牧場主、初めての売買契約を交わす

 マギィお姉様に投げられた失礼男もとい支団長さんはたったの五分で意識を取り戻したせいでわたしは厨房のお酒を貰えなかった。ちぇ。

 支団長さんはさすがに鍛えているようでハンスさんから話を聞いてすぐに、んじゃ、行くか、と家の牧場との契約を受け入れた。

 え、さっきまでの態度はなんだったの? そんなあっさり? ハンスさん怒鳴られてマギィお姉様にもう一発食らうくだりとかないの?

「なんだよ、不満そうだな」

 さっきまで気絶してたのに立ち上がるやいなやレディを見下ろさないでくれますー? 飲み潰してやろうと思ったのにもう素面になってるのもおもしろくない。

「さては状態異常を解除する系のスキル持ってるでしょ?」

「たりめぇだろ。バジリスクの毒でも殺されねぇよ」

 それで飲み比べするとか卑怯よ、卑怯! くっそ、絶対にこの男を殺せるバジリスク育てて買い取らせてやる!

「ちょっとハンスさん、お宅様の支団長が性格悪いんですけれど」

「ははは。申し訳ありません」

 えー、ハンスさん、笑って流しちゃうのー。しょっくー。

 わたしがふてくされている間にマギィさんは厨房に戻っていかれた。頼りになる人がいなくなってしまうと不安が首をもたげてくる。

「ハンス、ビリー連れて来い。んで、牧場主の嬢ちゃんよ」

「ス・テ・ラ、よっ!」

 こっちは初っ端にちゃんとフルネームで名乗ってるでしょうが。取引するつもりになった上で子供扱いとか舐めてんのか。ぶっ飛ばすぞ。

「うっせーな。ステラ・オリヴィス・ドラグニドゥス代表さんよ! そっちが言ったんだからマジでこれから牧場見に行くぞ。いいな」

「もちろん、よろしいですとも」

 なによ、ちゃんと覚えてるんじゃないの。最初っから名前で呼べっての。

 わたしと支団長の会話を横目で見ながら苦笑して離れていったハンスさんが一人の男性を連れて戻って来た。

 筋肉がしっかりと目につくけどすらりと細くて背が高い。彼はこれまた長い腕を伸ばしてわたしに握手を求めてきた。

「初めまして。ビルギット・ヴァリウスです。ビリーと呼んでください」

「あ、ご丁寧にどうも。リザルド牧場を経営しているステラ・オリヴィス・ドラグニドゥスです。ステラと呼んでもらってかまいません」

 そうそう、こういうのがきちんとした紳士のご挨拶でしょ。支団長さん見習った方がいいよ。

 名乗り終えたビリーが一歩下がると今度はハンスさんが手を差し出してくる。

「改めまして。自己紹介が遅れてすみません。イグナウルム傭兵団第三支団の経理長をしているハンス・オク・アルヴァースです。今後ともよろしく」

「はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 もう心から末永くご愛顧いただきたいです。こんな小娘の頭で良かったらいくらでもお下げしますから。

 でもぺこぺこしてたらハンスさんは笑って止めてくださった。紳士。

「で、俺がこいつらを束ねる支団長のカルギリス・ザカリア・アイリスキリアだ」

「へー」

「態度違いすぎんだろ!?」

 はぁ? 先に失礼ぶっこいたのはそちら様でございますが? 飲み比べもわたしが勝ったのをマギィお姉様とハンスさんが判定してくださったし、あんたに下げる頭も差し出す手もねぇ。

「ささ、お二人共、家の牧場へ道案内させていただきますね」

「ナチュラルに俺を存在しない扱いしてんなよ! むかつく女だな!」

 ハンスさん、お宅様のバカがなんかほざいてるんですけど苦笑してないできちんと躾けてくださいよー。頼みますよー。

 皆さん、傭兵だっていうのは伊達じゃなくて家までの距離をひょいっと歩かれた。いや、わたしも歩いて傭兵団の拠点まで行き来したんだけど。

 途中でわたしに向かっておぶってやろうかとかほざいた失礼男の足は踏んづけておいた。

「支団長も余計なこと言わなきゃいいのに……」

「あの人はからかうのを可愛がるって勘違いしている子供脳ですから」

「ああ……」

 ビリーさん、そんな疲れた溜め息をついて、とても思い当たる節があるんですね。入団後の訓練でなんかやらかしたんだろうな、あのバカ。訊かなくてもわかる。

 わたしも引っ越したばかりでおもてなしできる用意もないのでそのままリザルドの所へご案内する。

 あー、そっか。そういうの用意するためにもハンスさんは後日予定を立ててっておっしゃってくださったのね。学んでおこ。

「これは確かに立派な造りだ。素晴らしい」

「広いけど、まだ頭数は少ないんですね」

 三人はそれぞれにリザルドのいる竜舎を見て回っている。

 ハンスさん、覗く所がどこもいい目の付け所なのはさすができる男って感じ。岩塩舐めて質を確かめたり、藁敷の厚さを手に取って見たり、従業員が手を抜きやすいところを無駄なくチェックしてる。

 ちょっと背中に冷や汗が噴き出してきそう。

 そんな中でギリスはずかずかと一番奥へと無遠慮に足を進めていく。その先に寝そべっているのは家の牧場で一番の巨体のラストだ。

「ほぉ」

 ラストを一目見て、ギリスがこれまでと全く違う深みのある声音を出した。

 へ、へぇ。ふーん。そう。ラストに感心するだなんて見る目はあるのね。腐っても傭兵達をまとめ上げる頭領ってわけ?

