異世界帰りのシャーマンダンス【異世界帰宅部 4章外伝】

白神天稀

第1話 ライジング・リターナー

 人通りも監視カメラもない裏路地を通り抜ける影が二つ。人域を超えた速度で疾走する。


「あっちの品は詰め込んだ」


「アジトへ戻るにはいつものルートで良いか?」


「バカが。変えるに決まっている。何のための逃走ルートだ」


「誰も俺らのことなんざ見えねぇだろうに」


 話す声、忙しない足音、背に担いだ宝石類の共鳴。それは彼ら以外に観測されない。盗人の魔術は人の目から逃れる。


「いいや馬鹿だな。まずこんな下らないことをしている所からな」


 ただ一人、その青年を除いて。


「ッ、気付かれた!?」


「バカなッ……俺たちの術が効かないって事は、お前」


 振り返った二人組は思わず静止。その青年の姿を拝む。

 白と黒の斑な髪、どこか憂いを感じる声音、十六とは思えない年季の入った気迫。それは盗人とは風格も、魔力も段違いだ。


「ったく、なんて体たらくだ」


 青年は蔑む。異能を持つ同類として、堕落した彼らの悪行に。


「お前らが盗みを働いてる陰で、この世界を救おうと必死こいてるヤツらが、これじゃあ報われない」


 苛立ちは呆れとなる。舌打ちと共に彼は盗人たちの正体を暴く。


「お前ら、シャーマンだろ? 退魔師、巫女と同じ、この世界に元からいた異能力者」


 驚愕する彼らに構わず、青年は歩きながら続けた。


「それがここまで堕ちたなんて、笑い話にもならないな」


「テメェは誰だ!」


 間合いの外ギリギリまで接近したところで、立ち止まった青年は名乗りを上げる。



「――雨川シオ。対異世界防衛機構『アークルイン』所属。ここら一帯の地質調査員だ」



 どこか誇らしげにその身分を明かす。が、シオの告げた言葉に二人は首を傾げるばかり。


「ピンと来てないな。本当にコソ泥だけで何も知らないのか。今なにが世界で起きてんのかもしらないって顔だな。呆れた連中だ」


 ますます彼の溜め息は深くなる。ジリジリと滲み寄り、攻撃の隙を伺うシャーマン達に軽蔑意識が増す。


「シャーマンっていうのは呪術を扱うらしいな」


「何を分析してやがる。とっくに捕らえられてるのによォ!」


「相性が悪いって言ってんだ。俺のスキルと――」


 シオが話すと同時に投擲ナイフと呪術が飛ぶ。黒の軌道と不可視の蛇がシオへ襲い掛かる。


 だが呪いは彼に到達することはない。


「『カウンターフォース』……」


 煙る漆黒がシオの体表から噴き出した。黒煙は放たれた刃物も蛇の呪術も等しく捕え、その闇へ飲み下す。魔術も物理的攻撃も、そのスキルを前には無力。


「呪いを支配する俺に、シャーマンの魔術が効くわけないだろ」


「テメェ、さっきからスキルスキルって、やっぱり!」


 それは世界に元から僅かに存在した彼らシャーマンのような異能者ではない。

 世界の外より求められ、往来の際に力と能力を得た。またの名を、


「――ご存知、異世界帰還者だ。今は世界崩壊に備えて絶賛労働中なんだよ」


 不機嫌をスキルでぶつけ、シオはその身の黒を押し出す。


「動けないし、動かない方が良い。肉が持ってかれるぞ」


 瞬く間に煙はシャーマン達を掴み、乱暴に地面へ叩きつけた。


「カハッ!」


「なンッ、だ……」


「言っただろ。俺の『カウンターフォース』は呪いを掌握する。オート反撃からこういう使い方までってことだ」


 一方的な制圧。それは如実に残存するシャーマン達と異世界帰化者の性能差を見せつける結果となった。


「拘束助かるよシオ君。やっぱり戦闘スキル持ちは純粋に強いね。おれには届かない次元だ」


 そして一部始終の目撃者は飛竜の背に跨り、月夜の空から降りてくる。月明りを隠しながらワイバーンは狭い路地へ器用に降り立った。


「ま、魔物!? こんな大型な……」


「ヒィッ……」


 震え上がるシャーマン達を他所に、飛竜を従える男は爽やかにシオへ話しかけた。

 資料でしか見たことのないプロファイルを、シオは記憶の中より手繰り寄せる。


「アンタ、確かリオって言ったか?」


「ん、俺のこと知ってる?」


「話だけ。山里さんから軽く聞いてた程度」


 魔獣を従える『モンスターテイマー』のスキルを保持する男、リオもまたシオと同じく異世界帰還者である。


 物腰の柔らかさと親しみやすさを同居させているリオ相手には、シオも少しばかり話が弾む。


「リオさん、急にこんな所にどうしたんだ? アンタは組織の所属じゃなくて、『楽園のゴースト』とか言うとこの人だろ?」


「そ。おれ達は非戦闘員や隠居組の集まりだ」


「アンタも武闘派って訳じゃないだろう」


「こんなご時世だから、ちょっとでも戦闘できる帰還者が多いと良いなと思って。『組織』にお願いして任務してるのさ」


「殊勝だな。転がってるこの馬鹿共に教育してやってほしいな」


 怯え切ったシャーマンは眠る蛙の如くピクリとも動かない。


「一体なんでシャーマンがこんな事を」


「薄々知ってるんだろう。この世界がもうすぐ、異世界の魔王達に侵略され始めるって」


 ――シオ達を含め、多くの異世界帰還者達はこの危機を知っている。

 世界を構成する地脈の乱れ、異世界からこの世界への侵攻を目論む瘴気。それらによって引き起こされた異世界転生と帰還の異常発生。


 世界の境界の防衛と侵略的異世界勢力に対抗すべく、彼らは命を賭している。ゆえに力ある彼らの堕落が醜く見えたのだ。


「それでコイツらは金貯めて、いざとなれば売るなり使うなりって腹か」


「ある意味現実的ではあるね。極めて下衆だけども」


「だが目的地は掴めた。もし協力してくれんなら、同行してほしい」


「どうやって場所を?」


「周辺の魔力調査をしてたら、奇妙なポイントを見つけた。不自然に魔力が隠されてるスポット……おそらくコイツらの本拠地だろうな」


 手持ちのタブレットで周辺地図から立体マップまでが表示される。地図には一か所だけ赤い波形の流れない廃工場が目立っていた。その場所はシオのスキルが記憶している。


「コイツらの持ってるシャーマンの技術は取り込んだ。俺の『カウンターフォース』で」


「ハハッ、汎用性も高いと来た。嫉妬しちゃうなぁ」


「凛藤アスハや鹿深近リリに比べたら普通だろうに」


「彼ら基準で考えちゃいけないでしょ。あの子達は上澄み以上の殿堂入り枠だもん」


「フッ、だな。スキルの規模が違う」


 二人がよく知る少年少女の顔を思い浮かべ、彼らは笑みを零した。


 帰還者達は拘束したシャーマン二人組を転移魔術で送還した後、その目的地を目指す。


「では王の臣下として、せめて空から運ばせてくれ」


「デルネウゾの臣下、か。これなら負ける気はしないな」


 魔術によってリオの背に生える大蝙蝠の翼。従えていた飛竜を召喚元へ戻しつつ、魔人王の臣下は両翼を広げる。


 その彼に掴まれたまま、シオは静寂の夜の街を空から眺めることとなった。

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