきてしまいました」

「えっ!?」

「ですから、これを」


 私は両耳に着けていた瑠璃の耳飾りを外して、女将さんの手に握らせた。


「これをお代にさせてください」

「えっ、ええっ?」


 これ以上のことは、今はできない。急いで店を出なければ。

――あの男の子が危ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る