「って、こら! 許可も取らずに柵を越えて行くな!」

 ちょっと見直したらすぐこれか!

 ラストのいる竜房へ柵を乗り越えて入って行く。

 傍若無人っていうのはこの男のためにある言葉ね!

「ぁあ? 別に死んでも責任取らせねぇよ。なぁ、ハンス?」

「あのですね、死ぬ覚悟があるとかないとか以前の話ですよ?」

 それ見ろ、ハンスさんにも呆れられてるじゃんか。

 でも柵のこっち側からの非難の眼差しなんかどこ吹く風で、バカ男はラストの横にしゃがみ込んで錆でごつごつとした皮膚を撫でる。

 くぅ、ラスト、遠慮しないで噛み付いていいよ。腕の一本くらい消化してやれ。

 あ、そんな馬鹿馬鹿しいって目をして顔を伏せないでよ。ラストのご主人様はわたしでしょ? 間違ってもその礼儀皆無なクズ男じゃないよ?

「おい、ステラ。こいつはお前が育てたのか?」

 人を呼ぶのに、おい、とか言うな。わたしはあんたの嫁でも娘でもないっつの。

「そうよ。ラストはわたしが卵から孵してから九年、手塩にかけて育て上げた自慢のリザルドよ! 言っとくけど、その子だけはいくら金積まれても売らないからね!」

「ふん、商売っ気がねぇな」

 わたしの怒り混じりの声が背中から突き刺さっても全然気にしないでギリスはラストにマジマジと視線を這わせる。

「いい出来だが、運に助けられたな。アルトアイゼンなんかリザルドの素質頼りで狙えるもんじゃねぇ」

 うっ……。ギリスの言い分に自覚がある分、反論が詰まる……。

 わたしが黙っているとギリスは満足したのかラストの横から立ち上がって柵の中から出て来た。

「ビリー、そこの三歳リザルド、どっちかいいのがあるか?」

 ギリスはわたしの横をするっと通り過ぎてビリーに声をかける。

 竜舎に入ってからビリーがずっと目を離してなかったのは、ヘクセン・メリーだ。ここにいるリザルドで唯一、魔法素質があると鑑定されている個体を、ビリーは見抜いていたらしい。

「このリザルドが一番魔力が高いです。相棒にするならこいつがいいです」

「ビリーは魔術師で、先日立てた功績の報酬でリザルドを支団から与えるのが決まっているのですよ」

 事情を知らないわたしにハンスさんがこっそりと耳打ちしてくれた。

 なるほど、それならヘクセン・メリーに目を付けたのもわかる。

「ステラ。こいつ、名前あるのか?」

「ヘクセン・メリーよ」

「魔女メリーか」

 この男にちょいちょい博識なことが察せられる台詞をさらっと吐かれるとちょっと胸がもやってする。悔しいっていうか、イラつくっていうか、それならわたしにももっと言葉選べよっていうか、ていうか選べや、こら。

 今だってそんなわたしの心情なんてまるで気にせずにヘクセン・メリーばかりに視線を注いでる。

「遠征するのにはもうちっと頑強がほしいな。Cランクまで上げてくれ。魔力は伸ばせるだけ伸ばして、魔術は防御だけ覚えさせろ。宝鉱石は一つ、なんでもいいから与えておけ。期日は半年後、六月末に納品。こっちの予算は……」

 これは契約の内容ね? こんなさらさらとそらで言ってくれちゃって、普通は書面を交わすものでしょうが。

 ギリスがちらりとハンスさんに視線を送ると、会計担当さんは一つ頷いてこっちに寄ってきた。

「金貨五枚を目途に、出来の良し悪しでプラスマイナス金貨二枚と致しましょう」

「だそうだ。受けるか?」

 条件を達成すれば金貨五枚は約束してくれて、上限は七枚、わたしの育成が満足出来なければ金貨三枚まで値切る、と。ハンスさん、わかりやすく上も下も掲示してくれてありがとう。

 でもね、出来が悪いのにお金貰うのは女のプライドと首から下げた銀貨が許しちゃくれないのよ。

「もちろん、言われた以上のリザルドに仕上げてみせるわよ。頑強Cランク、魔力Bランク、防御魔術が使えるようにする、どれか一つでも欠けたらキャンセルしてくれていいわ」

 わたしは腕組みしてギリスを見上げてやる。

 本業でしくじったら割を食う決意くらいとっくに固めてんのよ。あんまり侮らないでくれる?

 ギリスがほくそ笑むのを見たら、ちょっと胸がスカッとしたから睨み返してやったわ。

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