園芸コーナーのバイト君が『からかい女子』に反撃するまで!
白神天稀
水のやり方はコツコツと
「いらっしゃいませ~」
「あ、お花見てるだけで」
「どうぞ、ごゆっくり~」
ホームセンターの園芸コーナーは楽だ。花の世話や枝の剪定をすれば良いだけ。
来る客も気の良い農家のおじいさんか、ガーデニング好きのマダムぐらい。客層も治安が良い。
放課後のバイトなら仕入れも植え替えもない。居心地の良い時間が数時間過ぎるだけ。
「おー、鈴守君お疲れ様ぁ〜」
「店長! お疲れ様です」
見回りに来た店長は相変わらず上機嫌に店前で並んだ花を眺める。
僕が水やりをしていると大体タイミングが合って、いつもお褒めの言葉に与れる。
「流石は鈴守君、水のやり方が上手いねぇ〜」
「そ、そうですかねぇ?」
「おう。ちゃんと根元に注ぐように水をやれてる。他の子は花弁を濡らすだけだからちゃんとしてないんだよ〜」
店長は家が農家らしく、植物に関しては少し知識があるらしい。そのせいか、毎回のんびり働くためにやってる僕の水やりを気に入ってるようだ。
「引き続きよろしくっ」
店長が中に戻っていくと、また静寂に戻る。風の温度と揺れる葉の音が、この空間だけに特別な安らぎを与えてくれる。
けどそれは、彼女が来るまでの話。
「褒められてご満悦じゃ〜ん?」
「き、北野さん!?」
「おっすーバイトお疲れさまぁ〜」
葉っぱの香りの中に制汗スプレーの匂いが混ざる。
風に靡く短い髪に、うちの高校指定のジャージ姿が視界の端に映れば、決まってそれはクラスメイトの北野さんだ。
花に目をやる僕の顔を覗くように、彼女のニヤニヤした表情が割り込んでくる。
「た、ただのホームセンターに毎日なんて物好きだよね」
「今日もしっかり頑張ってるかの見回りだよ?」
「なんで僕のサボりを監視しにきてるの!?」
「だめ~? 真面目にやってたらご褒美あげようと思ったのにー。あ、そこで買った鯛焼き食べる?」
「バイト中は食べれないの分かってやってるよね!」
似たようなやりとりも、これで何度目だろう。
北野さんは決まってバイト中にちょっかいをかけてきては、僕のことをからかってくる。
今も焼きたての鯛焼きをムグムグと頬張って、一口食べるごとに目を合わせて来る。
「おいひっ。ふっ、んふふ、その顔見てると余計おいしー」
「んぬぬぅ……」
その視線と笑顔を僕は二秒と見続けていられない。
今日も僕は北野さんに翻弄され、プルプルと震わせた体で水やりを再開する。
「ホント君、花好きだねぇ」
「好きってより、接客が苦手なだけ」
「そなの? 園芸コーナーにもレジあるじゃん」
「ここはお客さんが皆優しいから」
「たしかに。あっちの木材コーナーはお客さんに怒鳴られることもあるからねー」
「うぅ、思い出させないでよ。急に怒られて涙目になった記憶が……」
「あっはは、お子ちゃまじゃーん」
北野さんは水やりの時、直接体に触れてきたりはしない。ただ言葉で惑わせて、自滅した僕の手元が狂うだけ。
「そっちは部活どうなの? こんな時間からいるなんて久しぶりじゃん」
「たまたまお休みぃー。オフになったから一足早く遊びにきただっけ〜」
「そこまでして馬鹿にしに!?」
「あっはは、今日は長いよ~」
花壇の周りを歩き、彼女は多肉植物を不思議そうに眺めていた。
「けど不思議だね。中学の時はバイトなんてしないって言ってたじゃん」
「それは、まあ……」
「なにか欲しいものあるとか〜?」
「そういうのは、特にないけど。大学行く時にお金かかるし、ちょっとでも貯金作っとこうかなって」
「かぁー真面目。真面目すぎると年取ってから後悔するよ?」
「よ、余計なお世話だ!」
ケラケラ笑いながら、北野さんは気が済んだのか手を振って店から去っていく。
「それじゃ、また明日ねー」
「い、いつか反撃してやる……」
「何十年先になりそう~?」
「ぐ、ぬぬぬ……」
後ろ姿も見えなくなってから、僕は花たちにポツリと零す。
「……やっぱ、覚えてるわけないよな」
――それは中学の終わりの頃だった気がする。掃除の時間、廊下掃除をしていた時に聞こえた教室の会話だった。
『きたのっちはさー、彼氏どうなの? 男バスのメンツから選ぶとしたら』
『え〜? ないなぁ。そういう目で見れない』
『またまた〜』
『あの子供っぽい男子ノリ見てたら付き合う気になれないって』
『あー分かるかも』
黙々と床の埃を掃きながら、耳は扉の向こう側へ向いていた。
少し悩んだ後、捻りだしたように北野さんは言っていた。
『付き合うとしたらガサツな男よりさ、植物育ててそうな優しい彼氏の方が良くない? 草食系ってやつ?』
『意味違くない? 草食系って育ててる草食べるわけじゃないよ』
『きたのっち、ちょっと漫画の読みすぎじゃない? 花好きな男子なんてこの学校いないっしょー』
『人のタイプに文句つけんなよ〜』
なんて事ない、その一言。覚えてるなんて言ったら笑われて少し引かれそうな、そんな短い記憶だ。
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